淡色

文字数 1,820文字

よく怒っていて、それ以上によく笑う。男子にしてはチビだった俺よりも小さくて、けど背筋を伸ばしてて、だからなんでか大きく見えた。
じゃんけんに負けて図書委員になった時は正直終わったと思ったけど、思っていたよりも仕事は楽で、だからこそ続けられたのだけど、サボりの多い委員会で真面目に来ていたからとなんと翌年副委員長になってしまった。委員長は他クラスの女子で、長い髪をふたつに結んで青色の眼鏡の、いかにも気弱で本の似合うやつだった。
副委員長になって分かったのは、ヒラの仕事が少ない代わりに幹部の仕事が死ぬほど多いこと。ぬくぬくとしていた去年までの自分にマヌケと言ってやりたいと思った。
それでも仕事は放棄できなくて地道にちまちまやっていた。放課後、委員長とふたりで居残りすることも多かった。遊びたい盛りか図書館の客はほとんど居らず、司書も俺らに任せてどこかに行くから、実質ふたりきりだった。思春期なもんだから無駄にドキドキしたりもしたけど、どうやら向こうは何ともないようなのでなんだか損した気分だった。
大抜擢から二ヶ月ほど経った頃、初めて図書館以外で委員長を見た。怒鳴り声と人集りの真ん中で、委員長は自分より大きな男子ふたりを相手に言い合いをしていた。男子ふたりが廊下で騒いでいて、はずみで女子を突き飛ばしてしまったのだという。挙句そのままどこかへ行こうとするものだから、見兼ねて委員長が声をかけたところ、ヒートアップしてしまったと。悪い方が謝るのが当然でしょ、と叫ぶ声が聞こえる。そんなとこにいたのが悪いんだろ、と男子は言う。最低限の常識もわかんないなんて猿以下だ、と委員長は言う。カッとなった男子が殴りかかろうと拳を振り上げた。あ、と声を洩らして一歩踏み出した時に、やめなさいとドスの効いた声が響いた。蜘蛛の子を散らすように野次馬はいなくなり、厳つい体育教師と委員長とふたりの男子だけが残った。その後連行され、すぐにチャイムが鳴った。走って教室に向かっている途中も、真っ直ぐな背中が頭から離れなかった。
放課後、不機嫌そうな顔で委員長は本の確認をしていた。どうしても話しかけたくて、業務連絡以外の話をしてみたくて、昼のあの後大丈夫だったか、と尋ねた。図書館では喋らない、ピシャリと言われたが、委員長は破顔し、まぁ誰もいないしね、と俺の隣に座った。
やりすぎだと思う?委員長はそう言った。かっこよかったよ、と俺は正直に答えた。その返答に驚いたように瞬きし、それから声を抑えて笑った。
ぎゅ、と胸が押さえつけられたような感覚がした。
言い過ぎちゃうんだよね、でも見過ごせない。委員長は悩んでいるようだったけど、それは正しいことだと思った。そのまま口に出すと、ありがとうとまた笑った。
それからはよく話すようになった。くだらないことやクラスでのこと。委員長は思ったよりも気さくな人で、よく怒るのではなくただ正直なのだと知った。ころころ変わる表情は見ていて楽しかった。
自覚は相当遅かった。
気づけば秋も過ぎ、冬に片足突っ込んだ時期だった。暖房もないボロボロの図書館は衣替えの境目の微妙な頃には寒かった。仕方なくジャージを羽織りながら図書の整理をしていると、ちょいちょいと裾を引かれた。振り返ると、暖かそうな冬服に身を包んだ委員長が、おすそわけ、とカイロを差し出していた。大丈夫だと言うとポケットからもうひとつ出して、有能でしょ、と目を細めて笑った。
気づいたと言っても何かする訳でもなく、ただ日々が過ぎていった。勇気を出して誘って出かけたことは二回くらいあったが、それでも何も変わらなかった。
変わってしまったのは、映画を見に行ってから少し経ったあと。
恋愛相談をされた。
相手は俺と同じクラスの、仲がいい男子。気さくで明るいやつだった。仏頂面で座っていることなんてない。俺と違って、人を笑わせるのも得意だった。本当に、お似合いだ。
今度告白するつもりだと委員長は言った。振られちゃうかな、と呟く不安そうな顔に、絶対に成功するよと俺は答えた。根拠もないのに、と笑われた。
俺はその告白の答えを知っている。根拠がある。アイツがクラスで言っていたことを知っている。アイツが委員長のことをどう思っているか知っている。
だから、結末を知っている。
成功する、と俺はもう一度言った。
数日後、晴れてめでたく委員長は笑顔で報告をしてきた。初めて見る笑みだった。
俺はきっと、上手く笑えていなかった。
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