クジラと泳ぐ(ドミニカ共和国シルバーバンク)2

文字数 1,613文字

 何にもましてクジラたちと関わる喜びにひたしてくれるのは、好条件の中で子供クジラと出会えた時。

 シルバーバンクは、メスのザトウクジラたちにとっては子育ての場所で、オスたちにとってはそのメスたちに出会い求愛する場所だ。子供を連れたメスのクジラには、必ず「エスコート(護衛役、同伴役)」と呼ばれるオスのクジラが付き添っている。

 子供連れであっても母親が神経質だったり、エスコートが攻撃的だったりすると、小舟を近づけただけて泳ぎ去ってしまうか、エスコートに阻まれて母子クジラに近づくことができない。

 今でも忘れることのできない出会いは、とても鷹揚な性格の母親が、これも紳士的で穏やかなエスコートに付き添われ、天真爛漫で好奇心いっぱいの赤ちゃんクジラを伴っていた時。

 体がまだ黒くなりきらない幼いクジラは、体長5メートルほど。母親のおなかの下に隠れ、母親がそれを白い胸ビレで抱くようにして泳いでいる姿が、胸を打つ。

 呼吸をするために母子が水面近くに上がってきたところで、お母さんのあごの下から頭をのぞかせていた子クジラと目があった。

 手をひらひらさせておいでおいでをすると、子クジラは興味を引かれたようで、母親の下から出てこちらに近づいてきた。

 それはいいが、生まれて間もないクジラは、体のコントロールが十分にきかない。ちょっと近づいて見てみるつもりできたのだろうが、動き出したら突進状態。

 あやうく頭突きを食わされそうになるところをよけて、そこで子クジラと見つめ合った。

 きっと私は、この生まれてあまり間もない子クジラが初めて見た人間だっただろう。小さな丸い目の中に「目の前に浮いてるの、生き物なんだ!」と認識したかのような、発見の喜びが輝く。あの子クジラの表情は今でも忘れられない。

 そしてその喜びを体に表すかのように、子クジラは体をひねって踊り出した。

 まだよくコントロールのきかない小さな白い胸ビレで水面をたたき、尾ビレを振り回し、体を回転させながら水中を上下したり、お母さんに抱きついたり、それからまたこちらに近寄ってきたりする。

 動きをよく見ていないと、子供とはいえ1メートル以上ある尾ビレでひっぱたかれそうにもなる。

 子クジラに気をとられていると、自分の真下に母親の巨体があって、それが呼吸のために水面めがけてせり上がって来ているのに気づき、あわてたりもした。

 そして子クジラが人間と遊び回る間、エスコートの雄クジラは、少し離れたところで静かにそれを眺めていてくれた。

 途中、本当にわずか数センチというところで、踊る子クジラの体当たりを交わした私と南アフリカ人のダイブマスターは、どちらともなく水面に顔を出し、シュノーケルをはずして大笑いした。

 元気いっぱいのちびクジラのスタミナや恐るべし、途中の授乳をはさんで3時間近くも踊り浮かれていた。

 やがて母クジラはそろそろ移動することに決めたようで、その泳ぎのペースに人間が着いていけなくなると、子クジラも母親のおなかの下に戻っていき、エスコートとともに泳ぎ去った。

 「10年以上この海に通い詰めているが、こんな経験は初めてだ」と同じボートに乗っていた1人が言った。私にとっても、水の中で過ごす最高に幸せな人生の1日だった。


 この時は、その翌日にイルカ責めに合うというおまけも付いた。

 シルバーバンクでは探すのはクジラなので、イルカにはとくに注意を払うわけではない。しかしイルカの方から勝手にこちらを見つけて、追いかけてくることがある。

 「遊んでいけよ!」とまるで挑発するようにボートのまわりを取り囲んではね回る。

 クジラを相手にする時のように神経を使う必要は何一つなく、口笛を吹いたりボートのヘリをかんかんたたいて「わかった、遊びに行くぞ」と返事を返し、水に飛び込めば、大喜びのマダライルカたち数十頭のお出迎えだ。

 この日は延々1時間あまり、イルカと泳ぎ回ることができた。

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