第50話

文字数 828文字

「お姉さん? 千風ちゃんのこと?」
「違うよ、光ちゃんや谺っちゃんのお姉ちゃんで大手希っていうんだ」

「あ、知ってる陸上では有名人の」
「そう、俺たち約束したんだ『箱根駅伝に出る』って」

 宙から戻した空木の視線を受け止められなくて、沢音は思わずブレイクラインマーカーを見つめる。

「そう……なんだ……」

 この話は良くない方向へと流れていく。形勢が悪い、沢音の直感が警鐘を鳴らす。

「その……小田原君は……」

 ダメだ……目が合ってしまったのなら、その大きな流れに抗えない。

「……うん、好きなんだ希姉のことが……だから頑張れる」
「……そっか……」

 分かっていた……何故なら彼は左から振りむいた……。

「でも、水鳥川さんのおかげでもあるんだ」
「え?!」

「水鳥川さんが、俺の今日できたことを俺のSNSに毎日声掛けてくれた。だから俺は毎日小さな達成感を積み上げられた。だから頑張り続けることができた……本当にありがとう」

 多分『努力』は『人間的心情(優しさ)(プラス)『汗』で成り立っている。血と汗と涙は古き良き青春の象徴で『努力』のシンボル。その内の血と涙は『人間的な心情』を表してるんだから。
 そして『努力』の一翼を担う『優しさ』は『側に居る誰か』が協力したっていいじゃないか。

 涙が……零れた……。

「ど、ど、どうしたの?! み、水鳥川さん?」

 側で慌てふためく小田原君がいた。……ふふっ……やっぱり初心だ……。きっと彼の恋も叶わないだろう。
(そのときまた、私がまだ、彼の側に居られたのなら……)

 沢音の恋は打算だ……。

(彼はきっと私に恋をする……)


「……めっちゃ好きやでっ!」

 泣き顔の、辛うじて照れ笑いの言葉に彼はキョトンとしている……言葉の意味が分からない? 何故関西弁になった? あざとい? それでもいい……、彼が失恋したとき、それまでずっと彼を思い続けていればきっと彼は情がうつる……。

 フリーズしている空木の姿を見て、沢音は3.8倍の効果があると言われる『声を出さず』に笑った。
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