第10話 白昼夢

文字数 1,978文字

帝北神経サナトリウム病院は、広大な敷地に本館と別館を構え、かつての精神科病院とはかけ離れた白とオレンジ色の外観は、テーマパークを彷彿とさせた。
川崎市から横浜市に広がる多摩丘陵。
かつての遊園地跡に聳える病棟は、本館が4階建て、別館と呼ばれる閉鎖病棟が2階建てと低層建築であり、所謂、これまでの精神病院の雰囲気を覆すカラフルなデザインは、世界的建築家のカイル・バンクシー氏が手掛けたものであった。
誘致当初、精神科病院の建設に近隣住民の多くが反対した。
苦肉の策として、国と県が打ち出したコンセプトが、心療クリニックとしての先端医療における建築設計の役割というもので、帝北神経サナトリウム病院は、厚生労働省から指定入院医療機関としてのお墨付きを与えられた。
同時に、県の財政難で立ち消えとなっていた「川崎市稲田区、及び希望が丘遊園地跡地近隣における土地区画整備事業」は、国費によって行われていった。
私鉄の稲田駅から、希望が丘遊園地までの1,5キロを結ぶモノレールは延伸され、現在では横浜市青葉区・美しが丘駅が終点となっている。
インフラの整備と引き換えに、近隣住民からの反発の声は薄れていった。
翔子の運転するミツオカ・レイは、多摩川を越えて津久井道へ入り、途中のコンビニエンスストアで停まった。
緑茶のペットボトルを2本と、マルボロライトのメンソールを買って車内に戻ると、スマホが振動していた。

「無理はしないでガンバって!」

哲也からのラインのメッセージに心が和んだ。

「がんばらないようにガンバル!」

それだけ返信すると、翔子は鮫島結城に関わる資料に目を通した。

ー東京都板橋区・高島平1丁目で発生した、コンビニエンスストア女性アルバイト店員・バラバラ殺人事件・通称・高島平死体損壊・遺棄事件に関するまとめー

事件の経緯。
被疑者S(後に真犯人が名乗り出た為に不起訴となるが、食人行為は否定できない・現在も係争中である為、被疑者として記載)と、被害者Nは、2011年~2015年の間、東京都武蔵野市で同棲生活をしていた。
後に、Sと俳優Kとの不倫関係が発覚する。
俳優Kは、五反田のラブホテル・KING&QUEENで心臓発作で死亡。
その場に居合わせたのがSであった。
合成麻薬MDMAの過剰摂取が死因と思われる。
尚、Sからは薬物反応は出なかった。
俳優Kはホモセクシャル・Sはバイセクシャルである。
マスコミを賑わせたセンセーショナルな事件に、Nの心労は重なり軽度の鬱病と診断される(武蔵野ミナミ診療クリニック・担当医近江照代)間もなくふたりは破局を迎える。
2015年~2020年、Sは職を転々としていた。
新聞配達業・簡易宿泊所従業員・清掃員・ビルメンテナンス作業員・男性雑誌向けのヌードモデル・男性客専属のホスト。しかし、流行り病の影響で職をなくし、住所不定となる。
2021年2月、強盗目的で来店した東池袋のコンビニエンスストアで、夜勤をしていたのがNであった。説得されたSは犯罪を思い留まり、ふたりは復縁を果たす。
転がり込む様に、S はNのアパートで同棲生活を始める。
この住まいは後に、冷蔵庫内からNの切断された右耳の一部が発見された現場となる。
当時のNは、コンビニエンスストアを経営する・アージェントカンパニーの代表取締役・A(現・被告人・共犯者)と不倫関係にあった。
妻・Y(現被告人・首謀者)は、その事実を知っていた。
翌月、YはAに対してNとの関係を絶つように迫るが「妊娠しているのを口実に別れてくれない」「脅迫されている」等々、虚偽の説明に激昂し、Nに殺意を抱くようになる。
4月末、コンビニエンスストアに度々来店していたSの存在に目を付けたYは、Sを言葉巧みに誘い肉体関係をもつ。その際に棄てられたコンドームを持ち帰り冷蔵保存する。
翌日、Nを自宅(埼玉県戸田市美女木)に呼び出し「流行り病に関する早期退職についての説明」と偽り、居間にて背後から首を絞めて殺害。
証拠隠滅を図る為。バスルームで遺体を解体中にAが帰宅。
動転するAを罵倒すると、Aはいつものように大人しくなって指示に従ったという。
 ※普段から、YはAに対してモラルハラスメントを行っており、度重なるドメスティックバイオレンスによってAは極度のストレス状態にあった。そのはけ口が不倫であり、Nの存在だったのではないかと警察関係者は言っている。
Nの頭部は高島平東公園駐車場に遺棄。
大腿部は荒川河川敷、胸部及び両腕は東池袋のごみ集積場に棄てた。
バラバラにした遺体には、コンドームから採取したSの精液を付着させた。
尚、切断した両耳はNとSの暮らすアパートの冷蔵庫内に入れたとYは供述しているが、発見されたのは右耳のみである。

翔子はこれ以上資料を読む気にはなれなかった。
犯罪に利用された鮫島結城を不憫に思いながら、車を発進させた。





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