9 王が求めていた男

文字数 1,270文字

……皆、信じられぬ。

王妃も、息子も、王妃と息子との仲を告げ口してくる、廷臣どもも。

はあ。どこかに、高潔な士はおらんものか。気高く、清らかな、真実の騎士が!

王は、机の上の、人名簿を手にとった。デタラメにページを繰ってみる。
……これもだめ、こいつも嘘つきだ。こいつは重臣だが、何の功績もないじゃないか! あ。こいつは、ダメなやつだ。よく知ってる。だから、もう、死人の箱に入れておこう。
……ん? これは、誰だ?

ボーサ侯……。帰国したばかり……。んんん? わしの筆跡で、星印がついてるぞ? えーと、誰だっけ? まだ若いな。カルロスとあんまり変わらないじゃないか。なぜ、こいつは、わしのところへ、挨拶に来ないのだ?

……だが、よく考えてみれば、王のもとに挨拶に来ないというのは、王におもねらないということだ。欲や野心があれば、必ず、玉座の前へ参上するはず。ということは……。
……ボーサ侯! この男こそ、わしが求めていた男かもしれぬ!」
王はさっそく、ボーサ侯を、御前に召した。
「何ゆえ、今まで儂の元へと、参上しなかったのだ?」
「私は、王侯の奴隷には、なりたくありませんので」
「その、権力者にコビない態度。……よく言った! 貴侯こそ、高潔の鏡!」
「……はい?」
「その貴侯を見込んで、頼みがある」
「ですから、王侯の奴隷には……」
「カルロスの身の回りを探ってくれ」
「カルロス……王子の!?

なにゆえそのような……。カルロス王子のような気高い方は、他にいらっしゃいません。気高くないカルロス王子など、私は、ついぞ、見たこともございませぬ」

「それがそうでもないのだ。実は、やつは、王妃に懸想 しているらしいのだ」
「(傍白)ほら見ろ。カルロスのやつ、もう、王にバレてる。全く無防備なんだから。しようのないやつだ」
「何か言ったか?」
「いえ。ええと。

カルロス王子が、女性 王妃 に懸想? ありえません!」

「だが、そう言ってきた者がいる」
「そのような 戯言 を、陛下は、お信じになられるので?」
「それを、貴侯に探って欲しいのだ」
……これは!

……これは、チャンスかも知れない。王の近くに侍り、信頼を得るのだ。そして、フランデルン鎮圧軍の司令官を、カルロスにしてもらえるよう、王を説得してみよう……

「……お引き受けしました」
「うむ。お前に、王妃の身の回りに侍る許可を与えよう。儂は、お前のぶっきらぼうなところが気に入った。わしの部屋にも、案内なしに来てよいぞ」
ロドリーゴは一人、王の前を辞した。
……だが、この話は、カルロスにはすまい。俺が王の密偵となったと知れば、あいつはきっと、要らぬ気を揉む。俺が、あいつを裏切ることがないと知っているから、いっそう、気を揉むのだ。


俺はあいつに、どんな小さな心配事も与えたくない。それは、気持ちよく眠っている者を叩き起こして、頭上に広がる黒雲を指さしてみせるようなものだからな。

俺は、あいつを、甘やかしてやりたい。……あいつは、何も知らなくていい。ただ、あいつが目を覚ました時に、きれいに晴れ上がった青い空を見せてやりたいだけなのだ……。

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登場人物紹介

ドン・カルロス


イスパニア(スペイン)の王子

カルロスの子ども時代

ロドリーゴ・ボーサ侯爵


カルロスの親友



ロドリーゴの子ども時代

フェリーペ2世


イスパニアの国王。カルロスの父。暴君

エリザベト王妃

フランス王室出身。はじめ、カルロスの婚約者だったが、カルロスの父、フェリーペ2世と結婚し、カルロスの「母」となる

エーボリ公女


カルロスに恋していたが、カルロスが王妃を愛しているとわかり、敵になる

レルマ伯爵

カルロスの忠臣

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