新三幕 ガロン荒野再び(2)
文字数 3,467文字
☆☆☆
ヒィイイイイン。
悲鳴のような音を立てて風が吹きすさぶガロン荒野に、依頼を受けた私達は再び赴いていた。ああ、いや、二周目では初めてだね。
本来この依頼は、数日後にシモーヌ、ダグラス、アーサー、ニックの四名から成る冒険者パーティが受けるはずだった。
しかし彼らはミッション中にシモーヌを残して死亡してしまう。一周目ではそうだった。
哀しい未来を変えたい。
私はエリアスとルパートに申し出た。私達が代わりに依頼を片付ければ、シモーヌのパーティはガロン荒野へ来ることが無くなる。彼らではこのフィールドで戦うには実力が不足しているのだ。
もっとも、今回ガロン荒野へのルートを私達が潰しても、シモーヌのパーティは別の高難易度の依頼に挑もうとするかもしれない。だから受付嬢のリリアナに頼んでおいた。彼らがBランク以上の依頼書をカウンターに持ってきても受理しないで、もう少し下のランクで経験を積むように勧めて、と。
「リリアナ、泡を食ってたな」
ギルドでのカウンターのやり取りを思い出したルパートが苦笑した。私がBランクフィールドに赴くことを、リリアナはとても心配してくれた。
アルクナイトが「小娘は魔王たる俺が正しい道に誘 ってやる」なんて、言わんでいい余計なことを言っちゃったせいでリリアナは錯乱した。魔王に私が攫 われると勘違いしてしまったのだ。
リリアナは私を引き止めようとして暴れて、彼女を止めようとしたセスと乱闘になっていた。その隙にギルドを出てきた訳だが……、今はもう落ち着いたかな?
「人間には変な奴が多いな」
「そう言えばアルクナイト、アンタは大丈夫なの?」
「何がだ小娘」
「私達はこれから戦闘訓練で、魔族と戦うことになるんだよ? アンタにとっては身内でしょ?」
アルクナイトは鼻で笑った。
「有史以来、同族同士で殺し合ってきた人間がそれを言うのか?」
私は言葉に詰まった。確かにそうだ。私達人間の歴史は戦争の歴史でもある。
「こういった場所に居る輩 は俺の部下ではない。はぐれ魔族だ」
「……そっか」
「だが同族が殺されることに嫌悪感が無いと言えば噓になる。戦う相手は、向こうから襲ってきた好戦的な馬鹿だけに限定してくれ」
「あ、うん!」
「気遣いには感謝してやる」
やっぱりコイツはツンデレだな。魔王と言っても考え方は人間と一緒みたいだ。
「……ストーカー行為と尻文字さえなければイイ奴なのに」
魔王とうっかり親友になってしまった勇者のエリアスが呟いた。アルクナイトはどこ吹く風だった。
「おい、出迎えが来たぞ。空に注目してくれ」
ルパートが剣を抜いて構えた。風は強いが雲が少ない空に、沢山の黒い小さな影。群れで家畜を狙う憎いあんちくしょう、ストームデビルだ。今回もコウモリくんが最初の相手か。
「ウィー、アイツら相手ならおまえでも充分戦える。落ち着いていけ!」
「はい!」
私は束ねていた鞭をほどいた。
滑空して来た数匹を、リーチが長い私の鞭が薙ぎ払った。
「いいぞロックウィーナ、その調子だ!」
一周目のエリアスはすぐ私を屈ませて自分の保護下に置いたが、戦闘訓練を兼ねている二周目では私のサポートに回った。まず私が鞭を振るい、取り逃がしたコウモリをエリアスが斬った。なかなかのハイペースで倒していったが、コウモリ達はとにかく数が多い。
五分後、私の息が上がり初め、取りこぼしが多くなった頃にアルクナイトが前に出た。
「時間がかかり過ぎだ。俺の魔法で焼き尽くそう」
ああ、魔王に同族殺しをさせてしまうのか。しかしルパートがアルクナイトを制止した。
「俺がやる」
ルパートが静かな口調でいながらよく通る声で呪文を唱えた。
「風の刃よ、空を汚す黒き悪魔を切り刻め!」
真空の刃が幾つも発生し、空中のコウモリ達の身体をスパスパ分断していった。降り注ぐ血肉の雨から私は逃げ回った。
一瞬にしてコウモリを片づけたルパートへ、エリアスが感心した眼差しを向けた。
「やるな。流石は聖騎士だったことだけのことはある」
「どーも」
照れ隠しに頭を掻くルパートへ私は尋ねた。
「今のはかまいたちを生む風魔法ですよね?」
「ああ」
「私が知る未来でも先輩はかまいたちの魔法を使ったんですが、その時と呪文が違っていたような気がするんですけど」
「ああ、それは……」
「呪文には決まった文言が無いんだ」
アルクナイトが割り込んできた。暇そうな魔王様は解説を始めた。
「魔法の発生に必要なのは生まれ持った魔力と、自己の感情の高まりだ。どういった効果を出したいか、それを想像して相応しいと思える言葉を唱えればいいんだ。要はイメージの強化だな」
「そうなの!?」
「呪文と呼ばれているものは、あくまでも術者の想像力のサポートに過ぎない」
「じゃあイメージさえできていれば、ルパート先輩が何を叫んでもかまいたちは生まれていたの?」
「そういうことだ。例えチャラ男がおっぱい! おっぱい! と叫んだとしても」
「いや……いくら俺でも、おっぱいのイメージでコウモリは切り刻めねーよ」
手柄に水を差された気分になったのか、ルパートは恨めしい顔をアルクナイトへ向けた。魔王はやはりどこ吹く風だった。
「でもそうなると、上手くイメージを言葉にできない術者は大変そうね」
「そういう想像力が貧困な輩は、魔術協会が用意した定型文をひたすら唱えることになる。実力の有る者はそれに手を加えたオリジナル呪文、ここが大きな違いだ」
オリジナル呪文……。
「そっか、だからマキアはレンフォードって叫んだんだ」
「レンフォード? マキアって一週間後にレクセン支部から来るガキだよな?」
「レンフォード……。聞いたことがある。天才と呼ばれる役者の名前だったかな?」
私はルパートとエリアスに頷いた。
「はい。感情表現が達者な役者さんで、王都やレクセンの街の若者の間では、感情が昂 った時にレンフォードって叫ぶのが流行っているそうです」
「それがどうかしたのか?」
「……マキアが、私達を助ける為に自爆魔法を唱えた時に、最後にレンフォードって付けたんです」
「………………」
自爆する為に彼は最大限に自分を昂 らせる必要が有った。その為にあの言葉を使ったのだ。楽しい時にだけ使う言葉であって欲しかった。
思い出してまた泣きそうになった。だって、私の感覚ではマキアとエンが死んだのはほんの数日前の出来事なのだ。
「大丈夫だ、ロックウィーナ。哀しい未来は変わる。アンダー・ドラゴンのアジトでも、ここガロン荒野でも」
エリアスが優しく言って私の肩に手を乗せた。相変わらず手の力は強かったが元気づけられた。
「もうキミは独りじゃない」
「……はい!」
肩を抱かれた状態で私とエリアスは歩き出した。後ろでルパートが愚痴た。
「一番美味しいトコ持ってったよあの人」
「それがエリーだ」
外野は無視して私達は廃村へ立ち入った。
「さて、村では何を探せば良いのだったか?」
「オルゴールです。開くと小さな踊り子の人形がクルクル回るヤツ」
依頼者にとって小さな頃の宝物だったらしい。急な引っ越しだったので置いて村を出たが、晩年を迎えて急に懐かしくなったそうだ。
「俺とウィーでこの家を見る。エリアスさんと魔王様は隣の家を探索してくれ」
「了解した」
一周目でも入った家に私とルパートは侵入した。前回は行方不明者の捜索が任務内容だったので、人間とモンスターにしか注意を向けていなかった。
私達はクローゼットや棚の引き出しを開けて、依頼書に書かれている対象物を探した。
「ひっでぇ埃と湿気だな。所々床や壁が腐ってやがる。オルゴールが原型を留めた状態で残ってりゃいいけど」
「村にはモンスターが棲み付いてしまいましたからね。一周目ではオークとダークストーカーが出現しました」
オークは乱暴な性格だ。彼らにオルゴールを壊されてしまっているかもしれない。しかしルパートが心配したのは後者のモンスターだった。
「ダークストーカーは厄介な相手だな。遠方のAランクフィールドによく出る奴だ。こんな所まで来ていやがったのか」
「はい。シモーヌさんのパーティはソイツにやられたんです」
「他の冒険者の為にも倒しておきたい相手だな。でも俺まだ戦ったこと無いんだよなぁ。未来の俺は苦戦してたか?」
「あ、ダークストーカーは別行動していたエリアスさんが倒しました」
「………………」
ルパートの手が止まった。
「先輩?」
「……何でも無い。この家には探し物が無いようだ。出るぞ」
「はい」
早足で一軒目の廃屋を出るルパートの後を、私は慌てて追い掛けた。
ヒィイイイイン。
悲鳴のような音を立てて風が吹きすさぶガロン荒野に、依頼を受けた私達は再び赴いていた。ああ、いや、二周目では初めてだね。
本来この依頼は、数日後にシモーヌ、ダグラス、アーサー、ニックの四名から成る冒険者パーティが受けるはずだった。
しかし彼らはミッション中にシモーヌを残して死亡してしまう。一周目ではそうだった。
哀しい未来を変えたい。
私はエリアスとルパートに申し出た。私達が代わりに依頼を片付ければ、シモーヌのパーティはガロン荒野へ来ることが無くなる。彼らではこのフィールドで戦うには実力が不足しているのだ。
もっとも、今回ガロン荒野へのルートを私達が潰しても、シモーヌのパーティは別の高難易度の依頼に挑もうとするかもしれない。だから受付嬢のリリアナに頼んでおいた。彼らがBランク以上の依頼書をカウンターに持ってきても受理しないで、もう少し下のランクで経験を積むように勧めて、と。
「リリアナ、泡を食ってたな」
ギルドでのカウンターのやり取りを思い出したルパートが苦笑した。私がBランクフィールドに赴くことを、リリアナはとても心配してくれた。
アルクナイトが「小娘は魔王たる俺が正しい道に
リリアナは私を引き止めようとして暴れて、彼女を止めようとしたセスと乱闘になっていた。その隙にギルドを出てきた訳だが……、今はもう落ち着いたかな?
「人間には変な奴が多いな」
「そう言えばアルクナイト、アンタは大丈夫なの?」
「何がだ小娘」
「私達はこれから戦闘訓練で、魔族と戦うことになるんだよ? アンタにとっては身内でしょ?」
アルクナイトは鼻で笑った。
「有史以来、同族同士で殺し合ってきた人間がそれを言うのか?」
私は言葉に詰まった。確かにそうだ。私達人間の歴史は戦争の歴史でもある。
「こういった場所に居る
「……そっか」
「だが同族が殺されることに嫌悪感が無いと言えば噓になる。戦う相手は、向こうから襲ってきた好戦的な馬鹿だけに限定してくれ」
「あ、うん!」
「気遣いには感謝してやる」
やっぱりコイツはツンデレだな。魔王と言っても考え方は人間と一緒みたいだ。
「……ストーカー行為と尻文字さえなければイイ奴なのに」
魔王とうっかり親友になってしまった勇者のエリアスが呟いた。アルクナイトはどこ吹く風だった。
「おい、出迎えが来たぞ。空に注目してくれ」
ルパートが剣を抜いて構えた。風は強いが雲が少ない空に、沢山の黒い小さな影。群れで家畜を狙う憎いあんちくしょう、ストームデビルだ。今回もコウモリくんが最初の相手か。
「ウィー、アイツら相手ならおまえでも充分戦える。落ち着いていけ!」
「はい!」
私は束ねていた鞭をほどいた。
滑空して来た数匹を、リーチが長い私の鞭が薙ぎ払った。
「いいぞロックウィーナ、その調子だ!」
一周目のエリアスはすぐ私を屈ませて自分の保護下に置いたが、戦闘訓練を兼ねている二周目では私のサポートに回った。まず私が鞭を振るい、取り逃がしたコウモリをエリアスが斬った。なかなかのハイペースで倒していったが、コウモリ達はとにかく数が多い。
五分後、私の息が上がり初め、取りこぼしが多くなった頃にアルクナイトが前に出た。
「時間がかかり過ぎだ。俺の魔法で焼き尽くそう」
ああ、魔王に同族殺しをさせてしまうのか。しかしルパートがアルクナイトを制止した。
「俺がやる」
ルパートが静かな口調でいながらよく通る声で呪文を唱えた。
「風の刃よ、空を汚す黒き悪魔を切り刻め!」
真空の刃が幾つも発生し、空中のコウモリ達の身体をスパスパ分断していった。降り注ぐ血肉の雨から私は逃げ回った。
一瞬にしてコウモリを片づけたルパートへ、エリアスが感心した眼差しを向けた。
「やるな。流石は聖騎士だったことだけのことはある」
「どーも」
照れ隠しに頭を掻くルパートへ私は尋ねた。
「今のはかまいたちを生む風魔法ですよね?」
「ああ」
「私が知る未来でも先輩はかまいたちの魔法を使ったんですが、その時と呪文が違っていたような気がするんですけど」
「ああ、それは……」
「呪文には決まった文言が無いんだ」
アルクナイトが割り込んできた。暇そうな魔王様は解説を始めた。
「魔法の発生に必要なのは生まれ持った魔力と、自己の感情の高まりだ。どういった効果を出したいか、それを想像して相応しいと思える言葉を唱えればいいんだ。要はイメージの強化だな」
「そうなの!?」
「呪文と呼ばれているものは、あくまでも術者の想像力のサポートに過ぎない」
「じゃあイメージさえできていれば、ルパート先輩が何を叫んでもかまいたちは生まれていたの?」
「そういうことだ。例えチャラ男がおっぱい! おっぱい! と叫んだとしても」
「いや……いくら俺でも、おっぱいのイメージでコウモリは切り刻めねーよ」
手柄に水を差された気分になったのか、ルパートは恨めしい顔をアルクナイトへ向けた。魔王はやはりどこ吹く風だった。
「でもそうなると、上手くイメージを言葉にできない術者は大変そうね」
「そういう想像力が貧困な輩は、魔術協会が用意した定型文をひたすら唱えることになる。実力の有る者はそれに手を加えたオリジナル呪文、ここが大きな違いだ」
オリジナル呪文……。
「そっか、だからマキアはレンフォードって叫んだんだ」
「レンフォード? マキアって一週間後にレクセン支部から来るガキだよな?」
「レンフォード……。聞いたことがある。天才と呼ばれる役者の名前だったかな?」
私はルパートとエリアスに頷いた。
「はい。感情表現が達者な役者さんで、王都やレクセンの街の若者の間では、感情が
「それがどうかしたのか?」
「……マキアが、私達を助ける為に自爆魔法を唱えた時に、最後にレンフォードって付けたんです」
「………………」
自爆する為に彼は最大限に自分を
思い出してまた泣きそうになった。だって、私の感覚ではマキアとエンが死んだのはほんの数日前の出来事なのだ。
「大丈夫だ、ロックウィーナ。哀しい未来は変わる。アンダー・ドラゴンのアジトでも、ここガロン荒野でも」
エリアスが優しく言って私の肩に手を乗せた。相変わらず手の力は強かったが元気づけられた。
「もうキミは独りじゃない」
「……はい!」
肩を抱かれた状態で私とエリアスは歩き出した。後ろでルパートが愚痴た。
「一番美味しいトコ持ってったよあの人」
「それがエリーだ」
外野は無視して私達は廃村へ立ち入った。
「さて、村では何を探せば良いのだったか?」
「オルゴールです。開くと小さな踊り子の人形がクルクル回るヤツ」
依頼者にとって小さな頃の宝物だったらしい。急な引っ越しだったので置いて村を出たが、晩年を迎えて急に懐かしくなったそうだ。
「俺とウィーでこの家を見る。エリアスさんと魔王様は隣の家を探索してくれ」
「了解した」
一周目でも入った家に私とルパートは侵入した。前回は行方不明者の捜索が任務内容だったので、人間とモンスターにしか注意を向けていなかった。
私達はクローゼットや棚の引き出しを開けて、依頼書に書かれている対象物を探した。
「ひっでぇ埃と湿気だな。所々床や壁が腐ってやがる。オルゴールが原型を留めた状態で残ってりゃいいけど」
「村にはモンスターが棲み付いてしまいましたからね。一周目ではオークとダークストーカーが出現しました」
オークは乱暴な性格だ。彼らにオルゴールを壊されてしまっているかもしれない。しかしルパートが心配したのは後者のモンスターだった。
「ダークストーカーは厄介な相手だな。遠方のAランクフィールドによく出る奴だ。こんな所まで来ていやがったのか」
「はい。シモーヌさんのパーティはソイツにやられたんです」
「他の冒険者の為にも倒しておきたい相手だな。でも俺まだ戦ったこと無いんだよなぁ。未来の俺は苦戦してたか?」
「あ、ダークストーカーは別行動していたエリアスさんが倒しました」
「………………」
ルパートの手が止まった。
「先輩?」
「……何でも無い。この家には探し物が無いようだ。出るぞ」
「はい」
早足で一軒目の廃屋を出るルパートの後を、私は慌てて追い掛けた。