第二十話 本当のボス

文字数 2,210文字

 蛍石はイワンに襲い掛かった。
 イワンは綺麗な受けで、蛍石の攻撃を捌こうとする。
(それは、お見通しだ)

 蛍石は拳に力を込め、速度を上げる。反撃を受けるのを覚悟で、ただひたすら攻めた。
 蛍石の攻撃によりイワンが捌ききれなくなる。一発、二発と攻撃が当る。
 投げが来た。今度の投げは予想できた。体を縮め空中で一回転する。

 着地してイワンの足を払う。イワンは手を突いた。
 だが、手の力だけ後ろに飛んで体勢を立て直す。
 イワンは感心する。
「今の投げを(かわ)すとは、なかなかやるな。たいていは綺麗に決まるんだが」
「同じ手は、二度と喰らわないよ」

「二度?」と口にしてイワンは不思議な顔をする。
「お前、どこかで会ったか? 俺と同じく闘神流戦闘術の使い手。忘れるわけはないんだが」

 イワンの言葉を、不思議に思う。
「これで、会うのは三度目だ。闘うのは二度目だ」
「丹羽さん!」と通路から声がした。

 声のした方向を見ると、驚きの顔の鏡花がいた。
(丹羽! イワンが丹羽だと)
 イワンは鏡花が現れたが喜んではいなかった。むしろ、不機嫌に力強く宣言する。
「俺はイワン。この『嘆きの石室』のボスだ」

 蛍石は悪い可能性に気が付いた。
(まさか、イワンは記憶を書き換えられた丹羽なのか)
 鏡花が涙を流してイワンに駆け寄ろうとした。
 蛍石は鏡花に抱きつき、止める。
「待て、危険だ。あいつはイワンだ。この階層のボスだ!」

「離して!」と鏡花は蛍石を振り切ろうとした。
 ピキン! と音がする。鏡花の蛍石を振り切ろうとする力が止まった。
 不思議に思いイワンを見る。イワンも時が停まったように、苦い顔のまま止まっていた。
「これは、いったい、何が起きたんだ?」

 部屋にあった銅鏡が外れて浮く。銅鏡は部屋の中央にゆっくり進んでくる。
銅鏡から若い女の声がする。
「真相に気が付いた蛍石よ。私と取引しましょう。もし、蛍石がここのボスになるなら、鏡花には、蛍石に関する記憶だけを残しましょう」
(銅鏡が話している。こいつが本当のボスか)

「イワンは、いや、丹羽は、どうなる?」
「イワンは単なる土塊に戻します。どうせ、邪魔だったのでしょう。いつもいつも鏡花の心の中にいる丹羽が」

 銅鏡が光ると、蛍石は思い出した。
(そうだ! 俺は鏡花が好きだった。なのに、鏡花の心の中には、いつも兄弟子の丹羽がいた。俺は丹羽がいなくなればと思っていた。俺は丹羽がダンジョンに消えた時、密かに喜んだ)
 暗い思い出が蘇った時に、蛍石は動揺した。

 銅鏡が楽しそうに語る。
「そうです。丹羽の死は蛍石が望んだ結末。鏡花の心の中に残りたいと望んだのは蛍石の願望。私の提案は全て蛍石の思いに叶ったものです」
「俺の記憶が鏡花の心の中にだけ残る。鏡花はずっと俺を覚えていてくれる」

 蛍石はうろたえ、願った。鏡花には忘れられないでいてもらいたい、と。
銅鏡は弾むような声で提案した。
「何なら、ボーナスも出しましょう。『嘆きの石室』に来る探索者を千人、殺しなさい。さすれば、『人生やり直しの宝珠』を授けましょう」

 銅鏡を見上げると、銅鏡は優しく語る。
「『人生やり直しの宝珠』で、丹羽になって出て行けばいい。もちろん、その時は、丹羽に関する記憶を、鏡花に思い出させましょう」
(こいつは何が目的だ)

「俺の受けるメリットはわかった。だが、それで、あんたに何のメリットがある?」
「何もありませんね。でも、ここは、願いが叶う神々のダンジョンの一つ。最下層に到達した人間の願いが叶うのなら、いいではありませんか」

 鏡花と結ばれる。それがどれほど嬉しい結末かわかっていた。
 鏡花の顔を見る。鏡花は丹羽との再会を心の底から喜んでいた。
(無理だな。俺にはこの喜びを無にできない)

 魔法のベルト・ポーチから『転移草』を取り出す。
 蛍石は動かない鏡花にそっとキスをしてから口を開けさせる。
 鏡花の口に『転移草』を押し込んだ。

 鏡花が『転移草』の効果により、部屋から消えた。
 銅鏡が不思議そうな口調で尋ねる。
「何をしようというのですか?」
「これが、俺の答だ」

 蛍石は駆け寄って銅鏡を殴った。だが、銅鏡の周りには見えない障壁があった。
 拳があと二十㎝のところで、届かない。銅鏡が明るい声で「無駄ですよ」と答える。
「闘人流戦闘術・『必滅一殺』」

 蛍石の体の中央にある神気の塊が爆発した。体を通って、大量の神気が放出される。
 バシバシと音がして、透明な何かが砕ける音がした。

 銅鏡が余裕の籠もった声で語る。
「残念ですが、最後の一撃をもってしても、私の障壁を剥がしただけに終わったようです。私を倒すことは叶わなかったようですね」
 蛍石は口から血を吐いた。倒れ込みそうになる体を、必死に立たせる。
「いや、これでいい」

 閃光が視界を覆った。
『道連れ玉』が発動した。遠のく意識の中で、蛍石は思う。
「俺はやはり死者だ。死者はいつもでも生者を縛っていてはいけない。さようなら、鏡花。俺ができるのは、ここまでだ」

 暗くなる視界の中で、蛍石は何かが崩れる音を聞いた。
 音の正体がダンジョンの崩落なのか、銅鏡が割れた音なのかは不明だった。
 音の後には、ただ静かな闇があった。
【了】
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