第1話 箱根駅伝

文字数 866文字

 ハッ、ハッ……。

 短く途切れる息が聞こえる。

 それは規則(リズム)良く、宙へと刻んでいる。


「後っ……ハッ、ハァッ……頼ん、だっ……ハァー」

(まっか)せなさーいっ!!」

振り返らず流し目で確認しながら応えられた言葉……アイコンタクトが薄い分、極力明るく笑声で軽さの中に力強さを。一連の所作、そのニュアンスは託した側へと伝わったらしく、安心して力尽きた。
一方託された方は、その手に握った襷を肩からかけ、結び目を脇の下へキュっと締め直す、襷が渡された瞬間、周囲の景色が色味を増した……気持ちも……引き締まる。
 走り出した景色は色が溶けだす。この襷を少しでも早く、ひたすら前へと進めるべく歩を伸ばす。



 12月30日、小晦日。毎年ここ静岡県、富士山のお膝元で行われる、『全日本大学女子選抜駅伝競走大会』通称『富士山女子駅伝』全7区間43.4キロの戦いが繰り広げられる。

 秋に行われた『全日本大学女子駅伝対校選手権大会』、別名『杜の都駅伝』の上位12チームと合わせて全24チーム168人が(しのぎ)を削る、女子大学生における『箱根駅伝』とも言うべきレースである。



「お姉ちゃん……」
 5区最長区間で10.5キロを走り終えた小田原千風(おだわらちかぜ)〔1年〕は、今トップで繋がれた7区、母校聖和大学の襷を運ぶ大手希(おおてのぞみ)〔4年〕の走りを見つめていた。
 その目の内には『願い』や『不安』等という不確定さを案ずる類の色は浮かんでいない。『信頼』と『確信』それ以外の何物も存在していない。

 最終7区は8.3キロ。この富士山駅伝最大の難関区間。襷を受けた3キロ過ぎから厳しい上りが続き、その高低差は4.6キロで169メートル。女子の全国規模の大会では、他に類を見ない過酷な区間となっている。



 3キロ過ぎ……希がこれから上り坂を登っていく。その後ろに6区で大分差を縮めてきた二番手チームの襷が見えた。
 優勝はこの厳しい上りの大淵街道で決まりそうだ。正面から富士山が選手の走りを応援している。

 千風が繋いでくれた襷、これまで繋いできた時間を感じながら走る。


 その始まりは希の幼い頃のたった一言から始まった。
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