第十七話 修行の果てに得たもの

文字数 2,756文字

 翌日、トニーニの店に行く。トニーニは冷たい態度で突き放す。
「蛍石、お前は、しばらくダンジョンに入る行為を禁止する。これは決定だ」
 無駄だと思っても、不満を口にする。
「ダンジョンに入れないなら、稼ぎようがないぞ」

 トニーニの態度はどこまでも冷たい。
「蓄えがあるだろう。しばらく、貯蓄を切り崩して暮らすんだな」
 探索者と親しくなった露骨なペナルティーだった。

 急に暇になった。ダンジョン村には遊ぶ場所がない。
 休暇を貰っても楽しくも何ともなかった。だけど、やることはあった。
(俺には力が足りない)

 これからまた、変異種と戦う仕事が舞い込むかもしれない。だが、先日の蜘蛛のような強い変異種がいたら一人では勝てない。
(勝てない、では済まされない。ダンジョンでは負ければ死だ)

 蛍石は鍛錬をすると決めた。久しぶりに闘神流戦闘術の基礎訓練に精を出す。
 鍛錬をしていると蛍石を見ている老人に気が付いた。弁当屋の店主である、乱堂霊二だ。
 乱堂の身長は蛍石と同じくらい。髭はないが白い髪を肩まで伸ばしている。格好は簡素な茶のシャツを着て、ズボンを穿()いていた。ただ、改めて見ると乱堂の重心はとても安定していた。

 乱堂が近くに寄ってきて、声を懸ける。
「蛍石くんじゃったか。闘神流戦闘術はどこで覚えなすった?」
「探索者だった時に道場で習いました」

 乱堂が穏やかな顔で顎に手をやる。
「中々に様になっているようだが、神気に迷いが見られるな。力を欲していなさるのか?」
 蛍石は正直に答えた。
「力が欲しいです。ここから出て行くために」

 乱堂が穏やかな顔で訊く。
「ここから出て行くのに力は必要ない。ただ、日々の勤めを忠実にこなしていった者だけが、ここから出て行ける。下手に力を持てば身を滅ぼす。それでも、力が欲しいか?」
 乱堂の言葉に賛成できなかった。

(力があれば何ともでもなる。力はいくらあっても困らないはずだ)
「たとえ、我が身を滅ぼす力でも、自分の道を進むために欲しいです」
 乱堂は気の良い顔で申し出た。
「若いのう。だが、蛍石くんの考えを否定はできん、昔は儂も、そうじゃった。どれ、ひとつ儂が稽古を付けてやろうか?」

 乱堂の実力は未知数だった。
 だが、「稽古を付けてやる」と発言した乱堂から立ち上る神気は、ただならぬものがあった。
「お願いします」と構えて懸かって行った。だが、勝負にならなかった。

 老人である乱堂に正面から挑んだが、蛍石は力負けした。乱堂には蛍石の闘神流戦闘術は通用しなかった。
 対して、乱堂の闘神流戦闘術は来るとわかって防いでも、ガードを突き抜けるほど威力が強かった。
三十秒ほどの攻防で蛍石は地面に転がった。

(これは、老人の力ではないぞ。ダンジョンの中でも、これほどの攻撃力と防御力を兼ね備えたモンスターはいない)
 倒れる蛍石を見下ろして、乱堂は素っ気なく告げる。
「静の技の修得はまずまずだが、動の技の修得が追いついてない。力不足とは、このことよのう」

 蛍石はどうにか座り込む。
「お願いです。なら、動の技を教えてください」
「いいよ。でも、その前に一度、基礎から始めようか」

 蛍石の修行はスタートした。
 乱堂の出すメニューはなかなかハードだった。毎日くたくたになるまで修行する。
 修行を始めて四週間が経過した。修行の最中に時折とトニーニを見かけた。だが、トニーニは苦い顔をするだけで、修行を止めなかった。

 蛍石の体にいい具合に筋肉が付き始めたころ、トニーニに家に呼ばれた。
 トニーニの家に行くと、中庭にはにこやかな顔のイワンと仏頂面のトニーニが待っていた。
 トニーニが乱暴に蛍石に命じる。
「イワンさんがお前との戦闘を御所望だ。イワンさんと闘え」

 突然の戦闘の指示だった。
(イワンとの戦闘。これは制裁か。でも、ちょうどいい機会かもしれない。イワン相手に俺の闘神流戦闘術がどこまで通用するか、試してみたい)

 イワンは優雅に構えて告げる。
「全力を出せ、蛍石。もし、俺を倒せたら、お前がここのボスだ」
「わかりました。全力で倒しに行きます」

 蛍石はイワンと向かい合う。距離をじりじりと詰める。『十歩破命拳』を放った。
 イワンはひょいひょいと簡単に躱(かわ)した。
 数発を避けると、イワンも『十歩破命拳』を使ってきた。
(イワンも使えるのか、闘神流戦闘術を)

 イワンが使える『十歩破命拳』のほうが、威力と速度で勝っていた。
(このまま距離を空けて、撃ち合っていたら、負ける)
 蛍石は闘神流戦闘術の『流』を使用して速度を上げた。接近戦に持ち込んで手数で勝負する気だった。
 素早い打撃を撃ちまくる。だが、イワンは両手を使い全ての攻撃を冷静に捌ききった。

(イワンは攻防において、とても綺麗な動きをする。なら、乱してやれ)
 防御を省みず、強打に切り替えた。イワンの綺麗な受けが乱れる。
 イワンに一撃が掠り、二撃目が顔にヒットした。

「いけるか」と思ったところで、蛍石の体が宙に舞った。投げられた。
 イワンの投げは強烈だった。地面に落ちる。
 立ち上がるまでに、イワンには追撃のチャンスはあった。されど、イワンは攻撃をしてこなかった。起き上がって、体勢を整える。

 イワンが掌をひらひらさせて、余裕のある顔で発言する。
「止めだ。止め。蛍石の実力はわかった。絶対に勝てる戦いなんて面白くない」
 イワンの言葉は奢(おご)りではなかった。
 投げられてわかった。今の蛍石ではイワンに敵わないと自覚した。

 イワンは澄ました顔で、トニーニに指示を出す。
「蛍石を明日からダンジョンに入れろ。稼がせるんだ」
「はい」とトニーニは畏(かしこ)まって頭を下げた。
 イワンが帰ったので、蛍石もトニーニの家を後にする。

 どこからともなく、乱堂が現れた。乱堂は、さばさばした顔で感想を口にする。
「負けたのう。蛍石くん。実戦なら死んでいるところじゃぞ」
「面目ない」

 乱堂はあっさりとした態度で告げる。
「蛍石くん。イワンに勝ちたいか。もし、勝ちたいなら、勝てる技を授けてやってもよい」
「そんな技があるならぜひ教えてください」

「技の名は『必滅一殺』使えば、必ず命を落とすが相手を殺せる技だ」
「教えてください」すんなりと言葉が出た。
「では、失礼して」と乱堂は蛍石の背後に回った。途端に全身に激痛を感じて意識が遠のく。
 薄れ行く意識の中、蛍石は乱堂の言葉を聞いた。
「次に目が覚めた時に、蛍石くんは『必滅一殺』を修得しているよ。くれぐれも使い時も間違えるんじゃないよ」
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