13 友を救う為なら、なんでもする

文字数 1,695文字

「エーボリ公女。君にお願いがあるんだ」

招待もなく、何の約束もなく、いきなり、カルロスは、エーボリ公女の部屋を訪れた。


「いやです。王妃 への橋渡しなんかしませからね! なんで、 !!」


「あれ、よくわかったね! 話のわかるひとって、僕、好き ♡ だな」
「え? 好き?

いやいやいや、もう、その手には乗りませんよ!」

「そんな事言わないで。僕にはもう、頼れる人がいないんだ。世界中でたった一人君 を除いて」

「そんな目をしたって、無駄ですよ。あなたは私を ったばかりじゃん」

「ああ、エーボリ。お願いだから、僕を恋していた時の気持 ちを、思い出してくれないか? 僕は、どうしても、王妃様 に会わなくちゃならないんだ。もし君が、あの時の気持ちを、ほんのちょっとでも蘇らせてくれたなら……」

ムリです


「いやいや。他の女ならダメだろうけど、 は、その辺の女とは違う だろ? だから。ねえったら。ほら、こうして跪いてお願いするよ。ひと目でいい。どうか、王妃 に会う手引きを……」

「ああ、遅かったか!」

そこへ、どかどかと踏み込んできた男があった。

この国の宰相となったボーサ侯、ロドリーゴだった。近衛兵を2人、連れている。


エーボリ公女は、憤慨した。鼻息荒く叫んだ。

「まあ! 今日は、なんて日でしょう! 婦人の部屋 へ、 回も、勝手に入ってくるなんて!」

うるさい、黙れ!


……他に人はいないな。ぎり、間に合ったってとこか。おい、衛兵。宰相特権をもって命じる。王子を逮捕しろ」

 「は?」

衛兵たちは、自分の聞いたことが信じられなかったようだ。直立したまま動こうとしない。

グズグズするな。王子を、牢獄に隔離するんだ!

……こんな風に、王妃への恋心 を言いふらすとは。

……もしこれが、王の耳 に入ったら!

ロドリーゴは憂慮した。

息子だとて、王は、容赦しなかろう。間違いなく、カルロスは、抹殺される。

ロドリーゴ……、

しっ、黙って! 人がいます。これ以上、一言だって、余計なことをしゃべってはなりませぬ。……衛兵! 早くしろ! ……王子。腰の剣をお預かりしますぞ。……とっとと動け! 衛兵!

「宰相のご下命は、陛下のご命令。お許し下さい、カルロス殿下」
……ロドリーゴ……ロドリーゴ……

わけがわからぬまま呆然とし、カルロスは、部屋から連れ出された。


ロドリーゴは、短刀を引き抜いた。逃げ出しかけた公女の肩を、ぐいと掴んで引き止める。

「さてと。お待ちなさい、エーボリ公女」

いや! 何をするの! 放して!

「放すものか。王子はお前に、何を話した? お前は何を聞いたんだ?」

「な、なにも聞いてはいないわ!……」

「嘘をつけ。お前はそれを、誰に話す? さあ、お前の命は、このロドリーゴが申し受けた*

「げ」

「……だが、たった今、王子の話を聞いたばかりだ。誰ともおしゃべりする時間は、なかった」

「そっ、そうよっ! 私は、おしゃべり女じゃないわ! 秘密くらい、守れるわよ!」

「……毒はまだ、唇の上に浮かび上がっていない。だから、入れ物を壊せばいい んだ」*


なっ、何を言ってるの!?

身の危険を感じ、公女は激しく、身を捩った。


ボーサ侯は、薄く笑った。

 「逃げようとしても無駄だ。お前はもう、生きた人と話すことはないのだから*


「ひえーーーっ! やっぱり私を殺す気ね! 放して! 放してったら!

肩を掴んだ手をひっかき、その顔にツバを吐きかけ、エーボリ公女はひどく暴れた。


ロドリーゴの顔が歪んだ。うつむいて、つぶやく。

「……それは、あまりに卑怯だ。か弱い女性を手にかけるなんて、俺にはできない」

そうよ、卑怯よ!

ロドリーゴの手に、公女が噛み付いた。

ロドリーゴの腕から、力が抜けた。

「よい。行け」

悲鳴を上げ、女は、あっという間に逃げ去っていった。


一人残り、ロドリーゴは、天を仰いだ。

カルロス殿下は、きっとお救い申し上げる! 大丈夫。専制君主たる王をたばかるなど、簡単だ。王の手から友を救い出す為に、俺は……」

その目に冥い陰が落ちた。

友を救う為なら、なんでもする

小さな、だが、強い声で、彼はつぶやいた。


……。

 

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登場人物紹介

ドン・カルロス


イスパニア(スペイン)の王子

カルロスの子ども時代

ロドリーゴ・ボーサ侯爵


カルロスの親友



ロドリーゴの子ども時代

フェリーペ2世


イスパニアの国王。カルロスの父。暴君

エリザベト王妃

フランス王室出身。はじめ、カルロスの婚約者だったが、カルロスの父、フェリーペ2世と結婚し、カルロスの「母」となる

エーボリ公女


カルロスに恋していたが、カルロスが王妃を愛しているとわかり、敵になる

レルマ伯爵

カルロスの忠臣

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