仮終幕 こんな結末は認めない!!!!
文字数 3,777文字
嘆いて、後悔して、エリアスにしっかりと抱きしめられていたはずの私は、不思議な浮遊感を体験した。身体がふよふよと水の中を漂う感覚だ。
何だろうと瞼 を開けた私の眼前には暗闇が広がっていた。
……え?
傍に居たエリアスは何処に? ルパートとキースの姿も見えない。
泣き過ぎて目がおかしくなってしまったのだろうか?
焦る私の耳に誰かの声が届いた。とうとうと、本を朗読しているかのような声だった。
☆☆☆☆☆☆
マキアとエンの死を目の当たりにして満身創痍 となった私は、自力で歩くこともままならなかった。そんな私を帰りの馬車が待つ場所まで背負ってくれたのはエリアスだった。
大剣をルパートに預けたエリアスの背中は広く、鎧越しだというのに温かかった。
出会った時は私が背負った彼。今は彼に背負われている私。
☆☆☆☆☆☆
……え、これは私のこと?
……私のこと、だよね。闇の中に独りで居るんじゃなくて、私は今エリアスに背負われているの?
それならちょっと待って。私もう少しマキアとエンの傍に居たい。
エリアスさん、背負って頂いて悪いんですがお願いしますGOバック。
☆☆☆☆☆☆
帰りの馬車に揺られながら、私はただ窓の外を眺めていた。とは言っても頭に風景の情報など入ってこなかった。ただ、見ていただけだ。
怖かった。知った人間が急に居なくなったことに身体の震えが止まらなかった。
エリアスが握ってくれている手。そこから伝わる彼の体温に私は励まされた。思い返せば私が不安を感じた時、エリアスは敏感に察知していつも元気づけようとしてくれた。
☆☆☆☆☆☆
いつの間にか馬車に乗せられてしまった!? 嫌嫌嫌嫌。マキアとエンの元へ私を戻して!
っていうか、私の周り真っ暗だよ? 景色なんて見えやしない。エリアスもルパートもキースも傍に居るの?
それとこのモノローグ風なナレーションは誰がしているの!?
私じゃないよ! 二人のことが悲しくてまだ混乱中だから、こんなに理路整然と語れないから!!
☆☆☆☆☆☆
冒険者ギルドへ私は戻ってきた。マキアとエンの殉職はルパートの口からギルドマスターへ報告された。
マスターは一言、「解った、お疲れさん。ひとっ風呂浴びてさっぱりしてこい。今日はもう休め」それだけ言って奥へ引っ込んでしまった。
☆☆☆☆☆☆
ねぇ、さっきから何で勝手に話が進んでいるの?
あと細かいこと言うようだけどマスターのあれ、一言じゃないよね?
☆☆☆☆☆☆
翌日から私達は通常業務に戻った。レクセン支部の若い二人の死を受けて、冒険者ギルドはアンダー・ドラゴンから手を引くことになった。ギルドでは戦力不足だと判断されたのだ。
アンダー・ドラゴンの案件は完全に王国兵団へと移った。最初から王国兵団が主導で動いてくれていれば、マキアとエンは犠牲にならずに済んだのに……!
二人を助けられなかった後悔、そして仇を討てないイラ立ちが私の心を苛 んだ。
☆☆☆☆☆☆
……………………。
☆☆☆☆☆☆
やさぐれた私の癒しとなってくれたのはエリアスだった。
彼はアンダー・ドラゴンの一件以来、毎日のように冒険者ギルドへ私に会いにきてくれた。
優しく紳士的なエリアス。私はいつしか彼の来訪を待ち望むようになっていた。
デートらしきものも挟みながら二年、私達はゆっくりと距離を縮めていった。
☆☆☆☆☆☆
…………二年!? 二年んん!?
☆☆☆☆☆☆
膝を折ったエリアスにプロポーズされた時、私にもう迷いは無かった。
この人と一緒なら身分差も乗り越えていける。この人の為ならどんな努力も厭 わない。
共に生きよう。
そうして私はエリアスの婚約者となった。
☆☆☆☆☆☆
噓おぉぉ!! 二年スキップしたかと思ったら今度は婚約!? 急展開過ぎて思考が付いていけない! どうなってんの!?
私のことのはずなのに全く実感が湧かない。まるで他人事だよ。
マキアとエンの死を予測した時のように、また知らないはずの未来を見ているのだろうか。
☆☆☆☆☆☆
婚約の報告をしにエリアスの故郷へ二人で向かった。
庶民の私がエリアスの親族に受け入れてもらえるか心配だったが、ご両親もお兄さんも歓迎してくれた。骨の有る女性が嫁いでくれるようで良かったと。「女子供に優しく」が家訓のモルガナン家だが、それはあくまで対外的なもの。勇者の一族にか弱い令嬢は不要なのだそうだ。
そして盛大に執り行われた結婚式。
ルパートとキースが遠路はるばる参列してくれて、私とエリアスを祝福してくれた。
視界の隅で魔王アルクナイトがお尻をクネらせていたが無視した。
指輪ではなく短剣を交換して、私はロックウィーナ・モルガナンとなったのだった。
☆☆☆☆☆☆
けっ…………こん。私とエリアスが……。
彼のことはとても好きだ。でも結婚を決意するまでの情は育っていない。まだ憧れているレベルだ。
二年後に私は彼と結婚するのか。マキアとエンのことが悲しい今の気持ちを忘れて?
☆☆☆☆☆☆
結婚してすぐにエリアスは爵位を受勲し子爵となった。自動的に私は子爵夫人となった。
ガラじゃないよね? でもそんなことは言っていられない。辺境伯である父親の手伝いをする為に留守がちな夫に代わり、私が国から賜った領地と領民を護らなければ。
猛勉強をしながら領地管理に奮闘する日々が始まった。
授かった四人の子供達の育児も加わり、忙しさと騒々しさで目が回りそうだったが、執事やメイド達の献身的な補佐のおかげで何とか乗り切った。
大変だけれど充実した日々。私は幸せだ。
☆☆☆☆☆☆
ふおぉ! 私ってば将来四人も産むんだ、子だくさんだね!
☆☆☆☆☆☆
エリアスを背負ったあの日、私達の運命は決まっていたのかもしれない。
お互いに少し老けたが、エリアスは変わらぬ微笑みで私を見つめる。私も彼を見つめ返す。
この日々が永遠に続くことを、私は願わずにいられない。
☆☆☆☆☆☆
……………………。
……………………。
……………………。
ずっと続いていたナレーションが止まった。代わりにエリアスと私の結婚式を描いた一枚絵が暗闇に大きく表示された。finの文字と共に。
「……何コレ」
私はしばらくその絵を見ていたが、そのうちに腹が立ってきた。
「何なのよコレ、馬鹿にしてんの?」
これでは未来予測というより、まるで恋愛小説のエピローグ部分を読み聞かされたかのようだ。私の大切な人生なのに、ずいぶんと軽く扱われたような不快感が残った。
「ねぇ、あなたは誰よ?」
私は暗闇へ声を掛けた。
「あなたのことよ。もっともらしくナレーションで私の心情を表現してくれた誰かさん」
そこに居る。そう確信して私は暗闇を睨みつけた。
「私の気持ちを勝手に代弁しないで。そもそも間違ってるから。たとえ二年という歳月が経過しても本当の私ならきっと、マキアとエンのことを引き摺 り続けてる。私達を助ける為に自爆までした友達を忘れて、エリアスさんとの未来を前向きに考えることなんてできない」
涙が頬を伝う感触が有った。そうだ、この感情こそが真実。
別れの言葉すら言えなかった友達の死。そんな簡単に吹っ切れるものか。
『受け入れて』
暗闇から返答が有った。少しエコーが掛かっているが、まだ若い女性の声に聞こえた。少女かもしれない。
『エリアスは優しいでしょ? 彼と結婚することであなたは幸せになれるのよ?』
「そうだね、エリアスはとても優しい。彼に不満なんて無いよ」
『だったら……』
「でも、この胸の痛みは消えない」
暗闇の声は少しの間沈黙したが、すぐに同じ主張を繰り返した。
『エリアスと結ばれることが一番の幸せなのに』
「勝手に決めないで」
『エリアスじゃ駄目なの? 別の人が良いと言うの? キース? ルパート?』
「そういうことじゃない!」
私に怒鳴りつけられて、謎の声の主は怯えたようだ。
『怒らないで。あなたまで私に逆らうの?』
「……あなたまで? 他に誰が?」
『アルクナイトよ。彼のせいで私の世界は混乱し始めている』
魔王が?
「ねぇ、あなたは誰なの?」
『知らなくていい。ロックウィーナ、あなたは私の造った世界でエリアスと幸せに暮らすの。……私のことを思い出さないで』
造った世界? それに、「思い出さないで」?
私は以前にもある人物に同じことを言われていた。
「あなたは、夢で出会った少女なの?」
『……余計なことは考えずに、エリアスを受け入れて』
「できない」
『どうして!』
「私の心の大半を占めているのが、マキアとエンが死んだ悲しみだから」
人の心はそんな単純なものではない。六年前にルパートにフラれたことを未だに吹っ切れていない私だ。マキアとエンのことは生涯忘れないだろう。
『あなたは何を望むの?』
「友達の救出よ。彼らが生きていた時間に戻りたい」
『過去を書き換えたら未来も変わるの。エリアスと結婚することができなくなるかもしれない。それでも?』
私は暗闇に浮かぶ絵を見据えた。寄り添って幸せそうに笑う二人。
「……それでも。私は友達を救いたい。それが叶うなら一生独身でもいい」
決意を現す為に私は大声で叫んだ。
「こんな未来は……、こんな結末は認めない!!!!」
その瞬間、絵がガラスのようにひび割れて粉々になった。そして眩しい光が私の目をくらませた。
何だろうと
……え?
傍に居たエリアスは何処に? ルパートとキースの姿も見えない。
泣き過ぎて目がおかしくなってしまったのだろうか?
焦る私の耳に誰かの声が届いた。とうとうと、本を朗読しているかのような声だった。
☆☆☆☆☆☆
マキアとエンの死を目の当たりにして
大剣をルパートに預けたエリアスの背中は広く、鎧越しだというのに温かかった。
出会った時は私が背負った彼。今は彼に背負われている私。
☆☆☆☆☆☆
……え、これは私のこと?
……私のこと、だよね。闇の中に独りで居るんじゃなくて、私は今エリアスに背負われているの?
それならちょっと待って。私もう少しマキアとエンの傍に居たい。
エリアスさん、背負って頂いて悪いんですがお願いしますGOバック。
☆☆☆☆☆☆
帰りの馬車に揺られながら、私はただ窓の外を眺めていた。とは言っても頭に風景の情報など入ってこなかった。ただ、見ていただけだ。
怖かった。知った人間が急に居なくなったことに身体の震えが止まらなかった。
エリアスが握ってくれている手。そこから伝わる彼の体温に私は励まされた。思い返せば私が不安を感じた時、エリアスは敏感に察知していつも元気づけようとしてくれた。
☆☆☆☆☆☆
いつの間にか馬車に乗せられてしまった!? 嫌嫌嫌嫌。マキアとエンの元へ私を戻して!
っていうか、私の周り真っ暗だよ? 景色なんて見えやしない。エリアスもルパートもキースも傍に居るの?
それとこのモノローグ風なナレーションは誰がしているの!?
私じゃないよ! 二人のことが悲しくてまだ混乱中だから、こんなに理路整然と語れないから!!
☆☆☆☆☆☆
冒険者ギルドへ私は戻ってきた。マキアとエンの殉職はルパートの口からギルドマスターへ報告された。
マスターは一言、「解った、お疲れさん。ひとっ風呂浴びてさっぱりしてこい。今日はもう休め」それだけ言って奥へ引っ込んでしまった。
☆☆☆☆☆☆
ねぇ、さっきから何で勝手に話が進んでいるの?
あと細かいこと言うようだけどマスターのあれ、一言じゃないよね?
☆☆☆☆☆☆
翌日から私達は通常業務に戻った。レクセン支部の若い二人の死を受けて、冒険者ギルドはアンダー・ドラゴンから手を引くことになった。ギルドでは戦力不足だと判断されたのだ。
アンダー・ドラゴンの案件は完全に王国兵団へと移った。最初から王国兵団が主導で動いてくれていれば、マキアとエンは犠牲にならずに済んだのに……!
二人を助けられなかった後悔、そして仇を討てないイラ立ちが私の心を
☆☆☆☆☆☆
……………………。
☆☆☆☆☆☆
やさぐれた私の癒しとなってくれたのはエリアスだった。
彼はアンダー・ドラゴンの一件以来、毎日のように冒険者ギルドへ私に会いにきてくれた。
優しく紳士的なエリアス。私はいつしか彼の来訪を待ち望むようになっていた。
デートらしきものも挟みながら二年、私達はゆっくりと距離を縮めていった。
☆☆☆☆☆☆
…………二年!? 二年んん!?
☆☆☆☆☆☆
膝を折ったエリアスにプロポーズされた時、私にもう迷いは無かった。
この人と一緒なら身分差も乗り越えていける。この人の為ならどんな努力も
共に生きよう。
そうして私はエリアスの婚約者となった。
☆☆☆☆☆☆
噓おぉぉ!! 二年スキップしたかと思ったら今度は婚約!? 急展開過ぎて思考が付いていけない! どうなってんの!?
私のことのはずなのに全く実感が湧かない。まるで他人事だよ。
マキアとエンの死を予測した時のように、また知らないはずの未来を見ているのだろうか。
☆☆☆☆☆☆
婚約の報告をしにエリアスの故郷へ二人で向かった。
庶民の私がエリアスの親族に受け入れてもらえるか心配だったが、ご両親もお兄さんも歓迎してくれた。骨の有る女性が嫁いでくれるようで良かったと。「女子供に優しく」が家訓のモルガナン家だが、それはあくまで対外的なもの。勇者の一族にか弱い令嬢は不要なのだそうだ。
そして盛大に執り行われた結婚式。
ルパートとキースが遠路はるばる参列してくれて、私とエリアスを祝福してくれた。
視界の隅で魔王アルクナイトがお尻をクネらせていたが無視した。
指輪ではなく短剣を交換して、私はロックウィーナ・モルガナンとなったのだった。
☆☆☆☆☆☆
けっ…………こん。私とエリアスが……。
彼のことはとても好きだ。でも結婚を決意するまでの情は育っていない。まだ憧れているレベルだ。
二年後に私は彼と結婚するのか。マキアとエンのことが悲しい今の気持ちを忘れて?
☆☆☆☆☆☆
結婚してすぐにエリアスは爵位を受勲し子爵となった。自動的に私は子爵夫人となった。
ガラじゃないよね? でもそんなことは言っていられない。辺境伯である父親の手伝いをする為に留守がちな夫に代わり、私が国から賜った領地と領民を護らなければ。
猛勉強をしながら領地管理に奮闘する日々が始まった。
授かった四人の子供達の育児も加わり、忙しさと騒々しさで目が回りそうだったが、執事やメイド達の献身的な補佐のおかげで何とか乗り切った。
大変だけれど充実した日々。私は幸せだ。
☆☆☆☆☆☆
ふおぉ! 私ってば将来四人も産むんだ、子だくさんだね!
☆☆☆☆☆☆
エリアスを背負ったあの日、私達の運命は決まっていたのかもしれない。
お互いに少し老けたが、エリアスは変わらぬ微笑みで私を見つめる。私も彼を見つめ返す。
この日々が永遠に続くことを、私は願わずにいられない。
☆☆☆☆☆☆
……………………。
……………………。
……………………。
ずっと続いていたナレーションが止まった。代わりにエリアスと私の結婚式を描いた一枚絵が暗闇に大きく表示された。finの文字と共に。
「……何コレ」
私はしばらくその絵を見ていたが、そのうちに腹が立ってきた。
「何なのよコレ、馬鹿にしてんの?」
これでは未来予測というより、まるで恋愛小説のエピローグ部分を読み聞かされたかのようだ。私の大切な人生なのに、ずいぶんと軽く扱われたような不快感が残った。
「ねぇ、あなたは誰よ?」
私は暗闇へ声を掛けた。
「あなたのことよ。もっともらしくナレーションで私の心情を表現してくれた誰かさん」
そこに居る。そう確信して私は暗闇を睨みつけた。
「私の気持ちを勝手に代弁しないで。そもそも間違ってるから。たとえ二年という歳月が経過しても本当の私ならきっと、マキアとエンのことを引き
涙が頬を伝う感触が有った。そうだ、この感情こそが真実。
別れの言葉すら言えなかった友達の死。そんな簡単に吹っ切れるものか。
『受け入れて』
暗闇から返答が有った。少しエコーが掛かっているが、まだ若い女性の声に聞こえた。少女かもしれない。
『エリアスは優しいでしょ? 彼と結婚することであなたは幸せになれるのよ?』
「そうだね、エリアスはとても優しい。彼に不満なんて無いよ」
『だったら……』
「でも、この胸の痛みは消えない」
暗闇の声は少しの間沈黙したが、すぐに同じ主張を繰り返した。
『エリアスと結ばれることが一番の幸せなのに』
「勝手に決めないで」
『エリアスじゃ駄目なの? 別の人が良いと言うの? キース? ルパート?』
「そういうことじゃない!」
私に怒鳴りつけられて、謎の声の主は怯えたようだ。
『怒らないで。あなたまで私に逆らうの?』
「……あなたまで? 他に誰が?」
『アルクナイトよ。彼のせいで私の世界は混乱し始めている』
魔王が?
「ねぇ、あなたは誰なの?」
『知らなくていい。ロックウィーナ、あなたは私の造った世界でエリアスと幸せに暮らすの。……私のことを思い出さないで』
造った世界? それに、「思い出さないで」?
私は以前にもある人物に同じことを言われていた。
「あなたは、夢で出会った少女なの?」
『……余計なことは考えずに、エリアスを受け入れて』
「できない」
『どうして!』
「私の心の大半を占めているのが、マキアとエンが死んだ悲しみだから」
人の心はそんな単純なものではない。六年前にルパートにフラれたことを未だに吹っ切れていない私だ。マキアとエンのことは生涯忘れないだろう。
『あなたは何を望むの?』
「友達の救出よ。彼らが生きていた時間に戻りたい」
『過去を書き換えたら未来も変わるの。エリアスと結婚することができなくなるかもしれない。それでも?』
私は暗闇に浮かぶ絵を見据えた。寄り添って幸せそうに笑う二人。
「……それでも。私は友達を救いたい。それが叶うなら一生独身でもいい」
決意を現す為に私は大声で叫んだ。
「こんな未来は……、こんな結末は認めない!!!!」
その瞬間、絵がガラスのようにひび割れて粉々になった。そして眩しい光が私の目をくらませた。