第十五話 変異種再び

文字数 2,577文字

 イワンの誕生パーティから数日は、何事もなく過ぎた。
 蛍石はダンジョンに潜って普通に商売をする。日々の取引で、少ないながらも利益を出していた。
 ある日、トニーニの店に行くと、仏頂面をしたトニーニから声を掛けられる。
「ダンジョンに変異種がまた出た。始末してこい。変異種に懸けられた懸賞金は百万ゴルタだ。『道連れ玉』と『自爆玉』は忘れずに持っていけ」

「何だ、また拒否権はない仕事なんだな」
 トニーニが横柄な態度で告げる。
「蛍石は俺の財産だ。俺がどう使おうと自由だ」
(勝手な言い分だな。だが、百万ゴルタはでかい)

「わかった、行くよ。持ち込む品は、前回と同じ物を用意してくれ」
 トニーニが『罠避けの靴』『疾風の腕輪』『索敵の書』『地図の書』『玄武のグローブ』『転移草』を持って来た。
 蛍石は『疾風の腕輪』『玄武のグローブ』『罠避けの靴』を装備する。『索敵の書』『地図の書』『転移草』を魔法のベルト・ポーチに入れて、下の階に移動した。

 降り立ったフロアーで、『地図の書』を使って地形を把握する。フロアーは左右に大きな楕円の部屋が二つ並ぶ造りだった。二つの部屋は中央にある短い通路で連結されていた。
 蛍石は改めて、辺りを見渡す。灰色の石壁に囲まれた楕円形の空間が広がっていた
(この部屋が一周で四百mくらい。隣にも同様の部屋か。戦いになると逃げるのは難しいな)

 次に『索敵の書』を使う。隣の部屋に五つの探索者の反応があった。
(妙だ。探索者は一つのフロアーに一人が原則。その反応が五もある。隣の部屋は全体がばかでかい異常路で、できているのか)

 蛍石は気を引き締めて隣の部屋へと続く通路を渡る。
 通路の出た先は壁の外周が虹色に光る蜘蛛(くも)の巣に覆われていた。蜘蛛の巣の周りには人間大の(まゆ)があった。

 ばかでかい蜘蛛がいる予感がして、辺りを警戒する。だが、蜘蛛は見えなかった。
 手近な繭に近づいて中を開ける。繭の中からポニ子が出てきた。
「おい、ポニ子、しっかりしろ!」

 ポニ子の頬を打つと、ポニ子は目をゆっくりと目を醒ました。
「あれ、にい様。にい様はどこに行ったっすか?」
(何だ、寝ぼけているのか?)
 
 ポニ子の肩を掴んで問い(ただ)す。
「俺だフローライトだ。何があったんだ」
 ポニ子は次第に状況を理解したのか、はっとした顔をする。
「そうだ、鏡花先輩、鏡花先輩が危ないっす」

 ポニ子は辺りを見回すと、蜘蛛の巣を(なた)で切り開いて進んで行く。
 蛍石は他の探索者を助けようとした。すると、軽い震動を感じた。
 震動がした方向を見ると、壁を突き破って真っ白い蜘蛛が姿を現した。
 蜘蛛の全長は六m、全身に毛が生えており、太い手足を持っていた。
「変異種で、間違いない」

 ポニ子に視線をやる。鏡花の捕えられている繭は蜘蛛の巣の奥側なのか、救出にはまだ少しの時間が掛かりそうだった。
(俺がこいつを倒すしかないのか)

 蜘蛛がじりじりと間合いを詰めて来る。蛍石は静かに距離が詰まるのを待つた。
 蜘蛛が五mの距離まで来ると止まる。蜘蛛が年配の女の声で語り出した。
「思い出せ! 思い出すんだ! 人は忘れられた時に、思い出と共に死ぬ」

 蜘蛛の眼が怪しく七色に光る。
 催眠攻撃の一種が来ると思った。だが、蛍石には何ともなかった。
(何だ、ダンジョンの住人には効かない攻撃なのか)

 蜘蛛は瞳を輝かせ、ひたすらさっきと同じメッセージを繰り返すのみだった。
 しばし、蜘蛛との睨み合いが続く。
「鏡花先輩を救出したっす」

 ポニ子の威勢のよい声が響くと、蜘蛛のメッセージは中断した。
 蜘蛛が瞳を赤くして、急激に距離を詰めて来る。
 蜘蛛の牙には毒の危険性があるので、接近戦はやりたくなかった。
「闘神流戦闘術・『十歩破命拳』」

『十歩破命拳』を打ちながら、フットワークを駆使しする。接近されないようにダメージを与えた。
蜘蛛は動きが鈍かった。蜘蛛は『疾風の腕輪』で速度を上げ、攻撃する蛍石に翻弄された。
 戦況は蛍石の有利に見えた。だが、蜘蛛の動きはいくら『十歩破命拳』を打ち込んでも止まらない。そのうち段々と『十歩破命拳』を打ち込むのが辛くなってきた。
(まずいな。『十歩破命拳』に、ここまで耐えたやつは、いないぞ)

「フローライトさん、下がって、交替します」
 鏡花が剣を抜き、やって来る。鏡花は果敢に接近戦を繰り広げる。
「おい、待て! 危険だぞ。毒を貰ったら、どうする!」

 ポニ子が明るい顔で駆け寄って来る。
「大丈夫っすよ。鏡花先輩には、魔眼があるっす。蜘蛛の瞳にさえ気を付ければ問題ないとわかれば、負けないっす。それより、強壮剤で回復するっす」
 ポニ子が薬の入った小瓶を差し出す。小瓶の中の液体を飲み干すと、力が湧いてきた。
 ポニ子は弓を取り出すと、鏡花の邪魔にならないように、蜘蛛に攻撃を加えた。

 回復を終えた蛍石も、隙を見て蜘蛛を殴った。
 蛍石の拳、鏡花の剣、ポニ子の放つ矢が当る。だが、それでも、蜘蛛は倒れない。
「くそ、何て奴だ。奴は体力の化け物か?」
「矢が尽きたっす」と、ポニ子が叫ぶ。

 それでも、蜘蛛は止まらない。鏡花が叫ぶ。
「フローライトさん、少しの間だけ、蜘蛛の注意を惹いてください」
「わかった」と蛍石は鏡花と交替する。蜘蛛の正面に出て、蜘蛛の眉間を殴る。

 蜘蛛の注意を惹きつけながら、接近戦をする。
 ピカッ、ズガン! 閃光と共に大きな雷鳴が響く。雷に撃たれた蜘蛛の動きが止まる。もう一度、強烈な雷が蜘蛛を襲った。二度の強力な雷を喰らって蜘蛛は動かなくなった。

 蜘蛛は大量の黒い煙を上げると消えた。金属製の杖を構えている鏡花がいた。
鏡花が疲れた顔で、へたり込む。
「最後に『爆雷の杖』を二発も打ち込んで、やっと倒せた」

『爆雷の杖』は知っていた。『嘆きの石室』で出土する杖の中では最強のダメージを与える杖だった。その威力は『道連れ玉』や『自爆玉』には劣るが、雑魚モンスターなら、ほぼ一撃で葬る。
(三人であれだけダメージを与えて、さらに、『爆雷の杖』を二発も打ち込まないと倒せないなんて、変異種は強すぎだろう)
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