第3話 ノーベル文学賞
文字数 1,947文字
言葉をメロディーに乗せた。
2016年に歌手として初めてノーベル文学賞を受賞。
1941年生まれ、ユダヤ系アメリカ人のミュージシャン。
1961年、ケネディ大統領誕生に沸くニューヨークに現れた一人のシンガーは、アメリカの時代の精神を歌に刻みながら歩み続け、“生ける伝説”となった。
ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディラン。これまで、その謎めいた比喩や歌詞は、正確な意味をめぐって研究者の間でも解釈が分かれ、議論を呼び続けてきた。
ボブ・ディランとは何者なのか。そして、詩に込められた真意とはどのようなものなのか。
(NHKスペシャル ボブ・ディラン ノーベル賞詩人 魔法の言葉より)
もし、わたしがノーベル文学賞を受賞するチャンスがほんの少しでもあると誰かにかつて聞かされていたなら、その可能性は月面に立つのと同じくらいと思わざるを得なかったでしょう。 この驚くべき知らせを受けたときツアー中だったわたしが、この知らせを理解するには時間がかかりました。
わたしはウィリアム・シェイクスピアに思いを馳せるようになりました。彼の言葉は舞台のために書かれたものであり、読まれるためではなく語られることを意図していたのです。
「これは文学なのだろうか?」
という疑問は、シェイクスピアの心から最も離れたところにあったに違いありません。
わたしの行動のすべての中心にあったのは、わたしの「歌」でした。わたしの「歌」があらゆる文化を超えて多くの人々の人生に居場所を見いだしたように見受けられることに感謝しています。
世の中には400年経っても決して変わらないことがあるものです。
「わたしの歌は文学なのだろうか?」
そう自分に問うた機会は今まで一度もありませんでした。
したがって、スウェーデン・アカデミーには、まさにその「問い」について考えるお時間を割いてくださったこと、そして、究極的には、このような素晴らしい「答え」を出してくださったことに感謝しています。
(ボブ・ディラン コメント抜粋)
歌詞は後年のディランの作品に通じるような象徴的なイメージに満ちたもので多様な解釈ができる。
日本では、1966年4月に日本コロムビアから、「風に吹かれて」のB面として「今日も冷たい雨が」という邦題でシングルカットされている。
「はげしい雨」が核ミサイル攻撃による「放射能の雨」という解釈については否定をした。
ボブ・ディランが60年代に歌い、私を含め本当にたくさんの若者たちの心を打った、あの忘れられない質問を、今こそ思い出そうではないか。
“どれだけ人が死んだら あまりにも多くの人たちが死んでしまっていることに気づくのだろう?
その答は、友よ、風に吹かれている。その答は風の中に舞っている…”
また、その後行われた晩餐会にて、ボブ・ディランから届いた授賞スピーチを駐スウェーデン米国大使のアジタ・ラジ氏が代読。
パティ・スミスが、12月10日にウェーデンのストックホルムで行われた2016年ノーベル賞授賞式に出席し、ボブ・ディランの代表曲である「はげしい雨が降る」をオーケストラとともに歌唱した。
感極まったあまり途中で歌い直す場面もあったが、
「ごめんなさい。緊張してしまって、歌い直すわ」
と語ると、会場中から温かい拍手が巻き起こり、最後まで感動的にエモーショナルに歌いあげた。
ステージ上のスウェーデン国王やノーベル賞各受賞者、そして会場中から大きな温かい拍手が鳴り止まず、観客の中には涙するものもいた。
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