第2話 第一旅団2

文字数 2,566文字

 第五旅団の拠点は昔病院だった所。二階建ての建物にはフロアと個室が沢山あり、その一室に説教部屋がある。建物全体は白い壁だが、その一室だけは茶色い色をしている。普段から使われている証拠だ。血の鉄分が酸化して壁や床、天井までも染められている。

 大和はこの子の左前腕が腫れ上がっているのを嶽上に言うと、嶽上は一目見て「折れてる」と言った。そして近くにある棍棒を添え木にして、蹲っている男のシャツを破って腕と棒を巻いて縛った。そして、自分が着ているカーキ色のモッズコートを男の子の肩に掛け、「これを着ろ」と指示した。男の子は右手の袖を通してブカブカのコートを羽織ると、ゆっくりと立ち上がった。コートは裾が床に付くほどに長く、重かった。

 嶽上は蹲っている男に「首謀者は誰だ」と聞くと、あっさりと佐藤の名前を出した。合わせて、この子へのこういった虐待は日頃からやられていたという。それを聞くと嶽上がさっさと部屋から出て行った。大和は男の子を脇に抱えて後を追った。

「どうした」
「さっさとここを出るんだ」

 二人が早歩きで廊下を進むと、前から佐藤が憤然とした顔で姿を現した。

「第一旅団の皆さんはもう帰るのか」
「もうここに用はない」
「まぁそう言わずに、ちょっと面貸せ」

佐藤の後ろに付いている五人の男たちは今にも第一の隊員を撃ち抜こうとライフルを構えた。その瞬間嶽上と大和は踵を返して一目散に廊下を走った。二人の後ろから「てぇっ」という佐藤の号令を皮切りに、弾丸が後ろから二人を追い越していったが、二人を追い越すだけで当たりはしない。訓練生だと踏んだ嶽上は振り返りながら腰に刺したハンドガンを掴んでセーフティーを外し、腕を伸ばして引き金を5回引いた。ハンドガンの銃口から放たれた弾丸は右に回転しながら五人の男たちに向かって牙を剥き、相手の肩や脇腹などを確実に撃破した。一気に崩れ落ちる五人を佐藤は見届けることしかできなかった。

 大和は、その場を嶽上に任せると一気に敷地外に止めている車に向かった。嶽上と同じ形をしたハンドガンの引き金を引いて窓ガラスを割ると、男の子を抱えたまま二階のそこから飛び出した。見事に地面に着地すると一心に足を動かし、中庭から正面へ突き進んだ。建物から三百メートルほど離れた、敷地外の駐車場にたどり着くと抱えていた男の子を下ろした。男の子は具合が悪そうにぐったりとへたり込んだ。

「大丈夫か?」

男の子は少し息を乱していた。大和は胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけて紫煙を吐き出した。程なくして、嶽上が駐車場に着いた。それと同時に、今いた建物から大きな『ジリリリ』と言う火災報知音が鳴り響いた。

「なんなんだあいつら。どんな訓練受けたらこんな見事に外すんだ」

嶽上は先ほどの銃撃に対して教育がなっていないと腹を立てた。早足で足音を大きく立てながらそしてその勢いで男の子の左腕に手を伸ばした。

「いっ!」
「痛いか」
「う、うん」

 満月が雲から顔を出した。月明かりが男の子と二人をほのかに照らした。髪を一つ結びにした嶽上の頭にはホコリが一つ着いていた。大和は駐車場に止めてあるSUVにエンジンをかけて運転席に乗り込んだ。男の子は骨折の痛みから吐き気を催していた。嶽上は男の子と一緒に駆け足で後ろの座席に乗り、男の子の骨折の処置として、まず嶽上自身の手を消毒、薄手のゴム手袋をはめて座席の下にある救急箱の中から注射器と液体が入った小瓶と、アルコール臭い綿花を取り出した。男の子の右の袖をまくり、綿花で右腕を拭い、注射器の鋭い先端を液体の中へ入れて吸い取り、それを男の子の右腕に当てた。

「痛み止めだ。チクッとするぞ」

チクッと刺された痛みは男の子の全身を駆け巡ったが、何とか我慢した。

「イチロー、骨は大丈夫か」
「あぁ……、綺麗に折れてる。整復は……しなくていいだろう。……よし、これで痛みは無くなる。よく頑張ったな」

次に救急箱の下からから幅の広い布を取り出すと、それを三角に追って男の子に左腕を吊り上げる様に巻いた。首の後ろで三角形の二点を結び左腕を支えた。処置が完了すると、嶽上がゴム手袋を外しながら「出せ」と言った。大和はアクセルを踏み、急加速をして駐車場を後にした。

 車の乗り心地は悪いものだった。大和の運転が荒いのか、車の座席が薄っぺらいからなのか、男の子にはわからなかった。三人の頭が左右に揺れた。

「もっと優しく運転してくれないか」
「いやぁ、結構優しくしてるけど」
「それは認めるけど、まだ荒いんだよ」

大和は「へいへい」と言うと吸い終わったタバコを外へ放り投げた。

 嶽上は男の子の様子を見守った。男の子は落ち着き払っている様に見えるが、目は正直だった。ウロウロした目の動きを見た嶽上は「落ち着かないか」と男の子に聞くと、男の子は嶽上の目を見て頷いた。

「お前、名前は」
「……シュウ」
「親が付けたのか」
「団長が」
「孤児みなしごか」
「知らない。『記憶喪失』だって」

嶽上は「ふーん」と呟いた。しばらくして、車はある店の前に止まった。食糧の店の様だ。この物騒な時代に夜まで店が開いているのは珍しい。飲み屋などの水商売は勿論夜中まで開いていることはあるが、食糧店は万引きや強奪が多発する為、夕暮れになると閉まる事が多い。大和はエンジンを切り、外へ出て行った。二人になった車内で、嶽上がまた質問した。どこまで覚えているのか聞くと、シュウは歳の数だけだと答えた。第五旅団での生活はとても辛く、食事は一日一回、団長の機嫌が悪い時は三日も飲まず食わずだった事もあった。大人と同等の訓練を受けるが、大人についていける事はなくいつも足を引っ張ってはリンチを受けていた。

「ふーん、お前よく耐えたな」
「あ……」
「何だ」
「何で」
「『何で』って言うのは、『何で俺が引き抜かれたのか』って事か」
「うん」

嶽上は少し笑った。

「俺は弱い」
「そうだな。弱いな」
「強い奴はまだ沢山いた」
「んー、まぁ強いに越したことはないが、『適材適所』だ」

シュウは「テキザイテキショ」が分からず首を傾げた。その時、大和が食べ物が入った袋を持って戻ってきた。このご時世には珍しいパンだった。シュウは戸惑った。こんなに大きくて丸いパンは初めて見たが、食べる気は全く出ない。吐き気がまだ治ってないからだ。
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