幕間  冒険者ギルドの懲りない面々

文字数 4,784文字

 私達はアンダー・ドラゴンが使用するアジトの一つを偵察に行って、じっくり観察する時間が無かったのでサクッと壊滅させた。こう聞くと非道な行いをするせっかちな集団だと思われるかもしれないが、仕方が無かったのだ。
 まず敵方のアジトのすぐ側、しかも不慣れな土地で一晩明かすのは危険極まりないと判断した。そしてレクセン支部の職員が逆恨みから襲われた件を踏まえ、危険なアンダー・ドラゴン構成員をもう野放しにはできない! と熱い想いに心がたぎっていた。
 その上でアジト襲撃である。決して面倒臭かった訳でも早く帰りたかったからでもない。

 アジトに居た構成員を街まで連行して王国兵に引き渡し、その後みんなで酒場に行ってウェーイウェーイ酒盛りをしたことも、命を懸けて共闘する仲間達との親睦を深める為に必要な行為だった。
 そう、何ら恥じることも反省することもない。

「ヤバッ……、これって二日酔いなのかなぁ……?」

 昨日の出来事に対して心の中で言い訳をしながら、自室のベッドの上でゆっくり上半身を起こした私は、身体のダルさと軽い頭痛が発生していることに気づいた。
 アルコール飲料を美味しく思えない体質なので、宴会の時は最初の一杯目を付き合うだけで後は食べることに専念する私なのに、夕べはマキアに次から次へと注がれて四杯くらい飲んだ気がする。そのくらいなら他の人も普通に飲んでいる量なので別に止められなかった。
 しかし私と同じペースで飲んでいたマキアは潰れた。どうやらお酒に弱いらしい。何がしたかったんだろう彼は。帰りは寮の部屋までエンがおんぶして運んでいた。

「うぉーいウィー、起きてるかぁ? 朝メシ行こうや」

 ノックと共に扉の向こうからルパートの声がした。キースに怒られてからピッキングはやめたらしい。ノックもしている。凄い進歩だ。

「はい……起きてます」
「ん? 声が弱々しいぞ。おまえ低血圧じゃないだろ?」
「ちょっとですけど、頭痛くて……」
「えっ、具合が悪いのか!?

 カチャカチャカチャ。ドアノブの下の鍵部分から不吉な音が聞こえた。嫌な予感がした。

「ウィー!!

 バァンッと勢い良く私の部屋の扉を開けて、顔だけはいいウンコ野郎が室内に飛び込んできた。バァンじゃないでしょーが。鍵開けは役に立つスキルだけどさ、発揮するのは出動の時だけにしてほしい。どうしてピッキングツールを持って後輩の女を呼びに来るのさ。

「おいどうしたんだよ!?

 ルパートはすぐにベッドの傍まで来て私の肩を軽く揺らした。一応本気で心配してくれているようなので、私は奴にカウンターパンチを入れるのを我慢した。

「風邪でもひいたのか? 下着だけで寝るからだぞ!」
「! ひゃあっ!!

 キャミソールに短パン姿だった。着けたまま寝ると苦しいからブラすらしていない。私はブランケットにくるまってから抗議した。つい数日前にも同じことがなかったっけ?

「勝手に女性の部屋に入ってこないで下さい! あと見ないで!」
「それどころじゃねーだろうが、具合悪いんだろ!?

 本当に妹を心配する兄そのものだな。それもかなりのシスコン。性的な目で見られていないことには安心したが、それにしたって無神経過ぎる。
 ルパートはブランケットを剝ぎ取って、私の身体の何処に異変が有るのか調べようとした。い~や~~!!

「ただの二日酔いです! 軽い頭痛がするだけで大したことは有りませんから!」
「マジ? ならいいけど……。夕べはおまえにしては飲んでたからな」

 ギギギギギィ……。その時とても耳障りな音が響いた。
 音がした方を窺うと、ウンコによって開け放たれた扉の前にキースが佇んでいた。

「きっ……、キースさん!?

 たじろぐルパートにキースはゴミを見る目を向けた。

「ルパート、キミはいったいロックウィーナの部屋で何をしているんですかねぇ……?」
「えっ、俺は別に悪いことはしていない……よな?」

 ルパートは私を振り返って同意を求めたが、第三者の目から見たら女性に乱暴しようとしているケダモノの図だよ。

「ルパート、キミと言う男は……。あれだけ忠告したのに!」

 ギギキィィッ! キースは自らの爪で扉を長く引っ搔いて、生理的嫌悪を感じる音を奏でてみせた。それはルパートへのお仕置きなんだろうが、ぎゃあああ、同じ空間に居る私もダメージ受けてますよ。

「やっぱり僕の奴隷にするしかないですかね」

 その言葉を聞いたルパートは両手を使って自分の目を塞いで隠した。

「魅了はやめて! シャレにならないから!!

 酒場での親睦会で説明されたが、キースは魅了の瞳と言う眼力の持ち主らしい。だから彼と見つめ合わないようにと注意を受けた。そんな話は聞いたことが無いと否定的だったエリアスを、キースは前髪を上げて視界クリアとなった両眼で見つめた。
 結果、エリアスは頬を紅潮させて口数が減り、それから妙にモジモジして宴会終了までキースの方を見られなかった。確実にエリアスはキースのことを意識していたと思う。
 一晩寝れば元に戻りますよとキースは笑っていたが、瞬時に相手を虜にするとは恐ろしい特技だ。お酒が入って多少気が緩んでいたとはいえ、意志の強そうなエリアスがやられてしまうなんて。

「キース先輩、ルパート先輩は二日酔いの私を心配してくれているだけなんです」

 私はルパートを庇った。部屋から出ていってくれたらそれでいい。キースにメロメロになったルパートは見たくない。嫉妬とかではなく、想像したら単純に気持ち悪かった。

「それなら……いいんですが。とにかくルパート、ロックウィーナの部屋から出ますよ」

 ルパートに近付いて彼の腕を引っ張ったキースは、ベッド上の半裸の私を間近で見てしまった。

「っ! すすすすみませんロックウィーナ!!

 慌てて目を逸らしたキース。そう、それ、望んでいたのはその反応! 妹的存在だとしても、女性の肌を見たなら狼狽えてほしい。見られて恥ずかしいけどキースのおかげで女としての矜持(きょうじ)を保てた。

「じゃあ食堂に行ってるから、おまえも食えるようなら来いよ?」

 ルパートとキースは部屋から出ていった。扉が閉まったのを確認してから、私はベッドから立ち服を着て髪をとかした。部屋の外に有る共同の水場で顔を洗ってから、また部屋に戻って薄化粧を施した。

(食堂に行かなきゃ……)

 あまり食欲は無かったが、今日もアンダー・ドラゴンのアジトの一つを偵察に行く予定なので、無理にでもお腹に入れておくことにした。途中まで馬車を使えるにしても昨日のアジトよりも遠い分、出動時間は長くなるだろうから。

 食堂でモーニングメニューを頼んだ私は、ルパートに呼ばれて彼とキースが着いているテーブルに相席した。キースが改めて朝の挨拶をしてくれた。

「おはようございます。ルパートの話では二日酔いの程度は軽いそうですが、無理をせず薬が必要なら先生の元へ行くんですよ?」

 先生とは冒険者ギルドの職員の一人、薬師のマーカスのことだ。怪我の治療なら回復魔法でキースにもできるが、病気に関してはマーカスの薬に頼らなければならない。病気に回復魔法をかけると、かえって症状を進行させてしまう恐れが有るらしい。

「大丈夫です。たまにツキンと軽く痛む程度ですから」

 ふと食堂入口が賑やかになった。昨日ならマキアが独りでお喋りしている場面だが、今日の声は高かった。
 確認すると、エリアスの後ろに三人の女性冒険者達がピッタリくっ付いて、キャピキャピ騒いでいた。ギルドの食堂は冒険者も利用できるのでそこは問題無い。
 エリアスはこちらをちらりと見て私達に気付いたようだが、同じテーブルには着かず少し離れた席に座った。女性陣の声が大きいので会話は普通にこちらまで聞こえた。

「エリアスさーん、私達とパーティ組みましょうよー」

 甘えた声で女性冒険者の一人(以降キャピ1)がエリアスにおねだりした。キャピ2と3も追随した。

「そうですよー。絶対損させませんからー。報酬の取り分はエリアスさんが多めでいいですしー」
「それ以外にもいろいろサービスしちゃうから! 濃厚なヤツ!」

 ここでキャピ星人全員が身をくねらせてキャーと黄色い声を上げた。サービスって何する気よ? 爽やかな朝食時に出していい話題?

「私ぃ、エリアスさんに助けてもらって以来、あなたを忘れられなくてぇ」
「あたしもー!! あの出会いは運命だったよねー!」
「あの時は全滅を覚悟したもんね、エリアスさんがたまたま通り掛かってくれなかったら……」

 説明台詞を整理して推測してみた。過去にミッションでキャピパーティが危機に陥った時に、たまたま別の依頼を受けて同じフィールドに居たエリアスが颯爽と助けに入った……、そんなところかな?

「冒険者同士助け合うのは当然のことだ。気にしなくていい」

 エリアスはクールに返した。だが女性に恥をかかせてはいけないと教育されているのだろう、彼女達を追い払うことはしなかった。

「でもでもぉ、それじゃあ私達の気が済みませんよぉ」
「そうです。お礼をしたいんです!」
「とは言っても私達は身体が資本だからぁ、この身体でお礼するしかないんですけどぉ」

 ここでまたキャピ1~3はキャーッと騒いだ。私には彼女達にヤキモチを焼く資格なんて無いけれど、正直言って面白い展開ではなかった。
 エリアスは彼女達にニッコリと微笑んだ。

「それは素晴らしい心がけだ。なら別の冒険者の危機的状況に遭遇した時、今度はキミ達が身体を張って助けてやるといい」

 おお~! 上手に切り返したエリアスは、食べ終わった自分の皿をカウンターに返却し、さっさと食堂を後にした。

「まっ、待って下さいよ、エリアスさーん!!

 三人のキャピ達も慌てて彼の後を追って姿を消した。嵐のような一団だったな。それにしても……。

「挨拶くらいしてくれると思ったのに」

 こちらに一言も無かったエリアスの態度に寂しさを感じて、私はつい愚痴ってしまった。いつもだったら向こうからいろいろ話し掛けてくれるのに。
 ルパートが食後のお茶を飲みながら言った。

「ばーか。あの状態でエリアスさんがおまえに声掛けたら、女三人におまえが睨まれることになるだろうが」

 ……あっ、そうか。エリアスは私を護る為に私を無視したのか。それが解った途端に心が温かくなった。私ってば単純。

「キミは人のことはよく見えるのですね。その調子で自分の行動も(かえり)みてもらいたいところですが」

 キースがルパートに釘を刺しているところに、静かにマキアとエンが私達のテーブルに登場した。

「……あっちでエリアスさんが、お姉さん達に囲まれてモテてたよ。いいなぁ……うっ!」

 マキアは片手で頭を支えた。私より酷い二日酔いのようだ。

「ちょっと大丈夫?」
「うん……。マーカスさんに薬貰って飲んだから、たぶんあとちょっとしたら軽くなる……」

 呆れたようにエンが言った。

「下戸に近いくせにあんなに飲むからだ」
「だって、ロックウィーナと飲めて嬉しかったんだもん。楽しかったんだもん」

 マキアは女性が大好きみたいだ。だから私が特別という訳ではないだろうが、同世代の青年に女扱いされたことが無かったのでこちらも嬉しい。

「私もね、実はお酒あんまり得意じゃないのよ。だから今度はアルコール無しでご飯食べていろいろお喋りしようね?」

 私の言葉にマキアは嬉しそうに頷いた。可愛い。
 そこへ去ったはずのエリアスが戻ってきた。今度は独りだった。キャピキャピ達を撒いたようだ。
 彼は真っ直ぐ私の元へ来て、私の空いていた左手を両手で握った。

「ロックウィーナ、さっきの女性達のことは誤解しないでくれ。私の心はキミ独りのものだ」

 これもまた朝の食堂に相応しい光景じゃない。嬉しい、嬉しいんだけどエリアスさん、私達は友達だという設定をお忘れですよ?
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登場人物紹介

【ロックウィーナ】


 主人公。25歳。冒険者ギルドの職員で、冒険者の忘れ物を回収したり行方不明者を捜索する出動班所属。

 ギルドへ来る前は故郷で羊飼いをしていた。鞭の扱いに長け、徒手空拳も達人レベル。

 絶世の美女ではないが、そこそこ綺麗な外見をしているのでそれなりにモテる。しかし先輩であるルパートに異性との接触を邪魔されて、年齢=恋人居ない歴を更新中。

 初恋の相手がそのルパートだったことが消し去りたい黒歴史。六年前に彼に酷い振られ方をされて以来、自己評価が著しく低くなっている。

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