浴衣の柄には #8

文字数 834文字

 優しくて甘いお父さんに比べると、口うるさくて厳しいお母さん。

 元々自分がピアニストだったこともあり、ピアノの練習は一日も休ませてもらえなかったけれど、お母さんは欠かさず練習に付き合ってくれた。

 大きなホールで開催されたコンクールでは、お母さんが作ってくれた衣装を着てピアノを弾き、わたしは見事入賞した。

 毎朝彩り豊かな朝食を作ってくれて、お弁当も毎日必ず持たせてくれる。

 デザートも欠かさず入っていて、たまに「みんなで食べなさい」と、いちごやさくらんぼを多く入れてくれることもある。

 お母さんが熱を出したとき、お父さんがとめるのも聞かずに、わたしのお弁当を作ってくれた日もあった。

 放課後部活を頑張っているのだから、ちゃんと栄養のあるものを食べさせてあげたいと頑張ってくれていたが、正直そのときはそれさえも鬱陶しく感じていた。たまには購買のパンも食べてみたいのになと、心の奥で不満に思っていた。


 家に帰ると部屋はいつもきれいだった。

 洗濯や掃除は全部お母さんがしてくれていて、畳んだ服がベッドの上に置かれている。わたしはそれをタンスにしまうだけでよかった。

 けれど、わたしは一度でもありがとうを言ったことがあったかな?

 お母さんから厳しく指導される代わりに、なんでもしてもらうことが当たり前になってしまっているわたしは、もうほとんどピアノのこと以外でお母さんに話しかけていない。


 家に帰ったら、お母さんともっと話をしよう。

 ありがとうを伝えよう。

 お弁当だっていつもおいしいよって言ってみよう。

 千佳さんの言うとおり、わたしのお母さんはわたしが思っていた以上にすてきなお母さんなのかもしれない。

 きっかけがなにかはわからないけれど、昨日から、大切な友達や結弦の優しい家族と過ごしているうちに、わたしの中で徐々になにかが変わりつつあるようだ。

 勘違いかもしれないけれど、もしそうだったなら嬉しい。

 わたしの中で欠けたなにかがまたひとつ見つかったような、そんな気がした。

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