第十九話 蛍石の決断

文字数 2,652文字

 沈んだ気分で、ダンジョン村に戻る。
 トニーニはむすっとした顔で精算と記帳を済ませる。
「蛍石よ。あの女の危険性を理解しただろう」
「トニーニは鏡花を知っていたんだな」

「俺が記憶の抹消を勧めたのもわかったか。あの女は死ぬぞ。だが、お前は忘れない。お前は人生の残った時間を悩み苦しみ、終えるんだ」
「トニーニ、ここで教えてくれたら一生の恩に着る。鏡花を救う方法はないのか?」
「ない、諦めろ」とトニーニは突き放した。

 元から期待していないので、諦めてトニーニの家を出ようとする。
 トニーニが渋い顔で呼び止める。
「今日は鳥用の美味い虫が手に入った。ジャックに買って行ってやったらどうだ?」
 蛍石は言われるがままに金を払う。ジャックのお土産用に袋に入った乾燥した虫を買った。

 家に帰りテーブルに皿を置いて虫を載せる。
 ジャックが飛んできてテーブルに止まると、虫を見て複雑な表情をする。
「これは、トニーニの店で買ったのか、高かったろう」
 蛍石はベッドに座り込んだ。
「いいんだ。今日は、もう何も考えたくない」

 ジャックは心配そうな顔で尋ねる。
「何か、困りごとか? 話してみろ。相談に乗るぞ」
「鏡花がイワンのところに乗り込む。きっと、死ぬ。だが、俺には止める手立てがない」

「諦めろ」とジャックは、美味しくなさそうに虫を啄(ついば)む。
「トニーニにも勧められた。だが、諦められない。俺は大事な何かを忘れている。鏡花に関する内容だ。俺は鏡花を愛していたのかもしれない」

 ジャックは同情した顔で慰める。
「たとえ愛のためだとしても、二度も死ぬことはなかろう。もっと気楽に生きろ」
「生きるために命があるんじゃない。使うために命はあるんだよ。直感が俺に告げている。鏡花のためになら二度、死んでもいいと」

 ジャックは顔を曇らせて説教した。
「記憶を(うしな)った理由は蛍石を守るためだとは考えないのか。人は生きていく上で何かを失い、何かを得る。なくした全ての物を取り戻すのは不可能だ」
「ジャックの言葉通りかもしれない。だが、これ以上は大事なものを失いたくはない」

 ジャックは思い詰めた顔で教えてくれた。
「そうか。そこまで思い悩むのなら、教えよう。このダンジョン村には最下層へと続く、イワンも知らない秘密の通路がある」
 希望が湧いた。
「本当か? それなら。俺が鏡花より先に到達してイワンを倒せば鏡花を救えるのか」

 ジャックが目を閉じながら、渋々語る。
「鏡花をもし本当に救いたいのなら、イワンを倒してはダメだ」
(イワンを倒すなって、どういう意味だ? 最下層に秘密があるのか?)
「なら、教えてくれ秘密の通路を。俺は『嘆きの石室』の秘密に辿り着く」

 ジャックが険しい顔で忠告する。
「言っておくが秘密の通路は一方通行だ。行けば、戻ってこられない。それに、最下層の秘密を知れば、お前はダンジョンから出られなくなるぞ。最悪、どこへも行けなくなるぞ」
(ジャックが何を教えたいのか、わからない。でも、最下層まで行ければ全ては何とかなる)
「どの道、生きてイワンに勝てるとは思っていない。すぐに行こう。鏡花が心配だ」

 ジャックが蛍石を宥(なだ)める。
「慌てるな。鏡花が最下層まで辿り着くまでには時間がある。それに、秘密の入口は深夜にならないと現れない」
「わかった。全てが手遅れにならないように祈るよ」

 深夜になる。蛍石は取っておいた『自爆玉』『道連れ玉』『脱出のスクロール』『転移草』を魔法のベルト・ポーチに入れる。
 ジャックを連れてこっそりと家を出た。ジャックの導きに従い池の畔まで来る。

 ジャックが人間を運べるくらいまで大きくなる。
「掴まれ、蛍石。池の中央に秘密の入口がある」
 脚に掴まると、ジャックは池の中央まで蛍石を連れて行った。
 池の中央は普通の水面に見えた。だが、足を着けると水はガラスのように固く、上に降りられた。

 ジャックが空中から声を掛ける。
「蛍石、お前を最下層に飛ばす」
 ジャックの声がすると、景色が揺らぎ始めた。
「ありがとう、ジャック」
 景色が揺らぐ。

 揺らぎが収まると蛍石は石造りの通路の真ん中にいた。通路は人が並んで通れるほどの幅しかなく、前と後ろに伸びている。
 通路の前側からは明るい光が漏れていた。蛍石は気配と足音を消して、通路を前側に進んだ。
 前側には直径三十mの円柱状の空間になっていた。部屋の中央に蔓で網まれた大きな椅子があり、イワンが目を閉じて座っていた。

 イワンの背後の壁には、直径三mの銅鏡が嵌っている。通路の陰から中を見渡す。
 だが、イワンを守るような雑魚モンスターはいない。
(闘神流戦闘術・『鋼人』)

『鋼人』は、体を硬化させてダメージを防ぐ術。『自爆玉』に対して、どれほど有効化知らない。
 だが、ダメージを減らせれば、この後のイワンとの戦いを有利に進められる。
『鋼人』が作用をしたのを確認して『自爆玉』を投げつける。

 ドーン! 通路を揺るがす音がする。蛍石も体の中央を槍で刺されたような痛みを覚えた。だが、蛍石は痛みに耐えた。
 部屋の中を確認すると、イワンが床に倒れていた。『鋼人』を解除して『流』に切り替える。一気に距離を詰める。

 立ち上がろうとするイワンの腹を思いっきり蹴った。
 イワンが宙に浮く。チャンスと見て回し蹴りを打ち込んだ。蹴りはイワンの胸にヒットした。イワンが壁まで転がっていく。

 さらに、追撃をかけようとした。だが、本能が危険を察知して止めた。
 イワンが機敏に立ち上がるや、冷静な顔で告げる。
「眠っているところを不意打ちする。悪くはない。だが、ちと攻撃力不足だったな」
(ほとんどダメージになっていないのか。いや、そんなはずはない)

「悪いね、イワンさん。俺はここのボスになりたい。そのためには、あんたが邪魔だ」
 イワンは面白そうに笑う。
「いいね。そういう上昇志向がある奴は好きだ。ほら、いいぜ、相手になってやるよ。勝てば、お前がボスだ」

(イワンには余裕がある。それが、隙だ。イワンに可能な限り、ダメージを与える。最後に『必滅一殺』を使う。もし、これで倒せなくても、『必滅一殺』で俺が受けるダメージで『道連れ玉』が発動する)
 生きて勝とうとは考えなかった。鏡花を殺させはしないの思いが、蛍石を動かしていた。
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