1 お前は、ひどい!

文字数 1,506文字

陽光煌めく、宮殿の庭。

子どもたちの歓声が、元気に響き渡っていた。

太陽めがけて、ギリシア風の柱が立ち並んでいた。太い円柱の影が、黒々と、地面に落ちている。その陰に隠れるようにして、一人の少年が、遊んでいる少年たちを見つめていた。


庭園の主役、王子、カルロス である。

「……」

彼は、劣等感に苛まれていた。ついさっき、かけっこで、ビリになったばかりである。恥ずかしさにそのままゴールを走り抜け、この円柱までやってきた。

「ほら、泣かないで」

打ち沈むカルロスの耳に、優しい声が聞こえた。

ロドリーゴ・ボーサ の声だ。カルロス王子と年齢が近いというだけで呼ばれてきた、下級貴族の息子である。


はっとして身を乗り出したカルロスの目に、ロドリーゴが、年下の少年といるのが映った。カルロスの鼻先を走って、ゴールした子だ。

子どもは、泣いていた。その肩を抱くように、ロドリーゴが慰めている。

「次を頑張ればいいじゃないか。そしたら、お父さんだって、褒めてくれるよ?」

「僕の走り方がかっこ悪いって、父上は言うんだ」

「そんなことはないさ。ただ、そうだな。ちょっと肘を曲げてみたらどうだろう」

「こう?」

少年は、肘を直角に曲げる

「うん、いい具合だ。そしてそのまま、前後に振る」

「こう? こう?」

「そうそう。体を前に倒して」

少年の背中に手を添え、上体を前傾させる。

「それでいい。そのまま、走ってごらん」

「わかった!」

言われたとおりに、上半身を前に傾けて肘を曲げ、少年は、走り始めた。

「うまいね! 君は素質がある」

並んで一緒に走りながら、ロドリーゴが褒めてやっているのが聞こえた。

「さっきはね、肘で勢いをつけるやり方がわからなかったから、負けちゃっただけなんだ。もう、大丈夫。次は、勝てるよ!」

「ありがとう、ロドリーゴ!」

甲高い声で、年少の少年は叫んだ。

「僕は、本当は、走るのが早いんだぞー!」

叫びながら、緑の芝の上を、どこまでも走っていく。

 笑いながら、ロドリーゴは、立ち止まった。ぶらぶらと、円柱の方へ歩いてくる。

「ロドリーゴ」

その彼の前へ、カルロスは姿を現した。

「……」

「僕にも、……そのう、走り方、というものを、教えて欲しい」

「殿下は、十分に美しい形を保っておられます」

「だが、僕は、ビリだった!」

「ビリではありません。集団のどこを走ろうと、殿下のいらっしゃる場所が、先頭 です」

違う!

いらいらとカルロスは遮った。


「お前は……お前は、走るのが早い。剣も達者だし、学問も秀でている。僕は、お前と、仲良くなりたいんだ。仲良くなって、いろいろ教えてもらいたい

「恐れながら、殿下」

恭しく、ロドリーゴは頭を下げた。

「私には、そのような技量はありません。殿下にものをお教えするような、だいそれたことは、天が許しません」

僕がいいと言っている! だいたい、お前は何だ! あの子のような、格下の身分の者 には優しくしてやるくせに!」

口をへの字に曲げ、さっきの少年が駆け去った方を睨んだ。


僕は見てた! あの子には、あんなに親切に、肩を抱いて教えてあげてたじゃないか。なのに、なぜ、僕だけ除け者にするんだ?」

「殿下には、この国の一流の先生方がついていらっしゃいます。私ごときに口出しする隙は、ありません」

そういうことではない!

 

「さきほど殿下は、格下とおっしゃいました。私の家は、王家に比ぶべくもない、塵のような家柄です」

お前は、ひどい!


とうとう、カルロスは叫んだ。

「僕がこんなに、お前のことを思っているのに!」


「……」

冷静な目で、ロドリーゴが、カルロスを見る。

厳かに、彼は言った。

「殿下。王子というものは、常に 孤独に耐えねばなりませぬ

……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ドン・カルロス


イスパニア(スペイン)の王子

カルロスの子ども時代

ロドリーゴ・ボーサ侯爵


カルロスの親友



ロドリーゴの子ども時代

フェリーペ2世


イスパニアの国王。カルロスの父。暴君

エリザベト王妃

フランス王室出身。はじめ、カルロスの婚約者だったが、カルロスの父、フェリーペ2世と結婚し、カルロスの「母」となる

エーボリ公女


カルロスに恋していたが、カルロスが王妃を愛しているとわかり、敵になる

レルマ伯爵

カルロスの忠臣

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色