第13話

文字数 899文字

 ナシャルは憶悼しきっていた。御子からの連絡が跡絶えてから、彼は眠る間も惜しんでその行方を探しまわったが、何の手懸りも掴めないまま、虚しく日々は過ぎていた。
(御無事なら、何か連絡があるはずだ。隼で御連絡を下さったように。それがないということは…、)
 普段の彼らしくもなく、ナシャルはついつい悲観的なことばかりを考えてしまう。
「…おい、あんた。」
(ラサファーン様の身に、もしものことがあれば…、)
 考え事をしながら、ナシャルはダーナの大通りをぼんやりと歩いていた。
「あんただよ、そこの緑のマントの。」
「えっ…?」
 不意に我に帰ったナシャルは、つい今しがた擦れ違った行商の男が、自分を咎めるような顔で見つめているのに気付いた。
「あの…、何か?」
「何かじゃない。擦れ違った時に、あんたの剣の鞘で、俺の大事な商売道具に傷がついたんだ。どうしてくれる。」
「え…、本当ですか?」
 その赤毛の男は、手に持った民芸晶の仮面のひとつをナシャルの目前に突き出した。
「ほら、よく見てみろ。」
「すみません、ぼんやりしていたもので…。弁償します。いくらですか?」
 人のいいナシャルはすぐに謝り、隠しから財布を取り出した。俯いて、財布から紙幣を出している彼を、男の眼が射抜く。
「あっ…、」
 顔を上げたナシャルは、突然目の前に黒い霧のようなものを吹き掛けられ、小さく叫んだ。
「何をする…、」
 腰の剣を抜こうとしたが、ナシャルにはそうすることは出来なかった。急速に意識が遠退いていき、彼はその場に、くたくたと崩れこんでしまった。
 男は鋭い眼光で辺りを見回すと、ナシャルを抱え上げ、路地裏へと運んだ。ナシャルの体を素早く検め、目的の物を見つけ出す、それは、例の隼が運んだラサファーンからの文だった。
 男はその文を手に取ると、目を閉じて、意識を集中させた。やがて男は満足そうな笑みを浮かべると、その文を元どおりナシャルの紙入れに戻し、立ち上がった。
(他愛のない…。これで王子の従者とは。)
 男は去り際、気を失ったナシャルを冷たい嘲るような目で見下ろした。
 しかし次の瞬間には、男の足は今得たばかりの手懸りの地、カバナヘと向かっていた。



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