第2話 乾杯

文字数 1,462文字

 中学2年の時に同じクラスになった高砂さんは頭が良かった。漢字はなんでも書けた。薔薇も。それに社会、特に歴史の知識はすごかった。

 あとは歌。国語の時間になぜか、歌の話になった。よくは覚えていないが、彼女はペルシャの姫がどうの……と話をし、先生に歌ってみろ、と言われ歌い出した。

 恥ずかしがりもせず堂々と。

 コーラス部だった。


 斜め前の席の彼女は、紙に書いた詩を私に見せ暗唱した。

 君死にたもうことなかれ……


 私も真似をした。

 君よ、知るや南の国……

自作短歌

昨日より波浮(はぶ)の港にとどまれば東北風(ならい)吹けども鶯ぞ鳴く……

君死にたもうことなかれ、を検索していたら与謝野晶子の肉声を見つけました。(びっくり)

『えんぴつ・筆ペンで詠う与謝野晶子』という、練習帳を持っています。名歌百選を筆ペンで練習したのにぜんぜん覚えてない……

フワウストが悪魔の手より得し薬 われは許され神よりぞ受く

むさし野の家に帰れば菊の香の 冷やかに立つ夕月夜かな

この詩は、ゲーテの「ウィルヘルムマイスターの修行時代」の中で、ミニヨンという不思議な少女によって、歌われる詩のひとつです。
ゲーテの「ウィルヘルムマイスターの修行時代」は感激したのですが、内容を覚えていないのです。

ただ憧れを知る人だけが、

私がなにを悩んでいるかを知っています。

独りで、そして、あらゆる喜びから引き離され、

私ははるかかなたの大空を仰ぎ見ます 

ああ! わたしを愛し、知る人はとても遠くにいるのです。

それを思うと、私は目が眩み体の内が燃え上がります。

ただ憧れを知る人だけが、私が何を悩んでいるかを知っています。

 詩や小説の好きな高砂さんとは親しくなった。ユニークな人だった。50年前、私は尾崎紀世彦に夢中だった。彼女は森進一。それがまたおかしかった。

 彼女は駅前の本屋で立ち読みをした。少年マガジンの『あしたのジョー』と『巨人の星』

 その間私は待っていた。同じ方向の電車で帰った。ホームのベンチに座り話した。電車は何台も通り過ぎて行った。あれほど語り合った人はいなかった。

 長い休みには彼女の家で勉強した。1駅先の駅から歩いて5分くらいの大きな家で、おかあさんの手作りのケーキが出てきた。50年も前だ。菓子作りの本もそれほど出てはいなかった。高砂さんが手動のコーヒーミルで豆を挽きコーヒーを淹れてくれた。

 高砂さんとは別の高校だったが時々は会っていた。おとうさんが亡くなると千葉へ引っ越していった。フランスに留学し、戻ると神田の本屋で働いた。本に囲まれていれば幸せだと言う。

 彼女は私の結婚式に、ひとりで歌をプレゼントしてくれた。当時はまだ知られていなかった長渕剛の『乾杯』

 アカペラで長い曲を最後まで。コーラス部にいた彼女は上手だった。歌が大ヒットしたのはあとのことだ。

 いつのまにか年賀状も絶えてしまった。

 息子の家に行く途中、高砂さんが越して行った地名を通る。会わなくなって40年が経つ。住所を検索すれば近辺の写真が見られる。結婚しただろうか? どこにいるのだろう? まさか、フランスとか?

 会ってみたいと思う。ネットで検索してもヒットしない。彼女が好きだったのは三銃士のアトス……アトスの名で、なにやらクイズを作り雑誌に応募していると言っていた。

 会いたいな。話したい。私はずいぶん本を読んだ。詩も読んだ。歴史も中国のは詳しいよ。ドラマ観てるから。

 驚くだろうな。文章を書いてるなんて知ったら。いや、彼女のことだ。とうに小説を投稿しているかもしれない。長い歴史小説かな?

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