六幕  アジトを探れ!(2)

文字数 4,180文字

 為になるんだかならないんだか判らない会議を終えた私達は、一つ目のアジトに向けて早速出発することになった。

「ウィーお姉様ぁ!」

 冒険者ギルドのエントランスホールを通り抜けようとした時、受付嬢のリリアナに呼び止められた。

「行かれるんですかぁ? また危険な任務らしいじゃないですかぁ!」
「うん。ま、ここで働いている限り危険は避けられないから」
「でも私お姉様が心配でぇ……」

 リリアナの言動はいちいち芝居がかっている。だからブリッ子は計算した上での演技だと思うのだが、大きな瞳がウルウルしているのを見ていると、つい頭を撫でてヨシヨシしてあげたくなる。彼女の方がだいぶ背が高いんだけどね。172センチくらい有るんじゃないかな? 顔だけではなくスタイルも良くて羨ましい。

「リリアナちゃん! レクセン支部のマキアです! 俺も頑張るからね!」

 横からマキアがにゅっと顔を出した。食堂でもリリアナ可愛い可愛いと連呼していたし、さてはギルドに着いて早々一目惚れしたな。
 リリアナはマキアに向けて抜群の笑顔を返した後、

「お気をつけて行ってらっしゃいねぇ」

 ただその一言だけで会話を放棄した。

「リリアナちゃんて非番の日はいつ……」
「お姉様ぁ、お守りにこの結界石を持っていって下さいねぇ」
「え、結界石って高いじゃない。こんなに大きいの、どうしたの?」
「ギルドの就職祝いに父から貰ったんですぅ。でも私は内勤でしょう? お姉様が使って下さいな」
「リリアナちゃん、良ければフィースノーの街の案内を……」
「要らないって言われてもこの石、お姉様に押し付けちゃいますぅ。えいっえいっ」

 発言を無視されたマキアは、リリアナにチヤホヤされている私を恨めしそうな目で見た。慣れなさい。リリアナは男性には塩対応なんだよ。すっごく可愛いからきっと過去にストーカーとかされて、男に良い印象を持っていないんじゃないかな。
 結局私は高価な結界石を持たされることになった。

「ありがとう、心強いよ」
「ご無事をお祈りしていますぅ」

 レースのハンカチをヒラヒラさせてリリアナは私を見送った。ぞろぞろとギルドを出る私達。横に並んだマキアが沈んだ声で質問して来た。

「リリアナちゃんて……百合っスか?」

 どうだろう。私も怪しいなと思うことが何度か有った。

「判んないや。リリアナとそっち方面の話をしたことが無いから」
「あっ、ロックウィーナさんは恋バナ苦手でしたね、すみません!」

 そういう設定だったの忘れてた。食堂ではルパートのことを聞かれたくなかったから、適当なことを言ってお茶を濁したんだった。本当は恋バナ興味有ります。恋人欲しいです。

「ごめんね、もう大丈夫だよ。あれから考えてみたんだ。それで私も少しは恋愛に目を向けなきゃ駄目だなって、今はそう思うようになったから」
「マジで!? 切り替え早いっスね!」

 ハハハ。

「でも嬉しいです。俺ずっと恋バナしたかったんですよ。でも同世代の同僚のエンが

でしょ?」

 アレだねぇ。異性との交流を面倒臭がるタイプに見えるね。エンは不機嫌そうにそっぽを向いた。

「レクセン支部の外回りメンバーの中では俺とエンが年少で、他はみんな年が離れた先輩なんですよ。あんまり軽いノリで話せないんです。だからロックウィーナさんとは、いろいろとお話しをしたいなって思ってました!」

 マキアは23歳だっけ。25の私と近いな。
 そういえば私、男友達も(ろく)に居ないや。田舎で一緒に遊んでいた幼馴染みの男の子は、私の姉の恋人でもあったからあまり親しくできなかったんだよね。
 マキアは話しやすい青年だから、友達になれたらいいな。

「私で良ければこれから宜しく。同世代の友達欲しかったんだ」
「こちらこそ! やったぁ、レンフォード!!

 隠すことなく喜びを表現するマキアは見ていて気持ちいい。ところで……。

「レンフォードって何?」
「あっ、王都で大人気の役者の名前です。俺も舞台観たこと有るけど感情表現がスゲェの、マジ天才。王都やレクセンでは嬉しかったり驚いたり、とにかく感情が(たか)ぶった時に彼に(ちな)んで、レンフォードって叫ぶのが若者の間で流行ってるんですよ」
「へぇ、レンフォードかぁ。マキアは今そんなに嬉しかったの?」
「相当ですよ。だってロックウィーナさんに、同世代の友達なんて言ってもらえたんですからね!」

 私なんかと……いや、自分を下げては友達になってくれたマキアに失礼だな。思えばルパートに失恋して以来、ずっと背を丸めて卑屈になっていた気がする。これからはもっと胸を張って生きよう。

「私も嬉しいよ。友達なんだからもう呼び捨てにしてね。あとタメ(ぐち)でいいから」
「おおお、レンフォード!」
「俺だって同世代だろうが」

 ルパートが口を尖らせて割り込んできた。

「先輩は先輩でしょう? 友達じゃないんで」
「私は友達だ。4歳差だが気持ちは若いぞ。流行にも敏感だ。レンフォード!」

 エリアスも混ざった。レンフォードの使い方が違う。
 マキアがすかさずエリアスに尋ねた。

「エリアスさんの好みのタイプってどんな女性ですか?」
「ロックウィーナのような女性(ひと)だ」

 ついさっき自分で友達って言ったやん。

「愛しちゃってますね。会議室でも積極的だったし。お二人の馴れ初めは?」
「正に運命だった。ロックウィーナは危険なフィールドで独り、死を覚悟した私の前に降臨した聖女だったのだ」
「え? 聖女?」

 状況描写が曖昧(あいまい)でまるで伝わらない。目をパチクリさせたマキアにルパートが補足説明した。

「エリアスさんはソロミッションに挑んだ時に、道に迷って行き倒れたんだよ。捜索に出た俺とウィーが発見したんだ」
「なるほど、救助から恋が始まる場合も有るんだ。そうだよな、命の恩人だもんな。いいなー。俺もこれまでに五人保護してるけど、恋に発展したことなんて一度も無いや」
「……五人ともムサいオッサン冒険者だっただろうが」

 エンが静かに突っ込んだ。オッサンか。恋が不可能ではないにしても難しい相手だな。   

「ルパートさんの好みのタイプは?」

 マキアは次にルパートに話を振った。ルパートは気の無い返事をした。

「俺は女は……当分いいと思ってるから」
「意外とストイックなんですね、モテるでしょうに。でも好みくらいは有るでしょう?」
「ボン、キュッ、ボン」

 以前は物理的にも精神的にも自立した強い女が好みだと言っていなかったっけ? 所詮は身体つきが重要か。エロスなのか。男ってばこれだから。

「キースさんはどうですか?」

 マキアは後方のキースにも声を掛けた。年が離れた先輩にも軽いノリで充分に行けている。

「僕は思いやりの有る人が好きですね」

 ちゃんと答えてあげるキースは優しい。

「エンは……」

 マキアが尋ね終わる前に、すっごく怖い目つきでエンは彼を睨んだ。

「うん、いいや、また今度な。ちなみに俺が好きなのは、妖精みたいに可愛い女の子と妖艶なマダム」

 両極端だろ。熟女も守備範囲内か。

「じゃあ最後にロックウィーナさん、じゃなくてロックウィーナ」

 マキアは軽く咳払いをした。

「キミが好みだと思うタイプを、ズバリ教えてくれ!」

 マキア、ルパート、エリアスの視線が私に集中した。

「え、ええ? 私も言うの!?
「もちろん! みんなも言ったんだから恥ずかしくないよ!」

 マキアめ。阿呆(あほ)なコを(よそお)っておいて実は策士?

「言っちゃえよ、ウィー」
「みんなで言えば怖くない」

 ルパートとエリアスも(あお)ってきた。にゃろう。

「私は……一緒に居てホッとできる相手かな」
「うんうん、それ重要だよね。他には?」
「他に?」

 一つ要素を挙げるだけじゃ駄目なの? マキアは満面の笑みで質問を繰り返した。

「具体的なやつを知りたいな。顔の好みとか就いていてほしい職業とか」
「具体的……」

 困っている私にルパートが助言した。

「恋人を作る気が有るんなら、細かく条件を出しておいた方がいいぞ? その方が理想の相手とマッチングしやすい」

 それはそうかも。

「ええと……じゃあ、私より強い人」

 エリアスが筋肉の付いた太い腕を見せつけるようにポージングし出した。すましていれば理想の貴公子なのに。面白い人だ。

「俺は肉弾戦はからっきしだけど魔法はちょっと自信有るよ。他には?」
「他に? え、じゃあ笑顔が素敵な人……」
「やっべ俺じゃん。他には?」

 他の人にはさらっとしか聞いてないのに、マキアは私にはしつこかった。

「他にって……思いつかないよ」
「じゃあさ、過去の恋人がしてくれて嬉しかったこととか、逆にこれは勘弁してって思ったことを教えてよ」
「そんなの判んないよ、男の人と付き合ったことが無いのに」
「え」
「……あ!」
「なんと」

 うわあああ!! やっちゃったよぉ! マキアにグイグイ来られて焦って、ついうっかりコンプレックスを口に出しちゃったぁ!!

「……ロックウィーナ、キミは異性との交際経験が無いの?」

 マキアがしなくてもいい確認をした。私は答えなかったが、きっと強張(こわば)った表情から見抜かれてしまっただろう。
 ルパートとキースがあーあと言う顔をして、エンは無表情だった。
 マキアとエリアスは顔を見合わせてから、二人同時に声を合わせて叫んだ。

「レンフォード!!!!

 あぁもう、アンダー・ドラゴンの前にコイツらから先に片づけたい気分だ。


☆☆☆


 フィースノーの街からおよそ二キロ離れた林の中に、木こりの宿泊場のような簡素な小屋が建てられていた。そこだけ切り取って見るとのどかな風景なのだが、いかんせん小屋の前で世間話に興じている男達のガラが悪過ぎた。
 髭面のスキンヘッド男、トンビのような鳥のタトゥーを首の後ろに入れた男、何処で買ったのかトゲトゲが付いた腕輪をはめた男。望遠鏡が捉えた男達からは終末の匂いがした。

「ありゃカタギじゃないよな」
「ないですねぇ。あんな一般人が居たら嫌です。ここがアンドラのアジトで間違い無いでしょう」

 私達は小屋から数十メートル離れた大木の陰に身を隠し、代わる代わる望遠鏡でアジトの様子を窺った。

「あいつらってあの小屋で雑魚寝してんのかなぁ? 怖い顔して仲良しなんだなぁ」
「……顔は関係無い」
「ロックウィーナと一緒なら、どんなボロ小屋でも宮殿の如しだな」

 私達は心底どうでもいい会話をしながら、本拠地からの連絡係が現れるのをひたすら待った。
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

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