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文字数 1,031文字

全身全霊で泣いている。
私は床に、ぺたんと座っていた。
動けずにただ、其処(そこ)にいた。
何故私は、此処にいるのだろう。
どうして此処に、いなければならないのだろう。
小さな体から溢れ出す泣き声は、(ひる)むほど大きくて、私は受け止めきれなくて。
ゆっくりと近づいてみる。
愛らしい小さな顔と儚い体。
抱き上げてみた。
私の腕の中で静まる声と鼓動。
この小さな生命は今、安らいでいる。
私の腕の中で。

愛おしい。

私はきっと、息をし続けなければならない。
この小さな生命の為に。


華奢なコーヒーカップを持ち上げる。
どっしりと厚みのあるテーブルに派手な柄のテーブルクロス。周りにはどこから取り寄せたのか、マーライオンの置物や西洋彫刻らしき銅像、アンティークな食器棚や椅子。それから本棚が所々に置いてあって、ほとんどが漫画のよう。ここは、私が時々来る気に入りの老舗喫茶店。
「おつかれ」
そう言ってテーブルに置かれたのはブルーの包みにピンクのリボン。
「蓮君。おつかれさま。何?これ?」
正面に腰を下ろした蓮君は、スーツにふわふわのマフラー、軽くて温かそうなジャケット。
「開けてみて」
開けてみると、私がいつも持ち歩いている、チェリーブロッサムのハンドクリーム。それと他に、違った香りのハンドクリームがいくつか。
プレゼントなんて素敵だ。けれど、それを受け取る時、どんな顔をすればいいか分からない。特別な理由がなければ特に。
「どうして?これを?」
「百合さん、喜ぶと思ったから」
マフラーをほどきながら、にっこりとそう言った彼の表情は、私を一気に満たしてくれる。
「この季節限定の詰め合わせみたいで。百合さんが持ってる香りに似たものばかりって言ってたから」
蓮君は切実だ。
それは私を、不安にさせる。

唯一愛した人。
その人はプレゼントを

なかった。その言い方は正しくはない。選んで

なかった。
「自分で欲しいものを選ぶのが一番いい」
そんなふうに言って。
「私の為に選んでくれるのがいいのに」
そう言っても微笑むだけだった。
けれど一度だけ、選んでくれたことがあった。
花束。
それは私好みの色合いの、控えめな花束だった。
私は嬉しくて。その時、ほんとに嬉しい顔をしていたのだと思う。
愛する人は花束と私を一緒に、優しく抱きしめてくれた。


ハンドクリームはチェリーブロッサムと他に、二種類気に入った香りがあった。
けれど後の三種類は、あまり好きな香りではなかった。
全ての香りを確かめた私は、切ない気持ちになった。
香りと記憶はたぶんとても、密接だから。





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