第11話 基地にて2

文字数 2,371文字

三人はロビーを抜けて廊下を歩き、一気に、コの字型に架かる階段を駆け上った。

「ふん、イチローもまだまだだな」
「内側を走った挙句に手摺登ってジャンプして行くのを勝ちとは認めないぞ」
「負け惜しみか」
「ぐっ……」
「……競争?」

 右に曲がって廊下を突き当たりまで行き、左側にある部屋を開けた団長は、二人に中に入る様に催促した。シュウは肩で息をしながら、中へ入った。

 診察室ーー。何の変哲もない診察室だ。机があり、背もたれがついた青い椅子と丸椅子、簡易ベッドがあり、聴診器や血圧計、シリンジ、カット綿など、病院ならどこでもあるような道具ばかりがある部屋。

団長が青い椅子に浅く座り、丸椅子にシュウは座るように促された。出入り口に鍵を掛けられた。

「少しお前を調べさせてもらう。体調は変わりないか?」
「はい」
「大丈夫だな」
「はい」

嶽上は手の消毒作業をした。シュウは団長からの指示を受けて、上半身の服を脱いだ。
聴診器で心臓と肺の音を聞かれた。血液を採取され、簡易ベッドに寝かせて血圧を測られ、体温を測られた。耳に短い小さな針で傷を付けられ、血液の止まり具合を調べられた。遮光カーテンを閉じられ、暗い部屋の中で目にライトを当てられた。目がチカチカした。

 全てが終わり、シュウは丸椅子の横に立った。団長は青い椅子に深く座り、机を中指でトントンと叩きながら白い壁を見つめた。暫くの時間が経った。

「血液の止まり方が異常に早い。そして体温が39℃。それ以外の異常はなさそうだ。あとは血液検査を待つだけ」

嶽上は遮光カーテンを開け、窓を開けた。

「目はどうだ。目の中にカメラがなかったか?」

壁を見つめて問う団長に、嶽上は開けた窓に手をついてもたれかかった。

「……無かった」
「本当か?」
「本当だ」
「見落としてないか?」
「ない」

シュウはキョトンとした顔をしながら、一連の会話を聞いていた。そして、「あの」と口を開いた。

「俺は誰なんだ?」
「それはこっちの台詞だ。お前は『スパイ』じゃないのか?」
「『スパイ』ってなんだ?」
「お前は少し怪しい。歳の記憶しかない?なぜ歳だけなんだ?本当に記憶喪失なら、歩き方や言葉の意味まで知らないはずだぞ」
「団長待ってくれ。俺はこいつに一度助けられた事がある」
「こないだの研究員の爆発か?それはこいつの策略だろ。油断させてるんじゃないのか?お前、爆弾のことも知っていたな?」
「知らない!俺は、あの時は本当に音が聞こえたんだ!」
「嘘をつくな」

団長は立ち上がり、右手でシュウの頭を掴もうとした。その時、シュウはそれを左に避け、逆に団長の腕を掴んで軽くジャンプし、足を腕に絡ませてた。だが団長の体勢が変わるわけもなく、団長の腕にぶら下がったシュウは、猿の様にぶらぶらとぶら下がる形となった。

「何やってんだ」
「え?あの、えっと」

団長は左手でシュウの首を掴み、自分の握力をもって首の横を締めてシュウを宙に浮かせた。

「俺を誰だと思ってる」
「待て!」

嶽上が団長の体を後ろから羽交い締めにしたが、団長の勢いを止めることは出来なかった。シュウは大量の汗を身体中から噴き出させ、苦しんだ。首にかけられた手は、子どもの力では外すことは出来ず、首の血流を止められ、間もなく落ちた。ストンと全身の力が抜けたのだ。

 団長はシュウを真下に落とした。すぐさま嶽上がシュウの体を持ち上げ、ベッドに寝かせた。

「やりすぎだ!」
「何かあってからでは遅い。釘は刺しておく必要がある。だが、確かにあいつの動きはセンスがあるな」

 団長は出入り口に向かって「大和!」と言った。すると、出入り口のドアノブがガチャガチャと音を立てるだけで開かない。「あぁそうだった」と言って団長が鍵を開けてドアを開けた。促されて入ってきたのは、大和だった。

「なんでこんなとこにいるんだ?」
「あ?えーっと、た、たまたま通り掛かったら声がしたから?」
「嘘をつくな」
「ハハハ……。シュウが寝てるけど、どうした?」

嶽上はシュウを座らせて片膝を当て、この子の肩を後ろに引いて胸郭を広げながら説明をした。大和は豪快に笑った。

「叔父貴、あいつは俺たちを助けてくれたんだぜ?本当にスパイなら、知らんフリするだろ!」
「わからんだろ!スパイかも知れない。もしかしたら、体に盗聴器やカメラが仕掛けられてるかも知れないだろ」
「いやいや、盗聴器とかカメラって電気いるじゃん?どうやって動くの?」
「それは、どうにかして……」
「仮に盗聴器やカメラが仕掛けられても、せいぜい一ヶ月持つかどうかだと思う。こんな小さな体に電池なんて入るわけないわ!もう良いだろう」
「そのあとは、密告されたらどうする?」

大和は、ケラケラと笑いながら「俺が監視してやるよ」と言った。

「俺が監視してやる。それでいいだろ?俺はアンタを裏切らない!親戚だしな!叔父貴!アンタは心配性だ!考えすぎ!はい!この話は終わり!」
「お前のその楽観的な視点は不安だ」
「アンタ、本当に人を信用しないんだな」

大和は、起きたばかりでボンヤリと呆けているシュウに目を向けた。

「こいつは大丈夫だから」

嶽上はシュウをベッドに寝かせて毛布をかけた。団長は舌打ちをし、診察室を出て行った。その時の足音は、いつもより大きく聞こえた。

 嶽上と大和は大きくため息をついた。そして小声で話した。

「お前の叔父さん、何とかならないのか?」
「いやぁ、昔はもっと優しかったんだけどなぁ。何があったんだろうな?」
「あれじゃあ隊員がビビって戦闘に支障をきたす。恐らく、シュウはもう怖がってるぞ」
「要は、あいつがスパイじゃないと証明させたらいいんだな?」
「だろうな。でもどうやって?」

大和は、「えー……っとー……」と言って考え込んでしまった。

 嶽上は、青い椅子に深く座り、足を組んで、ズボンのポケットに忍ばせていたタバコを取り出した。
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