第14話 デイヴィッド1

文字数 2,098文字

 三か月が経った。外はすこしずつ暖かくなり、小鳥の大群も活気づき始めた頃、シュウは翼と一緒にトレーニングをしていた。体力強化のトレーニングだ。
朝からはランニングだ。副団長の合図が出るまで走り続け、歩けばすぐに怒号が響き、二人の動きが機敏になった。それが終わったら腕立て伏せ。副団長の合図が出るまでやり続け、手を抜けばすぐに怒号が響き、二人は真面目にやり続けた。午前中はランニングと腕立て伏せを繰り返し行い、昼食を挟んで、午後からは、裕介が加わって、三人で武器や装備の点検と整備を行った。銃火器の仕組みを学びながら、煤を払い、丹念に磨き上げた。

大人たちは度々戦地などへ赴き、活動していた。ここの旅団は、送られてくる仕事の依頼を選び、適切な人材を派遣し、その成果によって報酬を受け取るらしい。仕事内容は様々で、要人警護やその土地の警備、諜報活動、破壊工作、災害が起こった時は被災地に行き、人命救助を行なったりと、多岐にわたる。

 ある日曜日、午後から自由時間になったシュウと翼は、かくれんぼをやった。

「ここの三階でかくれんぼしようよ。きっと楽しいよ」

そう言ったのは、目をキラキラと光らせた翼だ。四階建ての鉄筋コンクリート造のビルのような建物だが、部屋数はそれなりに多い。しかし、ここの階はすべて会議室になっており、隠れる場所はせいぜい机や椅子の下くらいしかない。見つけやすいと言えば見つけやすいが、部屋数が多いうえに広いので、探すのに苦労する。

「かくれんぼって何だ?」
「えっ?」
「かくれんぼって何だ?」
「やったことないの?」
「ない」

翼はビー玉のような青い目を丸くして「みんなが隠れて一人が探す。ただそれだけだ」と説明したが、シュウには意味が分からず、翼に負けないくらいに茶色い目を丸くした。

 翼に言われた通りに五十秒数えて、翼を探しに三階の廊下の端から歩き始めた。二十はある部屋の一つ一つを調べた。机や椅子の下などを調べ、カーテンをめくり、小さな倉庫があれば、奥まで入って荷物の間にいないか等、丁寧に探した。建物の真ん中あたりの、薄暗い部屋についた。その部屋は白いテーブルと、周りに椅子が十却ほど並べてあり、奥に白いスクリーンが下がっている。そのスクリーンが揺れたのを、シュウは見逃さなかった。
すぐさまスクリーンをめくって調べると、思った通り、翼が立っていた。

「見つかったかぁ」
「この『ペラペラ』が動いたから分かった」
「あぁ、俺はまだまだだな」

二人とも笑った。その時、足音が聞こえた。二人は慌てて、スクリーンから出て、真ん中に置いてあるテーブルの下に隠れた。

 誰かが部屋に入ってきた。残念ながらドアが閉められた。足が六本見えるので、三人だというのが分かった。ブーツが二人とヒールが一人。

翼が「しーっ」という合図をシュウに送ると、シュウは両手で口を覆った。子供たちは息を潜めて緊張した。ブーツの二人は椅子に座り、ヒールの一人は、スクリーンの横に立った。

「三か月前、あなたたちに例の研究員の救出作戦に参加してもらったけれど、その時に持ち帰ってきたカメラの動画が復元できたわ。まずはこれを見て」

シュウと翼はドアの方に向かって進んだ。そして、テーブルから少し顔を出した。大人の三人はスクリーンに注目しているため、子供の姿は見えない。

 スクリーンに映っているのは、暗い部屋のようだ。青い光がチラチラとしている。画像の端に、白衣を着た人が一人倒れている。

『遅かったか』
『他の研究員はどうなっている』

画面が揺れる。どうやら誰かのヘルメットに取り付けられたカメラのようだ。
部屋の正面の奥から、誰かがゆっくりと向かってきた。団員が銃を構えた。銃が二丁見えるので、団員は二人だ。

『誰だ!』
『……デイヴィッド』
『デイヴィッド!』
『ま、まさか、死神!!』

その瞬間、目の前の人が消えたと思ったら、カメラの右隣にいた団員が急に倒れた。額と後頭部から血が噴き出していた。そして、カメラの映像が乱れた。どうやら首を絞められ、宙づりになっているようだ。団員の苦しそうな声が聞こえる。デイヴィッドと思われる人の顔が見える。シュウは目を見開いた。

『……グッ……』
『ジャックはどこだ?』
『ジャ……ク?……ガハッ!!』
『ジャックはどこだ?』
『ジャックは……いない!!』

カメラの映像がまた乱れた。宙づりになっていたと思ったら、カメラは地面を映している。団員の息遣いが見えた。

 映像に見入っていたシュウは、ふと、椅子に座った二人を見た。すると、左側に座った大人の、見覚えのある顔がこちらを凝視していた。目を大きく見開いた嶽上だ。シュウは嶽上と目が合った。咄嗟にテーブルの下に顔を隠したが、翼は映像を食い入るように見ており、嶽上の存在に気付かなかったので、シュウは無理やり翼をテーブルの下に引っ張った。

「なにすんだよ!!」
「イチローにばれた!!」
「え、マジで?」

映像は続いたが、シュウと翼は見ることができなかった。デイヴィッドと言われる人の声と、団員の断末魔の声と、一発の銃声が聞こえるだけ。シュウはその音を聞きながら頭の中で状況をイメージしてみた。
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