新一幕 勇者と聖騎士と魔王(1)

文字数 4,510文字

 今エリアスは何と発言したのだろう?
 結婚と聞こえた気がしたけど……? それを肯定するかのように、朝一でギルドに来ていた冒険者達がこちらを好奇の目で見て、その内の数人が拍手を贈ってきているね。
 いやいやいや! 出会って一日で求婚は流石に無いってば。本来ならばエリアスがプロポーズしてくれるのは二年後だ。さっきのはおそらく幻聴だろう。

「……おいコラ、手の甲にキスじゃなかったのか?」

 背後からルパートの怒りを多分に含んだ声が届いた。彼にも聞こえているとなると、これはどうやら聞き間違いじゃなかった模様だ。
 おかしいな、前回(便宜上一周目とする)はこんな展開じゃなかったのに。

「何だよ結婚って! どうなってんだ!?

 私にも解らない。固まっている私の耳をルパートが摘んで引っ張った。

「おいウィー、俺の知らない所でこの人に会ってたのか? 治療院に見舞いに行ったとか!?
「そんなことしてません。昨日の出動で会ったきりです」
「じゃあ何で求婚されるほど親しくなってんだよ!?

 私の耳を摘むルパートの指に力が込められた。

「あいだだだだだ!! 先輩、痛い! 痛―い!!

 与えられた痛みに堪らず私は悲鳴を漏らした。屈んでいたエリアスが即座に立ち上がり暴漢の腕を掴んだ。

「レディに手荒な真似はよせ!」

 エリアスに詰め寄られたルパートは睨み返した。

「……ウチの職員におかしな真似をしている人に言われたくないです」
「おかしな真似ではない。婚姻の申し込みだ」

 二人の間に火花が散った。ああ、初期のルパートはエリアスに敵愾心(てきがいしん)が凄いんだった。途中で打ち解けて、未来に至っては結婚を祝ってくれるまでになるのに。

「エリアス・モルガナンさん、あなた辺境伯の親族でしょう?」
「いかにも。ディーザ辺境伯、クラウスの三番目の息子だ」
「ウィー……、ロックウィーナは一庶民ですよ。貴族のあなたとの婚姻は難しいでしょう」
「勇者の一族であるモルガナンに必要な資質は家柄ではない。芯の強さだ」

 エリアスは私に向き直った。

「私を背負った力強さ、任務を遂行しようとする責任感、母親のような包容力、安心させようと微笑んでくれた可憐さ。ロックウィーナ、貴女は私の理想の女性なんだ!」

 キッパリと言い切ったエリアスへ、観客となった冒険者達から「いいぞー」「兄ちゃん頑張れ」といった声援が飛んだ。
 私を見つめるエリアスの瞳には一点の曇りも無かった。彼は本気だ。
 私は昨日の行動を思い返して反省した。そうか、頑張り過ぎたせいでエリアスの好感度が爆上がりしちゃったんだね。やっちゃったよ。

 行動によって未来が変わるということをこんな形で立証する羽目になったが、エンとマキアを助けなきゃならないのに婚約なんてしている場合じゃない。
 私はやんわりと断りを入れた。

「……エリアスさん、お気持ちはとても嬉しいのですが、私は貴方のことをほとんど存じ上げません。まだまだ仕事も続けたいですし、申し訳有りませんが結婚は考えられません」

 ルパートも便乗した。

「そうそう。俺達忙しいんで。慢性的な人手不足のせいで、今日も業務が目白押しなんですよ。そういう訳で失礼しますね」

 私の肩を抱いて強引に立ち去ろうとしたルパートの前に、エリアスはすっと身体を滑り込ませた。意外と素早い。

「想像通りだ。ロックウィーナ嬢、貴女は行きずりの相手に簡単になびくような女性ではない」
「ええ。ロックウィーナは軽い女ではありません。どうか他を当たって下さい」
「だからこそ、私をもっと知ってもらいたい」
「めげないですね。ですが先ほども言ったように、ギルド職員である俺達は忙しいんで」
「安心してくれ。これから一週間、キミ達二人は通常業務から解放される。私とパーティを組んで冒険に出るんだ」
「…………は?」

 ああ、やっぱりそうなるのね。エリアスに親切にし過ぎて一周目より彼との距離が近くなったが、あとは同じ流れか。未来の大筋を変えるには、もっと大きく行動を変える必要が有るみたいだ。
 エリアスから、ギルドマスターの署名捺印入りの契約書を見せられたルパートは吠えた。

「あのオッサン、勝手に決めやがってぇぇ!!
「それではさっそく本日のミッションを決めようか」

 スタスタと掲示板へ向かったエリアスを私とルパートが追った。
 選ばれたのは一周目と同じトロール退治。それでいい。判っている未来なら安心して行動できる。
 できればミッション中にルパートとエリアスに事情を説明して、未来を変える為の仲間に加わってもらいたい。ルパートは現段階で過去を(さかのぼ)ったことを全く信じてくれないけれど、私を盲目的に信奉してくれているエリアスなら或いは……?

「お姉様、行くならこれを持っていって下さい」

 トロール退治の依頼書を持って受付カウンターへ戻った私は、リリアナから小さな巾着袋を押し付けられた。

「これって……結界石?」

 一周目でも貰った。魔力が無い人間でも身に付けておくと、危険が迫った時に自動的に障壁を張ることができる魔法グッズだ。貰うタイミングはもっと後だったはず。

「ええと、いいの? 高価なものなのに私が持っていっても」
「はい。それでモンスターも不埒な男も全部()退()けて下さい」

 いつもみたいにブリっ子口調ではないリリアナは、眉を釣り上げてエリアスに地図を手渡した。

「お姉様に手を出したら、貴族様と言えど許しませんよ?」

 プロポーズの余波はこんな所にも影響していたか。エリアスは余裕の笑みをリリアナへ返した。

「約束しよう。レディの同意無しで手は出さないと」

 一瞬安堵の表情を浮かべたリリアナであったが、すぐにエリアスの言い回しの罠に気づいた。

「つまり、お姉様が同意したらガッツンガッツン手を出すってこと!? そういうこと!? 何する気? ナニをする気? ちょっとー!!

 イスから立ち上がってエリアスに抗議するリリアナをスルーして、エリアスは私に優しい眼差しを向けた。ルパートのことも視界から外したな。

「さ、出掛ける準備をしておいで。私はここで待っているから」
「あ、はい。急いで準備をしてきます!」
「慌てなくていい。レディの支度を待つのは男の務めだ」

 ひゃああ。一周目より更に甘いムードを放ってくるよ。呑気に恋愛している場合じゃないってのに。私はこの甘々攻撃をくぐり抜けて、無事にマキアとエンを救えるのかな……?


☆☆☆


 ミッションで訪れたEランクフィールドにて。エリアス一人の大活躍によって、トロール解体ショーは無事に終了した。
 血の匂いに酔いながら私とルパートは一足先に、トロールが棲息していた洞窟から外の草原へ身体を避難させた。

「風が気持ちいい。あんな血飛沫(ちしぶき)が舞う光景を見たの久し振りだ……」

 苦い表情で深呼吸しているルパートに私は近付いた。

「エリアスさんが頑張ってくれたおかげで、予定より早くギルドへ帰れそうですね。先輩、今日はもう用事が有りませんよね?」
「ああ。通常業務はしなくていいらしいからな。何だウィー、俺をデートに誘いたいのかぁ?」

 私は彼のつらい過去の恋愛を知った。戦闘で見直すことも有った。でもやっぱりコイツは基本ムカつく。

「違います。訓練の相手をしてもらいたいんです。私、もっともっと強くなりたいんです」
「素晴らしい心掛けだ」

 応えたのはエリアスだった。遅れて洞窟から出てきた彼は、血糊を布で拭き取った大剣を鞘に戻した。

「私で良ければ相手になるぞ?」
「え、いいんですか?」

 ルパートには風の補助魔法という特技が有るが、純粋な剣術勝負ならエリアスの方が腕は上だろう。魔法を使えない私の訓練相手としては最適かもしれない。
 ルパートが茶々を入れた。

「ギルドの訓練場は職員以外使用禁止ですよ?」
「ならここで相手をしよう。モンスターは片づけたし、平坦な草原だ。身体を動かしやすいだろう」
「ぜひ!」

 乗り気な私をルパートが止めた。

「何で急にそんなにヤル気になったんだよ?」
「助けたい人が居るからですよ。夕べ話したでしょう?」

 真っ直ぐ視線を合わしてきた私に対して、ルパートはバツの悪い顔をした。

「レクセン支部に所属しているとかいう、若造のことか……」
「信じられないならレクセンに問い合わせてみて下さい。マキアとエンと言う名の職員が居るかどうか。年齢は23歳と21歳。炎の魔法が得意な魔術師と、クナイと呼ばれる武器を扱う忍者の青年二人組です」

 具体的な情報を出して訴える私にルパートは苦笑した。どうしたら信じてくれるんだろう? 気が()いた。

「忍者……。特殊な技能を持つ東方の戦士だな。レディ、その二人がどうかしたのか?」
「いやコイツ、近い未来にその二人が死ぬって昨日から騒いでるんですよ」
「死ぬ……?」

 エリアスは眉を(ひそ)めたが私を馬鹿にはしなかった。ルパートとの決定的な違いがこういう所だ。

「どうしてそう思うんだ? 理由を話してもらえるだろうか?」
「……未来で一度見てきたからです」
「未来で?」

 エリアスは私の瞳を覗くように見つめた。私は目を逸らさずに見つめ返した。

「……レディは噓を吐いていない。未来を見たとは、正夢か何かか?」

 ああエリアスさん! 流石は一度結ばれた未来の伴侶! 信じてもらえた嬉しさでちょっぴり泣きそうになった。
 もちろんルパートのウンコ野郎は否定してきたが。

「ちょっとちょっとエリアスさんまで! そんな馬鹿げた話を信じるんですか!?
「作り話じゃありません。レクセン支部のマキアとエンは確実に存在しますから!」
「どうせリリアナに調べてもらったんだろ? それでもっともらしいホラ話で俺を騙して、後でリリアナと笑おうって魂胆だ」

 そこまで暇じゃないわ! このひねくれ者が!
 ……解るけどさ、アンタがひねくれてしまったのは信じていた人に裏切られたせいだって。だからそのことについては触れたくなかった。

「未来で知った情報は他にも有ります」
「何よ?」
「……ルパート先輩は元聖騎士で、風魔法の使い手です」

 ルパートは「えっ」という表情を作ったが、頭を左右に振って打ち消した。

「マスターに聞いたんだな。あのお喋りめ」
「ルパート、キミは聖騎士だったのか?」
「元、ですけどね。ウィー、その程度の情報じゃ未来を見た証明にならないぞ?」

 うん。だから言わなくちゃいけない。あなたのトラウマを暴露しなくちゃいけない。エリアスさんが居る前で。
 夕べ二人だけの時に、突き詰めて話しておけば良かった。傷付けたくないと遠慮したせいで、今こんなことになっている。
 でもごめんなさい。私には時間が無いの。ここでルパートとエリアス、二人の理解を得ておきたい。

「マスターが知らないことを私は知っています」
「何よ?」
「先輩が騎士団を辞めた理由。マスターには不祥事を起こしたとしか伝えていないでしょう?」
「……ああ」

 私は言った。

「先輩、あなたは結婚を考えていた当時の恋人と、幼馴染みの親友に裏切られたんです。それで騎士だった親友を殴ってお互いに除名処分になってしまった。違いますか?」

 強張(こわば)ったルパートの顔を見た私は、自分のズボンの生地を握って罪悪感と戦った。
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

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