如月の正体
文字数 2,433文字
「運転手は、いつも居るわけじゃないのよ。どうせナナオと一緒だろうし、森ン中をずっと行くのは無理だってことは読めたわ。ここらはアタシも詳しいのよ。出てくるなら、まずここだろうってね。挨拶代わりに、驚かせようって思ったんだけど、ちょっとやりすぎたかしら」
青年のその言葉に、如月は、あらイヤだと
青年が片頬で笑い返す。
如月の顔から、
青年は続ける。
と、憎々しげに吐き捨てる。
そして、初めてキヨを見付けたかのように、さも痛々しげな
青年の空いている方の腕が、サッと
白い輝きが、一直線。
如月は袂を振り上げる。
輝きは打たれ、
その正体は、銀色のナイフ。
華子様!
キヨは、ありありと思い出す。
目を見開き、悲鳴をあげる華子を。
薄緑色に
――指切りげんまん。
側にいると約束したのに。
途端、キヨの心に青年への怒りが
黒衣の青年の腕が緩んだ。キヨは思い切って飛び降りる。少し遅れて、青年の手からナイフが滑り落ち、地面に刺さった。
青年はキヨに対して、全く警戒していなかったこともあり、受け身を取ることもできずに
逃れ出たキヨは、如月に向かって走った。
喉を抑え震えている青年を、如月が見下ろす。言葉通り、ナナオの姿はない。キヨは記憶を巡らせる。青年の愛馬が棒立ちになり――それからどうなったかを知らないということに、改めて気付いた。
絞り出すような呻きを漏らし、起き上がろうと一度は上体を起こしたが叶わず、青年は地面へと倒れ伏す。一度、二度、大きく痙攣すると、動かなくなった。
ホホホホホホ!
如月は袂を振り乱し、仰け反って放笑する。
キヨは――故意ではなかったとはいえ、この成り行きが恐ろしくなった。
キヨは
背後から、如月の乱暴な
何やら柔らかいものを蹴り上げるような、また、それが地面へと落ちる音。
自動車は酷い有様だった。木に衝突した前面はへこみ、左側のライトが割れている。その木も、根本が盛り上がり、
華子の元に来たときと同じ、後部座席に腰掛ける。
コンコンと、
と、助手席を指し示す。
言われた通り、そちらへと身を移す。
如月が、ニィと唇を広げて、キヨへと顔を寄せた。紅が滲み、唇から流れ出た血管のように、生白い生地に細い模様を作っている。その生地を
いつも……如月のことは優しくて綺麗だと、キヨは信じていた。しかし、それが――何だか、とても大きな間違いのように思えて――。
キヨは背を丸め、頭を胸まで下げて、目も閉じた。
後部座席のドアーを開ける音。
うん、よいしょ、ちくしょう――続く、ドサッという乱暴な音。
バン! と、ドアーを叩き付けて閉める音。
耳も塞いでいればよかった……、キヨは泣きそうになっていた。
華子様!
華子様!
華子様!
大事な人の名を繰り返し心で唱え、ただそれだけで――頭をいっぱいにしてしまえればと、願った。
何か、
何か、
何か、間違っていた!
そして――それを正す最後の機会が消えてしまった。
消してしまったのだ。
消したのは、他ならぬ自分――なのだと、キヨは愕然となる。