第八話 ダンジョン寿司屋

文字数 2,628文字

 変異種を倒してから、蛍石の心境は前向きに変わった。
『人生やり直しの宝珠』がどんな物かはわからない。でも、ダンジョンから出て行けるのが大きかった。
 その日は、ダンジョンに下りると、出入口が一つの部屋が存在しないフロアーだった。
 蛍石は泥棒避けのために出入口が一つしかない部屋を好んだ。だが、ないのなら止むを得ない。

 縦二十m、横五mの、縦に細長い部屋に店を開いた。今日の商品は六つ、人形が二つ、小箱が二つ、木製の杖が二つだった。
 品物を並べると、若い男の探索者がやって来た。男は品物も買わずに剣とグローブを売っていく。
 品物を買い取る時も蛍石は鑑定ができない。なので、価値はよくわからない。だが、魔法のフードを通して商品を見ると、買い取り価格が表示されるので、問題はなかった。

 次にやって来た、同じような若い探索者も、品物を買わずに、高額のスクロールと杖を売って行った。
 三人目も同じように小箱と指輪を売っていく。短時間の間に、商品の量が倍になった。
(こんな、短時間に売りばかり入るのは、おかしい。特に、高価格帯で有用と思われるスクロールを探索者が売っていくなんて。これはダンジョン寿司屋が、この階層にあるな)

 ダンジョン寿司屋とは、ダンジョンの中に出展される屋台の寿司屋である。店主は嫌いなネタだけを聞き、あとはお任せで握っていく。
 ただ、このダンジョン寿司屋は全て時価であり、会計の段階まで金額がわからない。

 なので、ダンジョン寿司屋で寿司を食うには、潤沢に金を持っていかないとすぐに泥棒状態になる。
 そんな寿司屋で寿司なんて食わなければいいと思う。だが、この寿司屋は飛び切り美味く、食べると長時間有用な効果までつく寿司を出すので、手を出す探索者は多い。

 なので、一種のトラップといえる。
「泥棒!」と大きな女性の声がした。
(誰かが、ダンジョン寿司屋で食い過ぎたな。ダンジョン寿司屋で食い逃げして死ぬとは何とも憐れな死に方だな)

 ダンジョン寿司屋の女店主の四谷は強い。並の探索者では追いつかれると死ぬ。
 蛍石は逃げ惑う探索者に憐れみを覚えつつも、座って過ごしていた。
ただ、「泥棒!」と叫ぶ声は中々止まらない。
(あれ? 四谷さんが仕留め切れないのか? なかなか、粘る探索者だな)

「泥棒!」と叫ぶ声は、段々と近づいて来た。
(まずいな。これは、俺の店に来るな。リスクヘッジしたほうがいいのか)
 探索者から買い取った高価格帯のスクロールがまずかった。値段からいって、『脱出のスクロール』の可能性があった。

『脱出のスクロール』は、使えば一気に地上に出られる。『脱出のスクロール』で、商品も目一杯に持って逃げられれば、蛍石も損をする。四谷も損をする。
 幸い、スクロールを売った探索者は下の階に移動していた。今なら閲覧記録がない状態だから、入れ替え可能だった。

 蛍石が水筒と『脱出のスクロール』を交換しようとしたところで、「ごめんなさーい」と謝る声が聞こえた。声には聞き覚えがあった。
(今の声は鏡花か? 食い逃げ客の正体は鏡花なのか?)

 耳に自信があるわけではないので、確実とはいえなかった。それでも、鏡花かもしれないと思うと、商品の入れ替えができなかった。
 迷っていると、探索者が部屋に飛び込んで来た。探索者はすぐに木の杖を拾った。蛍石は、入って来た側の通路を塞ぐように移動した。

 蛍石の背後で舌打ちする音が聞こえた。首だけ振り返ると、一人の女性がいた。
 女性の身長は百六十㎝、痩せ型の体型をしており、肌は薄いオレンジ色。髪は黒く短い髪をして、白い帽子を被っている。顔は丸顔で目が吊り目で、真っ赤な唇をしている。
 服装は青い板前パッピに、青いズボンを穿いていた。女性の名前は四谷栞。ダンジョン寿司屋の女店主である。

 四谷は非常に苦々しい顔をしていた。でも、無理やり蛍石を押しのけようとしなかった。理由は四谷に力がないからではない。泥棒を防止するために出口を塞ぐ商人は、通常の手段ではどかせないと知っているからだった。

 部屋に飛び込んで来た探索者を確認すると、やはり鏡花だった。
 鏡花は「はあはあ」と息をしていた。鏡花が安堵した顔で「助かった」と口にする。
 鏡花は店内の品を確認して、スクロールがあるのに気が付く。

 スクロールを拾い上げて顔を輝かせるが、すぐに顔を歪める。
「これ、いくらですか?」
「五万ゴルタになります」
 鏡花はバックパックから五点の品物と、魔法のベルト・ポーチから十点の品物を取り出して、床に並べた。

「これで買い取り、いくらですか? 五万五千ゴルタになりませんか?」
 査定金額は、四万二千五百ゴルタだった。
 蛍石はわざと普段より高い買い取り金額を告げる。
「いいですよ。五万五千ゴルタで買いますよ」

 鏡花は財布と木製の杖を置くと、蛍石に詫びた。
「ごめんなさい。ここでお金をフローライトさんに払うと、お寿司屋さんに襲われるので、床に置きますね。これで、お寿司屋さんの支払いもお願いします」

 蛍石が黙って頷くと、鏡花はスクロールを使い消えた。
 金をきちんと蛍石に渡さないと、泥棒が成立する。
 だが、今回は泥棒成立と同時に鏡花が消えたので、何もできない。

 蛍石は振り返って四谷に詫びる。
「すまない。四谷さん。鏡花が食い逃げした分は置いていった金で払うよ」
 四谷は不機嫌な顔をして尋ねる。
「何だい? 食い逃げ犯は蛍石の旦那の知り合いか?」

「実はそうなんだ。それで、寿司代はいくら?」
 蛍石は鏡花が置いていった財布を拾う。中には一万五千ゴルタが入っていた。
 四谷はさばさばした態度で諦めを口にする。
「寿司代は二万ゴルタだよ。でも、もう、いいよ。泥棒は逃げ切った時点で逃げた者の勝さ」

「でも、悪いよ。二万ゴルタを払うよ」
 四谷は苦い顔をして拒否した。
「蛍石の旦那。ここには、ここのルールがある。食い逃げして殺されても文句を言えないのはルール。なら、食い逃げを成功させて罰せられないのも、ルールさ。強いていえば、私に運がなかっただけ。鏡花に運があっただけさ」

 四谷は金を受け取らずに店に戻ろうとした。
 無理に引き止めても受け取ってもらえない態度は明白だった。
 蛍石は黙って四谷の後姿に頭を下げた。
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