退路はいずこ
文字数 2,616文字
いっそ、一人で華子の部屋へ――。
ほんの
キヨが腰を浮かせた、そのとき。
青年が、ぽつりと言った。
声を張ったわけでもないのに、その問いは響いた。
キヨは動きを止める。青年を注視した。
如月は階下より、青年を
青年は腕を振りかぶる。
如月は
ころりと転がったのは、またも銀色の
如月は、よろよろと膝を付く。
額を覆った指の隙間から、とろとろと赤いものが流れ出る。
――と、
キヨは視界に違和感を覚える。
目の端が明るい。
いつの間に、電灯が点いたのか。
しかし、キヨはそのことよりも、
カチリという硬質な音がした。青年は気付いた様子はない。
キヨだけが振り返った。
都路が何かを構え、仁王立ちをしていた。
キヨは叫ぶ。
同時に、耳を
とっさに横っ飛びをした青年の髪が、ザッとばらける。
キヨは見た。
いったい、どんな目に遭えばあんな傷ができるのだろう。
青年の耳には、汽車の切符のような切れ込みがいくつも刻まれ、
青年は、廊下の奥に向き直る。
都路は、先程までの崩れ方が嘘のように、普段通りの威厳を取り戻し、両手でピストルを構えている。
青年が、
都路は無言で、銃口を
カチリという、音。
青年は、キヨの前に出ようと身体を倒す。
――キヨの動きが早かった。
面食らった青年が、慌てて手を伸ばす。
届かない。
都路が構えを改め、キヨに直る。
キヨは止まらない。
爆音。
キヨは都路へと跳びかかり、その太鼓腹目掛けて怒らせた肩を突っ込んだ。
どぉんと、派手な振動。
都路は、見事、大の字に打ち倒された。
ごめんなさいと、キヨは頭を下げる。
床の上の都路と目が合った。
キヨは、反射的に
状況を察した青年が、キヨを横抱きにした。
真横にあるドアーノブを回す。開いた。
青年は素早く逃げ込むと鍵を掛け、キヨを下ろし、窓辺へと向かう。
窓は嵌め殺し。
ここは、キヨに宛てがわれた部屋だった。
青年は、外に向かい目を凝らす。
ノブが、ガチャガチャと鳴った。
キヨは、青年の傍に走る。
ダンッ、ダンッ。ドアーが揺らいだ。体当たりだ。
そして、またあのカチリという音。
青年がキヨの上に覆い被さる。
轟音。
青年の腕の隙間から、恐る恐るキヨは入り口を見る。ノブ横に
硝子が砕けた。同時に、また轟音。
木片が四散し、大きく
キヨは、それを見てしまう。
笛のような声が、喉から
太い指が鍵を探り当てたところで、キヨの身体が浮き上がり、視界が回転した。
青年が、再びキヨを抱き上げたのだ。
言われたとおり、キヨは、力の限り青年の胸にしがみ付く。
青年は空いた方の手の、人差し指と中指を真っ直ぐに立て、唇に押し当てた。
ピーという甲高い音が、辺り一面響き渡る。
破った窓から、青年は絶叫した。
ナナオ――って、お馬さん、と、キヨは首を巡らせ、外を見る。
――チキ、
金属の擦れる音。
太い指が、鍵を開けた。
キヨは青年を仰ぐ。
青年は、真っ直ぐに、森のある一点を見詰めていた。
片頬で笑って。挑戦的な眼差しで。
そして、彼は窓枠の上に片足を掛ける。
刹那。
垣根から裏庭へと、黒い大きな影がサッと
ドアーが開く。
青年が、窓枠を蹴った。
キヨは青年の肩越しに、銃口をこちらへと向ける都路を認めた。――が、それは上方へと流れ――落ちる――、キヨは目を閉じた。
ガクンと衝撃。昇降機など比ではない。
青年は、一旦、
再度、衝撃。
一瞬の
青年の声に、キヨは目を開ける。
二人の身体は、青毛の馬の背にあった。
立ち止まることなく、ナナオは現れたと同じ森の中へと駆け戻る。