第6話

文字数 804文字

 小田原家では父親がスポーツ万能で、生まれてきた双子を見て女の子は勿論目に入れても痛く無いほど可愛く、男の子にはキャッチボールなどの欲求を満たす期待が表れ、分け隔てなく溺愛した。
 しかし男の子である空木は性格も穏やかで、闘争心も少なく、のんびり育ち、逆に千風は父親の能力(それ)を受け継ぎ負けん気が強く、ボール一つ投げるのもしっかりと腕を振り、手首を利かせ、指先の感覚も抜群であった。
 鉄棒にしたって、いつまでも逆上がりができない空木を横目に、連続前回り、後ろ廻りと次々にこなしていく。

 自転車の補助輪を外すとき、千風はあっという間にスイスイと走れるようになったのに対し、空木はいつまでたっても独りでは走れなかった。


「空木、手、離すぞ……そのまま、そのまま漕いでっ……振り向かないで、前だけ見て! 遠くの方を見るんだぞ、一生懸命漕いでっっ!!」

 空木は父親の手が離れたことに気付いて思わず振り返ってしまう、そしてその足の回転が弱まり、自転車は推進力を失いバランスが崩れて倒れる……。

「あぁ~……空木……後ろは見るな、前を見ろって言っただろっ!」

 つい声を大きくしてしまう。女の子の千風の呑み込みが早い分余計に、男である(・・・・)空木ができないことに、悔しさを前面に出さない我が子に苛立ちが増す。
 少し悲しい顔を向け、父親である自分に対して歯を食いしばり申し訳なさそうにする我が子を見て、胸が痛くなる父。

(私に対して『すまない』という想いを向けるのはお門違いだ)

 父は感じる……この子は想いを自分の内に向ける子だ、あれこれ言うべきではない、と。父はそれ以来空木に口出しするのを控えた。
 父の寂しそうな、悔しそうな表情を受けて、情けない気持ちが沸き上がる空木。そして空木は父を悲しませないよう一人で努力して、自転車に乗れるようになったし、逆上がりだって何だって、時間をかけ克服していく。


 それは空木に早くから『負け』を知らしめた。
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