第十四話 イワンの誕生パーティ

文字数 2,506文字

 ダンジョンから帰ってくると、イワンの誕生パーティが開かれる。パーティには、ダンジョン村では見た覚えのない人物がいた。
 男で年齢は三十歳くらい。青い長めの髪を後ろで縛り、口髭(くちひげ)を生やしている。眉は細く、瞳の色は黒い。服装は白いシャツに、白いズボンを穿いた、すらりと身長の高い男性だった。

 男性の横にはトニーニがいて、媚を売っていた。
 蛍石の横に来たグレゴリーがそっと教えてくれる。
「彼が、ここ『嘆きの石室』のボス。イワンさんだよ」
「イワンさんって、人間なのか?」

 グレゴリーは冴えない顔で肩を(すく)める。
「どうだろう。人間形態だけど、ダメージをある程度まで受けると、本来の姿に戻るのかもしれない。何せ、ここは神々が造りしダンジョンだ。何でもありさ」
「でも、変身するタイプには見えないけどな」

 トニーニが声を張り上げて呼ぶ。
「グレゴリー、グレゴリーがいるか? イワンさんに挨拶をする番だぞ」
「はい、只今」とグレゴリーは前に出る。

 トニーニはグレゴリーを簡単に紹介する。最後にトニーニは明るい顔でイワンに伝える。
「イワンさん。グレゴリーからの贈り物は、白磁の壺です」
 他のダンジョン村の住人が高さ四十㎝の壺を持ってきて、イワンに見せる。

 イワンは上機嫌で、感想を口にする。
「白磁の壺か。陶芸とかは趣味ではない。だが、トニーニの査定では、随分と高価な品のようだな。よし、いいぞ。グレゴリー、お前のことは覚えておいてやろう。これからも、ダンジョンのために励めよ」
 グレゴリーが恐縮した顔で頭を下げる。
「ありがたきお言葉、身に余る光栄です」

(高価な白磁の壺なんて、どこで手に入れたんだ? やるな、グレゴリーさん)
 トニーニが蛍石を、ぎろりと見る。
「次、蛍石。お前の番だ」

 トニーニに呼ばれてイワンの前に行く。
 イワンは蛍石を見ると表情を変えた。目を細めてじろじろと蛍石を見る。難しい顔をして、顎に手をやる。
「トニーニ、蛍石と会う機会は初めてだったかな?」

 トニーニが、にこにこした顔で説明する。
「初めてですな。こいつは蛍石歩。何の取り得もない、ダンジョンの個人商店主です。店を出しても、それほど儲けられず、泥棒ばかりに遭う運のない男です。イワンさんが目を懸けてやる必要は、ないでしょう」
(おいおい、露骨に俺の評判を下げにきたよ。特段に気に入られようとは思ってないが、こうも露骨だと、(しゃく)だな)

 蛍石の感情なぞ全く意に介さず、トニーニは説明を続ける。
「蛍石の贈り物は百薬草です」

 イワンの前に百薬草が運ばれてくる。イワンの眉間に皺が寄る。
「何だ? 百薬草が、まだあったのか。つい先日、根絶して俺だけの物になったと思ったのだがな。まあ、いい、これが残った最後の百薬草だろう。これで百薬草の花は俺だけのものだ。美しい花は、俺だけが持てば良い」

(地上で百薬草が手に入らなかった原因はイワンの策略だったのか。まずいな、これ。百薬草を鏡花に渡るように動いた行為がわかったら、懲罰ものだな)

 トニーニが態(わざ)とらしく付け加える。
「ただ、この百薬草は蛍石が女性の探索者と取引して手に入れたものです」
 イワンの顔が微かに歪む
「蛍石といったか。女性の探索者との取引ね。あまり好ましくない行動だな。粛清するか」

 イワンの言葉に、会場がシーンとなった。
(あ、これ、まずい空気か)

 蛍石は内心ドキドキした。だが、イワンの顔はすぐに澄まし顔になる。
「本来なら許し難い行動だが、今日は俺の誕生パーティだ。会場を血で汚す必要もないだろう。それに、俺の誕生日のために百薬草を仕入れたのだ、特別に不問でいいだろう」

 トニーニが怒った顔で蛍石を(ののし)る。
「おい、今日が許されたからって、図に乗るなよ。全てはイワンさんの計らいだからな」
「ありがとうございます」と蛍石はイワンに頭を下げた。
(助かったのか。でも、ぎりぎりだったな)

「よし、次だ、トニーニ」とイワンが気取った顔で告げる。
 トニーニが愛想笑いを浮かべつつ、次の贈り物を持ってきた住人の紹介に移る。
 蛍石はその後は飛ばっちりを受けないために、会場の隅に移動する。

 四谷が寄ってきて、穏やかな顔で囁く。
「危なかったな、蛍石の旦那。危うく、イワンに制裁を受けるところだったぜ」
「全くだよ。それで、四谷さんは何を贈ったの?」
「それは、もちろん寿司さ。夕方からずっと握りぱなしさ」

 会場を一瞥すると豊富に寿司があった。だが、オードブルの類もたくさんあった。
「オードブルも準備したのか。大変ですね」
 四谷は素っ気ない態度で語る。
「下ごしらえは乱堂夫妻に手伝ってもらったから、それほどでもない」

 聞いた覚えのない名前だった。
「乱堂夫妻って誰?」
「ほら、いるだろう。弁当屋の老夫婦。御主人が乱堂霊二、奥さんが乱堂霞だよ」

「あの、弁当屋のお婆さんとお爺さんか。名前は初めて知ったよ」
(乱堂か、俺が闘神流を学んだお師匠さんの姓も乱堂だったな)
 四谷の美味い寿司のおかげで、会場は和やかなムードで、その後は進んだ。

 トニーニは声が大きかった。なので、会場のどこにいても、トニーニの声が聞こえてくる。
「そうですか。最近では探索者が最下層に来るようになりましたか」

 気になる話題だったので耳をそばだてる。
 イワンが奢った態度で答える。
「探索者がやって来ても、どうってことはない。要は返り討ちにしてやればいいだけ。俺だって働く時は働くのさ」
「そりゃあ、探索者にとっては、災難ってもんだ。本気になったイワンさんに勝てる奴なんて、いませんよ」

(最下層まで探索者が来ている、だと? これは、もしかしたら攻略される可能性があるな)
気になったので二人の話を窺う。だが、有用な情報はそれ以上はなかった。
 トニーニはそれからも始終、イワンを持ち上げていた。
 時間が過ぎて、料理や酒が少なくなる頃、パーティはお開きとなった。
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