マナティーと泳ぐ(フロリダ) 2
文字数 2,170文字
11月、ようやく仕事が一段落したので、マナティたちのいるクリスタルリバーに出かけた。
朝早く、雨空の中をダイブショップの船で自然保護区に入る。
ダイブマスターは「そろそろ目を覚まし始める頃だから」と言うが、朝7時過ぎにならないと起きてこないというのは、野生動物としてはずいぶん寝坊だ。
入り江の半分がブイとロープで仕切られている。ローブの向こう側は州のマナティ保護水域なので、人間は入ってはいけない。
保護水域から離れたところに船が止められ、とりあえずシュノーケルと足ひれをつけて水の中に入る。水は薄緑ににごっていて、雨空であることもあって、視界はきわめて悪い。
2メートル先が見えるかどうかという、ほとんど沼状の水の中をシュノーケリングしていると、突然目の前の水中に白っぽい、大きな岩のようなもの……水底の岩かと思ったら、それがするすると動き、最後にぷっくりした「しっぽ」が視界に入って、初めてマナティーなのだと気づいた。
大きい、というより巨大! マナティーはジュゴンと同じシレニア(海牛)目で、姿形はよく似ているが、細かく言えば別の種。
ジュゴンよりもかなり大きく、しっぽがぶ厚いうちわのようにまるくてぷっくりしている。ジュゴンのしっぽはイルカのように分かれている。
突然目の前に現れたやつは体長3メートルを超えていたと思うが、すぐに濁った水の中に消えてしまった。
その後40分ほど水の中をうろうろして、愛想のいい子供の(といっても1メートル半はあった)マナティーと、しばらく遊ぶことができた。
肌寒い天気の中を3ミリ厚のウェットスーツのみという軽装だったので、さすがに体が冷える。他にマナティーが見つからなかったこともあり、この日はこれでお終いに。
「天気が悪いからな。今日はやつら、まだ寝ているみたいだ」とダイブマスター。
翌日はうって変わっての晴天。この日はマナティーたちが確実に起きている時間を狙おうということで、朝9時過ぎにボートに乗る。
保護水域の近くまで来ると、何頭かのマナティーが、まるで待ちかまえていたように泳ぎ寄ってきた。
「船のロープをかむのが好き」というダイブマスターの言葉通り、錨(いかり)を沈めるやいなや、みんなで集まってきて、船から下がっているロープやアンカーラインをかじりだす。
子供づれのお母さんもいる。シュノーケルをつけた人間が水の中に入ってきても、ロープかじりに夢中。
ダイブショップで受けた講習によれば、フロリダ州の条例で、マナティーとのコンタクトには、マナティの側がコンタクトを主導するのを待たなければいけない。[注1]
もちろん、逃げるのを追いかけるようなこともしてはだめだ。
みなさんでロープをかじっているところへ、驚かさないように、そっと水をすべって近寄っていく。
と、一頭がこちらの姿を見つけて、親しげにすり寄ってきた。マナティからのコンタクト。
頭や背中をなでてやると、大きな体を驚くほどなめらかにくるりと回転させ、おなかを見せて、犬のように「お腹かいてー」とねだる。
手触りは雑巾と革ジャンの中間かな。この手触りに陸上の動物で近いのはゾウだと思う。
実際、マナティはゾウの遠い親戚だ。ぽこっとしたひれ足の先には、ゾウのような爪がついている。
イルカの皮膚はぴかぴかつるつるだが、それは2時間に1皮というペースで皮膚が生え替わるためで、手でこすってやるとぽろぽろ垢がでる。これは人間の垢擦りと同じで、イルカにとっても気持ちいいらしい(キー諸島のドルフィンリサーチセンターでイルカと泳いだ時に教わった)。
マナティの場合はコケは生えているし、フジツボを山のようにくっつけているのもいるしで、皮膚の生え替わりはかなりスロー。
そして背中に傷跡がある個体も多い。これはのんびり浮いているところを、水上を飛ばしていくモーターボートのプロペラでやられたものだ。
マナティの唯一の天敵は人間だ。
フロリダではマナティを傷つける一切の行為が禁止されているので、病気以外にマナティの死傷を引き起こすのはモーターボート。
このため、保護水域の近くではすべての船に徐行が義務づけられ、州のパトロール員による監視も行われている。
しかしお人好しのマナティたちは、相変わらず船を見れば寄って来るし、止まっている船のプロペラにかじりついてみたり、こちらがやきもきするぐらいにのんきだ。
幸い、フロリダ州の保護策が功を奏し、マナティを愛する人たちによる怪我をしたマナティの救助努力なども実って、フロリダのマナティの数は少しずつ増えている。
NOTES
[注1]当時のダイブショップの講習では「マナティの方からタッチしてきた時は、こちらもそれに応じてタッチを返してよい」と説明を受けたが、現在はマナティに触ることは全面的に禁止されている。
それでもマナティ側のお茶目ぶりは健在で、YouTubeでは、水に浮いている人間をハグしたり、足や髪をつかまえてひっぱったりと、相変わらずのいたずらぶりを見ることができる。
フロリダのマナティーをYouTubeで見るには「Florida manatee」「Crystal River manatee」「Kings Bay manatee」で検索。
(マナティーの話はもう1回)
朝早く、雨空の中をダイブショップの船で自然保護区に入る。
ダイブマスターは「そろそろ目を覚まし始める頃だから」と言うが、朝7時過ぎにならないと起きてこないというのは、野生動物としてはずいぶん寝坊だ。
入り江の半分がブイとロープで仕切られている。ローブの向こう側は州のマナティ保護水域なので、人間は入ってはいけない。
保護水域から離れたところに船が止められ、とりあえずシュノーケルと足ひれをつけて水の中に入る。水は薄緑ににごっていて、雨空であることもあって、視界はきわめて悪い。
2メートル先が見えるかどうかという、ほとんど沼状の水の中をシュノーケリングしていると、突然目の前の水中に白っぽい、大きな岩のようなもの……水底の岩かと思ったら、それがするすると動き、最後にぷっくりした「しっぽ」が視界に入って、初めてマナティーなのだと気づいた。
大きい、というより巨大! マナティーはジュゴンと同じシレニア(海牛)目で、姿形はよく似ているが、細かく言えば別の種。
ジュゴンよりもかなり大きく、しっぽがぶ厚いうちわのようにまるくてぷっくりしている。ジュゴンのしっぽはイルカのように分かれている。
突然目の前に現れたやつは体長3メートルを超えていたと思うが、すぐに濁った水の中に消えてしまった。
その後40分ほど水の中をうろうろして、愛想のいい子供の(といっても1メートル半はあった)マナティーと、しばらく遊ぶことができた。
肌寒い天気の中を3ミリ厚のウェットスーツのみという軽装だったので、さすがに体が冷える。他にマナティーが見つからなかったこともあり、この日はこれでお終いに。
「天気が悪いからな。今日はやつら、まだ寝ているみたいだ」とダイブマスター。
翌日はうって変わっての晴天。この日はマナティーたちが確実に起きている時間を狙おうということで、朝9時過ぎにボートに乗る。
保護水域の近くまで来ると、何頭かのマナティーが、まるで待ちかまえていたように泳ぎ寄ってきた。
「船のロープをかむのが好き」というダイブマスターの言葉通り、錨(いかり)を沈めるやいなや、みんなで集まってきて、船から下がっているロープやアンカーラインをかじりだす。
子供づれのお母さんもいる。シュノーケルをつけた人間が水の中に入ってきても、ロープかじりに夢中。
ダイブショップで受けた講習によれば、フロリダ州の条例で、マナティーとのコンタクトには、マナティの側がコンタクトを主導するのを待たなければいけない。[注1]
もちろん、逃げるのを追いかけるようなこともしてはだめだ。
みなさんでロープをかじっているところへ、驚かさないように、そっと水をすべって近寄っていく。
と、一頭がこちらの姿を見つけて、親しげにすり寄ってきた。マナティからのコンタクト。
頭や背中をなでてやると、大きな体を驚くほどなめらかにくるりと回転させ、おなかを見せて、犬のように「お腹かいてー」とねだる。
手触りは雑巾と革ジャンの中間かな。この手触りに陸上の動物で近いのはゾウだと思う。
実際、マナティはゾウの遠い親戚だ。ぽこっとしたひれ足の先には、ゾウのような爪がついている。
イルカの皮膚はぴかぴかつるつるだが、それは2時間に1皮というペースで皮膚が生え替わるためで、手でこすってやるとぽろぽろ垢がでる。これは人間の垢擦りと同じで、イルカにとっても気持ちいいらしい(キー諸島のドルフィンリサーチセンターでイルカと泳いだ時に教わった)。
マナティの場合はコケは生えているし、フジツボを山のようにくっつけているのもいるしで、皮膚の生え替わりはかなりスロー。
そして背中に傷跡がある個体も多い。これはのんびり浮いているところを、水上を飛ばしていくモーターボートのプロペラでやられたものだ。
マナティの唯一の天敵は人間だ。
フロリダではマナティを傷つける一切の行為が禁止されているので、病気以外にマナティの死傷を引き起こすのはモーターボート。
このため、保護水域の近くではすべての船に徐行が義務づけられ、州のパトロール員による監視も行われている。
しかしお人好しのマナティたちは、相変わらず船を見れば寄って来るし、止まっている船のプロペラにかじりついてみたり、こちらがやきもきするぐらいにのんきだ。
幸い、フロリダ州の保護策が功を奏し、マナティを愛する人たちによる怪我をしたマナティの救助努力なども実って、フロリダのマナティの数は少しずつ増えている。
NOTES
[注1]当時のダイブショップの講習では「マナティの方からタッチしてきた時は、こちらもそれに応じてタッチを返してよい」と説明を受けたが、現在はマナティに触ることは全面的に禁止されている。
それでもマナティ側のお茶目ぶりは健在で、YouTubeでは、水に浮いている人間をハグしたり、足や髪をつかまえてひっぱったりと、相変わらずのいたずらぶりを見ることができる。
フロリダのマナティーをYouTubeで見るには「Florida manatee」「Crystal River manatee」「Kings Bay manatee」で検索。
(マナティーの話はもう1回)
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