拐われたキヨ
文字数 1,721文字
腕ごと胴を抱え込まれたキヨは、頭と足とを精一杯ばたつかせて抵抗した。髪を振り乱し、上体を揺すり抜け出ようともがくが、青年の腕はびくともしない。
自力ではろくに歩くこともできない、華子を呼んで何になろう。承知のことながら、キヨはその名を叫ぶ。
青年は空いている方の手の、人差し指と中指を真っ直ぐに立て、唇に押し当てた。
指笛だ。
そして一声、大きく叫ぶ。
途端、ザザザと
ヒンと軽く
青年は愛馬を撫でて
そしてキヨを膝の上に座らせる。
――高い。
キヨは、思わず青年の胸にしがみ付く。
青年が呼ばわり、軽く
意味の通らぬ言葉の訳を、問い質す
青年の黒い上着を掴んだまま、キヨは前方に目を
木々の隙間が大きく口を開けている場所を、青年は示す。その部分に生えた草が、軒並み押し潰されたようになっていた。
きっと何度も、青年と馬はここを通り抜けたに違いない。
――ふと、ここは青年と馬を最初に見た、あの場所ではないかとキヨは心付く。
突然、青年が
前方を注視していたキヨも、大口を開ける。
ドグアッという、かつて聞いたことのない音。四角い大きな何かが木々をかすめ、出口たる
ヒヒーン!
キヨの耳元で、脳天に突き刺さるような、鋭い
耳を塞ぐ
驚いたナナオが、後ろ足で棒立ちになったのだ。
ずり落ちそうになるのを、青年の腕がかろうじて
今度こそ、キヨは身体が空中に放り出されるのを感じた。
一回転。
次に来るだろう衝撃を、覚悟する。
だが、
トン、
という、軽い振動がきただけだ。
安堵。顎の力が抜け、ハッと息を吐く。
恐る恐る目を開けると、視界は真っ黒だった。少し頭を引く。銀色の丸いものが見えた。
あの青年の上着だと、理解するのに数瞬掛かかる。改めて、彼の片腕にしっかりと抱きかかえられていることに、キヨは気付いた。
青年が、口火を切った。
その声音の冷たいことよ。