クジラと泳ぐ(ドミニカ共和国シルバーバンク)1

文字数 984文字

 野生のクジラ(ザトウクジラ)に触れる機会があるたびに感じるのは、イルカたちとの違いだ。

 騒がし屋で好奇心旺盛で、「驚く」なんてことはその行動パターンになく、気分が乗っている時にはそれこそ体当たりの勢いで寄ってくるイルカたちに比べ、クジラは驚くほど繊細でデリケート。

 クジラを見つけて小舟を近づける間、船底をばたばた歩いて音を立てたりするだけで、神経質なクジラや用心深い子供連れのメスは、すっと泳ぎ去ってしまう。

 スピードが勝負のイルカたちとの水遊びと違い、クジラに近づくためには、シュノーケルをくわえ、できるだけ静かにするりと水に入って水面に浮かび、相手が落ち着いてくれるのを待つ。それからゆっくりと間合いをとって近づいていく。決してクジラに向かって一直線に泳ぎよるようなことはしてはだめだ。

 大人のザトウクジラは体長14メートル、重さ30トン前後。しかし長く白い胸ビレをゆったり動かしながら水の中を泳ぎ回るその姿は、優美の一言に尽きる。

 初めて水中でクジラを見たドミニカ共和国沖のシルバーバンク。

 青緑の水の中、白くぼんやりと輝くような胸ビレを広げ、体を回転させて踊る姿を見た時、まるで水の中に羽を広げた天使のようだと思った。

 クジラたちの行動パターンは性格や年齢、役割に応じてさまざまだ。

 時に「ダンサー(踊り手)」と呼ばれるクジラに出会うことがある。求愛モードに入っているカップルのダンサーたちに出会うことができたら幸運だ。

 まるで人間の恋人たちのように愛する相手のことしか目に入らない彼らは、まわりを泳ぐ小さな人間の存在に気づきはしても、眼中にない。

 ゆっくりと繰り返し繰り返し、その巨体を優雅にひねり、回転させ、時にまるで手を取るように胸ビレを合わせたりしながら、踊り続ける。その姿はうっとりするほど美しい。

 日によってはクジラたちの姿があまり見えず、代わりに水の中で歌だけが聞こえてくる時もある。

 こんな日はクジラたちはみな深いところに潜り、互いの歌に耳を傾けているかのようで、ボートを長距離、何か所かに移動させても、やはりかすかに響く歌だけが聞こえてくる。

 水の中に入ると、イルカのソナーのハイピッチとはまったく違う、深く響くような振動が体にぶうんと響く。

 胸に響く求愛の歌を、長く尾を引くように歌うオスクジラたちは、「シンガー(歌い手)」と呼ばれる。
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