マナティーと泳ぐ(フロリダ) 3

文字数 1,133文字

 それにしても、体長3メートル以上、重さ半トンはある動物たちに水の中でわらわらと取り囲まれるのは、ちょっとした経験。
 姿が見えなくなったかと思うと、体当たりしてくるのがいたりする。もちろん向こうは遊んでいるつもりなのだが、視野のあまりきかない濁り気味の水の中で、突然、下から巨体をぶつけてこられたりするので、最初はちょっとあせる。
 根っから遊び好きの彼らは、寝ているワニにもちょっかいをだしたりするそうだ。
 正面から見るマナティの顔は、はっきりいって相当へちゃむくれ。
 しかし、あるのかないのかよくわからない小さな目は、のぞき込むと、何とも言えない思慮深さと独特の知性、それに茶目っ気が秘められている。
 研究者によれば、この小さな目で視力は結構よく、色も見分けるという。ゾウの親戚なら、おそらく記憶力も相当いいだろう。
 ダイブマスターの話では、マナティたちはブイとロープで仕切られた保護水域のことを理解していて、人間にかまわれたくない(あるいは人間をかまいたくない)時には、ロープの向こう側にひっこんでいるらしい。
 子供のマナティがお母さんの脇に頭をつっこんでいる。
 この子は何をしているのか……と思ったが、後から読んだ本に「マナティの乳首は脇の下にある」と書いてあった。
 浅いところで水底近くに浮かび、短いひれ足をぽんとつきだしてじっとしているのがいる。近寄っても動かない。
 よく見ると目を閉じて、これは寝ているのだった。
 マナティはイルカと同じで、脳の半分づつで眠りをとる。5分くらいして息継ぎの時間になると、水上に浮かび上がり、鼻先だけ出して空気を吸って、またぽよぽよと水底に沈んでいく。

 1時間半ほど水の中で遊んだ後、引き上げることにする。
 船がそろそろと動き出すと、子供のマナティが水の中から頭を出し、こちらを見上げている。
 その顔は「もういっちゃうの」と言っているようだった。
 その様子が明らかに寂しそうで、なんだか後ろ髪を引かれる。
 人間たちと遊ぶことが、ほんとに楽しいらしい。
 イルカの場合、人間とのつきあいは友好的であれ、わりとさばさばとしている。しばらく遊んで、飽きたらさっさと人間をおいて行ってしまう。
 しかしマナティの場合は明らかに愛着的だ。
 一度マナティと泳いだら、マナティのことを愛さずにいられないと聞いていたが、それは本当だと思う。
 私がイルカにあこがれてきたのは子供の頃からで、ダイビングのライセンスも、イルカに近づきたいというその一念でとった。
 しかしこれでマナティも、愛しい生き物として、私の胸の中に住み込むこととなった。
 マナティの写真やニュースに触れるたび、あの表情と手触りを思い出しながら、この優しい生き物たちのことを思う。
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