第九話 ポニ子参上

文字数 2,919文字

 朝、蛍石は商品を仕入れにトニーニに会いに行く。
 トニーニが、にたにた顔で誘う。
「よう、蛍石。二週間後にお誕生会をやることになったぞ。お前も参加しろ」
「誕生会? 誰のだ。まさか、トニーニのか? だったら、その日は、何としても都合が悪い」

 トニーニが気取った顔で忠告する。
「おっと、欠席は止めておきな。誕生会の主賓は『嘆きの石室』を仕切るイワンさんだ。このダンジョン村でイワンさんに目を付けられる、商売ができなくなるぜ」
 イワンの名前は聞いた記憶があった。『嘆きの石室』の最下層にいるボス・モンスターだった。
(偉い奴が権力を誇示するために開く誕生パーティか。あまり気乗りがしないな。だが、目を付けられる展開は『嘆きの石室』で商売をして行くのに、よろしくない)

「わかった。出席するよ」
「良い心掛けだ。俺は親切だから教えてやる。誕生会には会費は要らない。だが、イワンさんに贈るプレゼントは忘れるな。こいつを忘れると、ちと厄介だぜ」

(なるほど、こうして年一回は理屈をつけて貢ぎ物を集める、ってわけか。ダンジョン村の人間の忠誠心を計りつつ、権力を誇示する。それでいて実利を兼ねたパーティか)
「わかったよ。付き合いは大事だ。イワンさんが好きな物って、何だ?」

 トニーニは機嫌もよく教えてくれた。
「良い心掛けだ。そうでなくては、面白くない。イワンさんの一番に気を惹く品はダンジョンの外から持ち込まれる品だ」
「『嘆きの石室』には、持ち込まれる品が制限されているだろう。そんなプレゼントに相応(ふさわ)しい品なんて、手に入らないぞ」

トニーニはすこぶる楽しそうに突き放す。
「そうさ。だから、皆が苦労するのさ。お前も、頭を使って、何とかするんだな」
(何だ、トニーニは無茶な要求をして、俺たちが苦しむ様を見たいのか。実に、トニーニらしい誕生会の楽しみ方だな)

 蛍石は商品を持ってダンジョンに下りる。店を開きながら、どうやったら、本来なら持ち込めない外の品を手に入れられるか考えた。
 だが、良い考えが浮かばなかった。さて、どうしたものかと思っていると、探索者が音もなく店に入ってきた。

 顔を上げると、相手は探索者になりたてのような若い女性だった。子供のあどけなさが残る丸顔をしており、簡単な革鎧を身に着けていた。髪は茶色のポニーテールをしていた。
 女性の探索者は魔法のベルト・ポーチから小箱とスクロールを取り出す。女性の探索者はスクロールを咥えると、無言で残り五つの商品を『収納の小箱』にてきぱきと入れる。
(こいつは、泥棒をする気だな。ここでの泥棒は説教だけでは済まないんだぞ)

 蛍石は店の出入口に移動して店から出られないようにする。
 女性の探索者は蛍石の態度を気にしないで咥(くわ)えたスクロールを開いた。
 ボン! と音を立てて、スクロールが消えた。

 使われたスクロールの正体には、気が付いた。スクロールの正体は、部屋にいくつか罠を設置する『トラップの巻物』だ。
(あ、これは危険だ。持っていかれるかもしれない)
 罠が発生しても、商店主である蛍石には無意味だ。

 だが、泥棒をする探索者にとって有用な罠が一つある。下の階に強制的に落とされる落とし穴だ。
(落とし穴を使っての泥棒か。でも、罠の種類は多い。果たして部屋に落とし穴ができたかどうか)
 女性の探索者はフロアーの床を慎重に確認する。すると、明るい顔で、ある一箇所に向かって跳び上がった。

 女性の探索者が着地すると地面が開く。落とし穴が出現して女性の探索者は消えた。
「やられた、泥棒成功だ」
 今回のケースは防ぎようがなかった。ただ、『嘆きに石室』にある罠の種類は十三種類。その中で階層の移動ができるのは、落とし穴のみ。
「引きが良いやつだ」

 蛍石は商売の邪魔になるので罠を探す。部屋の中には四つの罠が生成されていた。
 商売の邪魔なので、罠を撤去した。残った商品は謎の草が一つだけだった。
「貢ぎ物は要求されるし、泥棒には遭うし、今日は厄日だな」

 商品が一つでも残っているので、店は開け続けた。
 小一時間ほど待つと、次のお客がやってきた。お客は鏡花だった。

 鏡花は店の中を覗くと、軽く驚いた。
「あれ? 今日は、商品が一個しかないの?」
「さっき、ポニーテールの髪型をした女の子の探索者に、ごっそり持っていかれたよ」

 鏡花は同情した表情で確認する。
「ポニーテールの女性探索者? もしかして……」
 鏡花が人相を語ると、見事に特徴が一致した。鏡花は渋い顔で教えてくれた。
「それは、泥棒自慢のポニ子だわ。目下、売り出し中の、活きのよい探索者よ」

「有名人なのか? それにしても、嫌な通り名だな」
 鏡花が困った顔で語る。
「本人はダンジョンでの泥棒に命を燃やしているようなところが、あるのよね」

「それは危険だな。俺のような鈍間(のろま)なら、いいさ。だが、他の商店を相手に、泥棒は危険だぞ」
 鏡花が申し訳そうな顔で告げる
「うん、わかっている。でも、危険だと説いても、止めないのよ、あの子」

「泥棒が成立したらルールとして金を払わなくていいけど、捕まったら死だから」
 鏡花は渋い顔で意見を述べる。
「でも、こればかりは、探索者のスタイルだから、無理にも止められないわ」

「そうだな。覚悟してやるなら、止められない。それが探索者だ」
 鏡花が意外そうな顔をする。
「何か、フローライトさんて、探索者みたいなセリフを口にするんですね」
(おっと、これ以上、ポニ子の話題は危険だな)

「それで、今日はどうするの? この、一個だけ残った謎の草を、買う? それとも、商品を売っていく?」

 鏡花の視線が謎の草に行く。
「この謎の草を、買っていきます」
 鏡花が財布を取り出そうとした時、柿の種のような物が落ちた。
 蛍石は種を拾って、観察する。だが、何の種かわからなかった。ダンジョンの品ではないのか、買い取り価格も、わからなかった。

「これはいったい、何だ?」
「それは、百薬草の種です」

 百薬草の情報は、探索者時代に聞いた覚えがあった。
「ああ、あの綺麗な大きな花が咲く草ね。薬の原料にもなるやつだろう?」
 鏡花が柔和な笑みを浮かべて説明する。
「本来なら、ダンジョンに持って入れない品なんですけど。何か今回だけ、財布に入っていたんですよ」

(ダンジョンには本来であれば持ち込めない草か。綺麗な花が咲くから、イワンの貢ぎ物には、いいかもしれない。それに、百薬草なら、十日で大きな花が咲く)
「良かったら、百薬草の種を売ってくれないか。ちょうど欲しかったんだ。一万ゴルタでどう?」

 鏡花は驚き、控えめな態度で訊く。
「いいんですか? 百薬草って、そんなにしませんよ」
「いいよ。ダンジョンじゃ、貴重なんだ」

「わかりました。では、一万ゴルタで買い取ってください」
(百薬草の購入に一万ゴルタか。貢ぎ物としては、こんなものか。どうしよう、どうしようと悩むくらいなら、ずっといい)
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