第33話 フェアリーテイルを信じて

文字数 2,487文字

 ミースは宝剣をその手に戻し、頭目の首を狙った。頭目は青年の腕から離れ、ボウルをミースに投げ込む。縦一閃、切り裂く。開けた視界に映ったのは、頭目の号泣だった。

「うえぇーん、うえぇーん。戦争なんてひどいですよぉ。折角あんなに仲良くなったのに、次来たときもたくさんたくさん食べさせてくれるって約束したのにぃ、最悪ですよぉお?」

 無視して宝剣を振るう。頭目が紙一重でかわす。

「こうなることを見越して近づいてきたくせに、面の皮が厚いね」

「あれぇ、ばれてましたぁ?」

 号泣が嘲笑に早変わりする。頭目は全身を震わせて嗤う。からかうようにミースの周囲を飛び回り、鬱陶しく近づいたり離れたりする。

 ミースは誓いを立てた。

「古城の主・ヌアダの名代として、アルプルハラ――君たちを否定する。善き隣人の遊び場は、わたしの唯一の居場所は、君たちには奪わせない!」

「かっこいいですぅ、さすが姫様ですぅ!」
「白々しい!」

 宝剣がしなる。頭目は難なくかわす。頭目が飛び回り逃げ回り、ミースが執拗に追う。両者は戦場の中心となり、激しい敵意をぶつけ合った。

「ほぉら、こっちですよぉ!」
「きゃんきゃんよくわめく……さっさと死んで!」

 殺し合いが加速していく。

 ありえない。こんな戦争、許容できるか。僕は怒りを滲ませる。僕の愛する妖精譚は、馬鹿騒ぎお祭り騒ぎであって、誰も笑えないような無益な争いではない。

 戦場を駆け抜ける。

 飛び散る火の粉を避け、レイピアの一突きを掴んではへし折る。ブルネットの女性を迂回し、アルプルハラの死体を跳び越えていく。給仕係の小人が包丁を手に、アルプルハラの少年に襲いかかった。

 見知った顔に、思わず足を止める。

 少年は尻もちをつき、頭を抱えて死に備えた。給仕係の小人が血走った眼で包丁を振り上げる。割り込んで、給仕係の小人を蹴飛ばす。軽い軽い。給仕係の小人はぽーんと吹っ飛び、大樹の幹に頭から突っ込む。

 少年が腕を開く。過ちを知らない目は健在だった。ミースの胃袋からいの一番に飛び出した、あの少年だ。僕に実弟を思い起こさせ、ほんの少しの間、一緒にボール遊びをしたりキッシュを譲り合ったりした少年だった。

 痩せ衰えた体。顔色も悪く、呼吸だけで苦しそうだ。以前、別れた時は、人並程度に肥えていたのに。年の割に背が低く、猫背。栄養が足りていないことだけは、一目で察せられた。

 その旅路を想う。

 一縷の希望に縋り、遠く羽ばたいてきた。命の最後の一滴を振り絞り、未来を求めて抗い続けた。あの泥道、新鮮なミルクを期待して何時間も親戚中を訪ね歩いた、飢饉の日が重なる。明日食べるものが何もない。その恐怖を、僕は知っていた。

 無慈悲に踏み躙れと。
 自分たちが死なない為に。

 僕はミースや善き隣人のように、割り切るつもりはなかった。

「端に寄ってて。無抵抗を装えば、時間は稼げる」

 それでも最後には殺される。善き隣人はそういう種族だし、それを間違いと断じることもできない。

「僕がこの戦争を、飢饉を食い止めるから」

 もう二度と、理不尽に家族を奪われてたまるか。

 少年が瞼を瞬く。

 僕は精一杯笑う。指を立てて約束する。

 かわした視線が証文だった。

 青年がミースの背後からレイピアを刺し込む。ミースは振り返ってその回転のまま宝剣を薙いだ。青年はいち早く引き、ミースが追撃を試みようとした瞬間、逃げ回っていた頭目がミースの背後で暗躍する。隠し持っていたレイピアを抜き、ミースの首に突き立てた。間一髪背後の殺意を嗅ぎとり、ミースは身を伏せて横に転がる。二転三転、跳び上がって側方宙返り四分の三ひねり、着地と同時に宝剣を構え直す。

 頭目と青年が合流し、なにやら愚痴っていた。

「惜しいですぅ、かすればあっという間に地獄逝きでしたのにぃ」
「毒と知られたら警戒されますよ」
「もうとっくですよぉ、ねぇ?」

 ミースが苦々しく答える。

「そうだね。勝ち目のない戦争を吹っ掛けるほど、馬鹿じゃないのは知ってるよ」

 黒い柄の剣が近くの幹に突き刺さる。隣人避けの剣に警戒し、頭目と青年は飛び退いた。その間隙に距離を詰める。戦場の中心に駆け込む。

「あれ、アラン君だ」

 いつもの言葉は、いつもと違って突き放されていた。

 ミースは同じ口調で続ける。

「出しゃばらず現実に逃げ出せば良かったのに。君には、他にもたくさん居場所があるんでしょ? 無理に体を張る必要あるのかな?」

「僕にとっては、ここも大切な居場所だよ」

 ミースと頭目、両者の間に立つ。

 一呼吸置く。

 頭目のにやけ笑いが止まらない。青年は頭目の一歩後ろに控えている。ミースはそんな彼らだけを見据え、純粋な殺意で宝剣を染め上げていた。アルプルハラ、エーレ国の隣人、樹木が火炎に包まれ、灰色の煙が視界を遮る。熱がちりちりと肌を撫で、汗が噴き出て気持ち悪い。

 僕は自問自答する。この戦争を統率するものは誰か。誰の意思が戦場を支配しているか。頭目とミースだ。二人の説得に成功すれば、ひとまず戦争は終結する。相手を殺し尽くさなければ、飢えて死ぬのは自分たちだ。そんな脅迫を踏み倒し、僕が両者に希望を提示する。アルプルハラは餓死しない。エーレ国の善き隣人は、何も変わらず面白おかしく生きていける。

 妖精譚に飢饉は似合わない。

「君の願いはなんだ?」

 僕はミースに語りかけた。

「戦争の果てに、いままで通りはあり得ない。アルプルハラの恨みを買う、善き隣人の血に手が染まる。長い目で見れば、穏便に話し合うのが最善のはずだ。君の本当の願いは、やりたい放題し放題! 僕らの物語が何一つ傷つかず、この危機を乗り越えることだろう?」

 ミースは素直に認めた。

「そうだね。その通りだよ。それで? 死に物狂いのアルプルハラを生かしたまま止められると? 脆弱な国力で彼らの無限の腹を満たせると? 君は、そんなフェアリーテイルみたいな結末を、わたしに見せられるの?」

「当然だ」

 異常な肯定に目を剥き、ミースがやっと僕に振り向いた。

「信じてくれ」

 僕らが出会ってから敵対し、協力し、過ごしてきた時間の重みに賭ける。

「……」
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