冬、熱のこと

文字数 1,075文字

水底から引き上げられたように、ハッと意識が覚醒する。視界はまだ暗く、薄ぼんやり見慣れた天井と隅に生えたきのこが見える。促されて買ったカーテンのおかげで一瞥して昼夜を判断出来なくなったが、隙間から洩れる光はわずかで、恐らく夜、それも深夜であろうことがわかる。意識の高低差に頭がくらくらする。深く息を吐きながら、力を抜いて目を閉じてみる。一度目覚めた頭はもう活動を始めたようで、次々に中断していた研究や新しいひらめきを浮かばせては消える。もう寝れなさそうだ、と諦めてため息ひとつ、上体を起こそうとした時にふと気づく。
傍ら、身体左側に、何かいる。
変な動物でも迷い込んだかと思いつつ恐る恐る視線を向けると、あどけない寝顔ですやすやと息を立てる彼女がいた。
なんだ、そういえばこの部屋はひとりきりじゃないんだった。
──いや違う、そうじゃなくて。
なんでここに!?と驚きの声をあげそうになり、直前でどうにか飲み込んだ。以前同じようなことをして渾身の平手打ちを食らった記憶が頭をよぎったからだ。
ともかく起こさない方が吉だ。
起こしかけた体勢を戻し、薄い枕に頭を預ける。暖房どころか冷蔵庫すらないこの部屋では真冬の夜は厳しいだろう。僕も大して体温の高い方ではないが、やはり誰かの傍だと暖かいのだろうか。起こさないようにそっと小さな手に触れる。ひんやりとした感覚が指先に伝わる。思っていたよりも体温が低い。手を離し、仰向けの姿勢のまま顔だけ横に向ける。末端冷え性というやつか、栄養を頭のきのこに持っていかれてるのかもしれなかった。そもそも頭のこれは栄養をどこから得ているのだろう、妥当に考えれば苗床なのだろうが、彼女が以前言っていた、苗床になった人間は弱っていくということを考えると、寄生というよりは共存に近いのかもしれない。相互に支え合う関係。きのこが彼女に何をもたらすのかは分からないが。いや、きのこが別個生命体と考えることが間違いか、彼女の一部であることは間違いないだろうが、身体の一部なのかは分からない。まぁ恐らく彼女は人間ではないだろうから、何かしら想像の及ばないメカニズムが働いているのかもしれなかった。
もぞもぞと彼女が身じろぎする。眠れないし起きて机に向かおうかと思ったが、やめよう。身体ごと向かい合う体勢になり、また平手打ちを食らわない程度に身を寄せる。そのまま目を閉じると、じんわりと熱が移っていくのを感じた。悪くない感覚だった。半ば強制的に食べさせられている飯のせいで前よりは体温も上がっているだろうし、少しでも彼女の熱源になれたらいい。
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