第五話 ダンジョン村の僧侶
文字数 2,594文字
眠り、目が覚めて、商品を買って、ダンジョンに下りて行く。ダンジョンに下り立つと、すぐに一人の金髪の男が目に入った。
男の年齢は二十半ば、金髪で青い目をしている。旅の僧侶のように黒い袈裟を着て、編み笠を被り、草履を履いていた。
男には見覚えがあった。名前はグレゴリー。ダンジョン村の住人でダンジョン僧侶をやっている。
蛍石から挨拶をする。
「こんにちは、グレゴリーさん。今回は一緒の階になりましたね」
グレゴリーが優しい顔で話し掛けてくる。
「そうだな。こういう状況もある。世の中は、縁だ。この巡り合わせもきっと意味あるものだろう。では、一つ謎解きでも、やっていくか」
ダンジョン僧侶は呪いを解いたり、毒を消したり、各種サービスを有料でやってくれる。ただ、謎解きは無料。正解すれば、アイテムを、ただで一つ貰えたりする。
「俺には、不要ですよ。せっかくの財産を減らすこともないでしょう」
グレゴリーは笑って答える。
「謎を作る僧侶には、僧侶の楽しみもあるんだよ」
「では、謎を解きませんが、謎だけ教えてもらえますか。答がわかったら、村で正解を伝えますよ。そうすれば、グレゴリーさんの懐(ふところ)は痛まない」
「そうか、では、今日のお題だ。父の恩と母の恩、重要なのはどれだ?」
「また、難しいのを考えましたね」
「だろう? ちゃんと正解のある謎解きだよ。じゃあ、隠れるとするわ」
蛍石はグレゴリーと別れると、出入口が一箇所しかない部屋を見つけた。
そこに商品を並べて露天を開く。探索者を待つが、その日は、なかなか探索者が来ない。
途中、トロルや動く銅像などが部屋に入ってくる。だが、蛍石しかいないとすぐに出て行く。
暇になると、先ほどのグレゴリーの言葉が気になり出す。
(母の恩と父の恩か。普通なら、両者に軽重があるとは思えない。でも、どちらも同じ、なんてありきたりの答えでは、ない気がする)
少しばかり考え事をしていると、探索者の接近に気付くのが遅れた。
気が付いたのは、部屋に探索者が入ってきた時だった。
「あ、いらっしゃい」と声を掛ける。相手は鏡花だった。
鏡花は目をパチクリさせてから、明るい顔で話し掛けてきた。
「いつかの、お弁当を売ってくれた商人さん」
鏡花の言葉にどきりとした。
ダンジョンの売り子なら誰もが同じ格好をしている。また、魔法の頭巾を被っているので、顔は見えない。声は変わらないが、鏡花が声で蛍石を見分けたとは思えない。
蛍石が面食らっていると、鏡花がお礼を述べる。
「あの時は、助かりました。もう、あの時は、空腹で死ぬかと思った」
「そうですか。それは、良かったですね」
鏡花の顔をじっと見る。今日の鏡花の瞳は金色に輝いていた。
(鏡花は『魔眼持ち』だったのか)
『魔眼持ち』とは、特異な体質である。『魔眼持ち』の人間には、普通では見えないものが見通せる。
何処まで見通せるかは人によって違う。概して、『魔眼持ち』の異能が発動している時の探索者の瞳の色は、輝く金色をしている。
(鏡花のやつ、俺が死んでから『魔眼』に開眼して『魔眼持ち』になったのか)
『魔眼持ち』なら、蛍石を見分けられた理由に説明が付いた。
鏡花には頭巾の奥の顔は見えていないかもしれない。だが、事細かな違いから、蛍石を識別した可能性があった。
(でも、名乗りは上げられない。俺はもうダンジョン・モンスターと違いがない)
「どうだろうね。お客さんは大勢やって来るからね。それに、あまり人の顔とか覚えるのが得意じゃないから」
適当な嘘で、その場を繕う。
鏡花はそんな蛍石に微笑んだ。
「そうか。覚えていないのか。でも、私は商店主さんの顔を覚えているよ」
(顔? 顔と言ったか? 俺の顔が見えるのか? でも、それなら、何で俺だとわからない?)
蛍石は、そこで寂しい予想が頭に浮かんだ。
(そうか。鏡花にとって俺は、数年で顔を忘れられる程度の存在だったのか)
人は人に思い入れを抱く。だが、相手もまた、同じくらい思い入れを抱くとは限らない。
(俺はすでに忘れられた人間。死んだ人間だ)
鏡花がしゃがんで、蛍石の売り物を確認する。
千ゴルタの草を買ってその場で口に入れる。鏡花が苦い物を口にした表情をする。
「あ、駄目だ、これ。『ほろ酔い草』だわ」
『ほろ酔い草』は、食べた人間を気分のよいほろ酔い状態にする草である。沈んだ状態の気分を改善する効果がある。
だが、短時間に食べ過ぎると、酩酊(めいてい)状態になり、最悪、死に至る。
(わりかしどうでもいいアイテムが売れたな)
残りの品を見る。残りは、木の杖が二本。謎の小箱が二つ。包装された鍋と翼が、一つずつ。
何の品かわからない蛍石だが、鍋と翼がお勧めだった。
包装された鍋は『魔法の大鍋』の可能性があった。魔法の大鍋だったら、要らない品を入れて蓋をすれば別の品に変わる。
翼は空を飛べる『飛翔の翼』の可能性があった。『飛翔の翼』ならトラップに引っ掛からなくなる。
だが、鏡花は他に何も買わずに立ち去ろうとした。
「他には要らないのか」
鏡花が恥ずかしそうにはにかむ。
「御免なさい。商店主さん。バックパックと収納箱が封印されて、品物を買っても、出し入れできないのよ」
迷宮を攻略するのに必要な道具を使えないのなら、危険な状態だった。
「この階には隠れ僧侶がいる」と教えたかった。ところが、言葉が出なかった。
(もどかしい。グレゴリーに会えれば、金で封印状態は解除できるのに)
グレゴリーの言葉が頭に浮かぶ。
「父の恩と母の恩、重要なのはどれだ?」
鏡花にこの階にグレゴリーがいる状況を教える、精一杯の行為だった。
部屋を出ようとした鏡花が振り返る。鏡花はきょとんとした顔で尋ねる。
「何ですか、それ? 僧侶の謎懸けみたい」
「何となく、答えが気になったからね。知っていたら、教えてほしい」
鏡花は笑顔で答えた。
「答えは『と』ですよ。母の恩なくして、人は存在できません。父の恩なくしても、同じです。だから、二つを繋(つな)げる『と』が重要なんです。縁(えにし)ってやつですよ」
鏡花は答えを告げると、部屋から出て行った。
男の年齢は二十半ば、金髪で青い目をしている。旅の僧侶のように黒い袈裟を着て、編み笠を被り、草履を履いていた。
男には見覚えがあった。名前はグレゴリー。ダンジョン村の住人でダンジョン僧侶をやっている。
蛍石から挨拶をする。
「こんにちは、グレゴリーさん。今回は一緒の階になりましたね」
グレゴリーが優しい顔で話し掛けてくる。
「そうだな。こういう状況もある。世の中は、縁だ。この巡り合わせもきっと意味あるものだろう。では、一つ謎解きでも、やっていくか」
ダンジョン僧侶は呪いを解いたり、毒を消したり、各種サービスを有料でやってくれる。ただ、謎解きは無料。正解すれば、アイテムを、ただで一つ貰えたりする。
「俺には、不要ですよ。せっかくの財産を減らすこともないでしょう」
グレゴリーは笑って答える。
「謎を作る僧侶には、僧侶の楽しみもあるんだよ」
「では、謎を解きませんが、謎だけ教えてもらえますか。答がわかったら、村で正解を伝えますよ。そうすれば、グレゴリーさんの懐(ふところ)は痛まない」
「そうか、では、今日のお題だ。父の恩と母の恩、重要なのはどれだ?」
「また、難しいのを考えましたね」
「だろう? ちゃんと正解のある謎解きだよ。じゃあ、隠れるとするわ」
蛍石はグレゴリーと別れると、出入口が一箇所しかない部屋を見つけた。
そこに商品を並べて露天を開く。探索者を待つが、その日は、なかなか探索者が来ない。
途中、トロルや動く銅像などが部屋に入ってくる。だが、蛍石しかいないとすぐに出て行く。
暇になると、先ほどのグレゴリーの言葉が気になり出す。
(母の恩と父の恩か。普通なら、両者に軽重があるとは思えない。でも、どちらも同じ、なんてありきたりの答えでは、ない気がする)
少しばかり考え事をしていると、探索者の接近に気付くのが遅れた。
気が付いたのは、部屋に探索者が入ってきた時だった。
「あ、いらっしゃい」と声を掛ける。相手は鏡花だった。
鏡花は目をパチクリさせてから、明るい顔で話し掛けてきた。
「いつかの、お弁当を売ってくれた商人さん」
鏡花の言葉にどきりとした。
ダンジョンの売り子なら誰もが同じ格好をしている。また、魔法の頭巾を被っているので、顔は見えない。声は変わらないが、鏡花が声で蛍石を見分けたとは思えない。
蛍石が面食らっていると、鏡花がお礼を述べる。
「あの時は、助かりました。もう、あの時は、空腹で死ぬかと思った」
「そうですか。それは、良かったですね」
鏡花の顔をじっと見る。今日の鏡花の瞳は金色に輝いていた。
(鏡花は『魔眼持ち』だったのか)
『魔眼持ち』とは、特異な体質である。『魔眼持ち』の人間には、普通では見えないものが見通せる。
何処まで見通せるかは人によって違う。概して、『魔眼持ち』の異能が発動している時の探索者の瞳の色は、輝く金色をしている。
(鏡花のやつ、俺が死んでから『魔眼』に開眼して『魔眼持ち』になったのか)
『魔眼持ち』なら、蛍石を見分けられた理由に説明が付いた。
鏡花には頭巾の奥の顔は見えていないかもしれない。だが、事細かな違いから、蛍石を識別した可能性があった。
(でも、名乗りは上げられない。俺はもうダンジョン・モンスターと違いがない)
「どうだろうね。お客さんは大勢やって来るからね。それに、あまり人の顔とか覚えるのが得意じゃないから」
適当な嘘で、その場を繕う。
鏡花はそんな蛍石に微笑んだ。
「そうか。覚えていないのか。でも、私は商店主さんの顔を覚えているよ」
(顔? 顔と言ったか? 俺の顔が見えるのか? でも、それなら、何で俺だとわからない?)
蛍石は、そこで寂しい予想が頭に浮かんだ。
(そうか。鏡花にとって俺は、数年で顔を忘れられる程度の存在だったのか)
人は人に思い入れを抱く。だが、相手もまた、同じくらい思い入れを抱くとは限らない。
(俺はすでに忘れられた人間。死んだ人間だ)
鏡花がしゃがんで、蛍石の売り物を確認する。
千ゴルタの草を買ってその場で口に入れる。鏡花が苦い物を口にした表情をする。
「あ、駄目だ、これ。『ほろ酔い草』だわ」
『ほろ酔い草』は、食べた人間を気分のよいほろ酔い状態にする草である。沈んだ状態の気分を改善する効果がある。
だが、短時間に食べ過ぎると、酩酊(めいてい)状態になり、最悪、死に至る。
(わりかしどうでもいいアイテムが売れたな)
残りの品を見る。残りは、木の杖が二本。謎の小箱が二つ。包装された鍋と翼が、一つずつ。
何の品かわからない蛍石だが、鍋と翼がお勧めだった。
包装された鍋は『魔法の大鍋』の可能性があった。魔法の大鍋だったら、要らない品を入れて蓋をすれば別の品に変わる。
翼は空を飛べる『飛翔の翼』の可能性があった。『飛翔の翼』ならトラップに引っ掛からなくなる。
だが、鏡花は他に何も買わずに立ち去ろうとした。
「他には要らないのか」
鏡花が恥ずかしそうにはにかむ。
「御免なさい。商店主さん。バックパックと収納箱が封印されて、品物を買っても、出し入れできないのよ」
迷宮を攻略するのに必要な道具を使えないのなら、危険な状態だった。
「この階には隠れ僧侶がいる」と教えたかった。ところが、言葉が出なかった。
(もどかしい。グレゴリーに会えれば、金で封印状態は解除できるのに)
グレゴリーの言葉が頭に浮かぶ。
「父の恩と母の恩、重要なのはどれだ?」
鏡花にこの階にグレゴリーがいる状況を教える、精一杯の行為だった。
部屋を出ようとした鏡花が振り返る。鏡花はきょとんとした顔で尋ねる。
「何ですか、それ? 僧侶の謎懸けみたい」
「何となく、答えが気になったからね。知っていたら、教えてほしい」
鏡花は笑顔で答えた。
「答えは『と』ですよ。母の恩なくして、人は存在できません。父の恩なくしても、同じです。だから、二つを繋(つな)げる『と』が重要なんです。縁(えにし)ってやつですよ」
鏡花は答えを告げると、部屋から出て行った。