第14話 楽園

文字数 2,901文字

 女皇帝が離宮に移って数年後。
離宮は今や美しく改装されて、そればかりではなくほっとする人の暮らしが感じられた。
家令の尾白鷲(おじろわし)に案内されて、棕梠春北風(しゅろはるぎた)が離宮を訪れていた。
山のようにお菓子や果物を持ってくるのは、子供達の為。
佐保姫残雪(さほひめざんせつ)が叔母を迎えた。
「雪ちゃん、黒北風(くろぎた)からよ。試作品(サンプル)ですって」
大きな包みを見せる。
残雪(ざんせつ)は厳重な梱包を解くと、中から現れた大理石の彫刻を取り出した。
ほんの少し薔薇(ばら)色を含んだミルク色の大理石に草花の意匠が彫り込まれていた。
「きれい。すてき、いいわね」
現在建設中の大聖堂のステンドガラスの飾り窓を残雪(ざんせつ)が施工する事になっていた。
その周りに、母が彫り出した美しいアラベスク模様の彫刻を設置しようと考えていたのだ。
五位鷺(ごいさぎ)が私財から支出して蛍石(ほたるいし)奉呈(ほうてい)する建築中の大聖堂は、来年にはほぼ完成する予定。
「これがあと6つ欲しいの。ママ、間に合いそう?」
春北風(はるぎた)が首を傾げた。
「どうなのかしらね?今は百目木(どうめき)さんとこから頼まれた玄関先の窓枠をカンカン作ってたけど」
黒北風(くろぎた)は彫刻家、どちらかと言ったら職人であり、あちこちから発注を受けている。
「これは私から。ほら、ぶどう畑を買ったじゃない?近くに新しい鉱山を見つけてね。先月行って来たの」
言いながら、まだ原石の巨大なルビーを見せる。
春北風(はるぎた)は宝石商であちこち飛び回っている。
これでは確かに、青蛙本舗(カエルマーク)はますます本業がわからないと言われているはずだ。
すぐに、足音がして残雪(ざんせつ)の娘の春北斗(はるほくと)が部屋に飛び込んできた。
「春おばあたま!」
「チビ春!あんたは仔馬のような足音ね。まあ、これなあに?ひょうたん?」
春北斗が手に持っているものを見せた。
「カボチャよ。お夕飯に食べるの」
変でしょ、と残雪が笑った。
かぼちゃと言えば緑や橙色の丸い扁平のあの野菜だろうに。
「バターナッツっていうカボチャなの。五位鷺(ごいさぎ)が試しに作ったら、豊作ですごいのよ」
黒北風(くろぎた)は信じられないと言うように目を見開いた。
「総家令が、農作業しているの?!」
「そうなの。本当は、丸いのが良かったのよ。ハロウィンに飾るんだから。でも、できたらこんなの」
誰しもが初めてで手探りだったので、わからなかったのだ。
カボチャというのは、一回縦に伸びてきっとここから丸くなるんだなあ、なんて五位鷺(ごいさぎ)と真面目に話していたのだ。
蛍石(ほたるいし)に至っては、カボチャが成っているのも初めて見て、花が咲いたと嬉しくなりあちこちに飾っていたくらいだ。
こんなにお花が咲いて楽園みたい、と彼女は無邪気に喜んでいた。
「大袈裟ね、カボチャの花よ?」と残雪(ざんせつ)は笑ったが、蛍石(ほたるいし)に取ったらそれで満足だったらしい。
「まさか、カボチャに品種があれこれあるなんて知りませんでね」
「パパ、また取れたの?」
「そうだよ。一日7つは取れるね。カボチャばっかり、どうしようね」
春北風(はるぎた)はまた驚いた。
パパ、と呼ばせているのか。
「総家令。ごきげんよう」
「お久しぶりです。ギルド長も、皆様ご健勝でしょうか」
「ええ。ありがとう存じます」
「ああ、これはお見事だ」
五位鷺(ごいさぎ)は彫刻を凝視した。
まるで本物の花のように見える。
触れたら柔らかく瑞々しいのでは思う程に生き生きと彫られている。
石だと言うのに、なぜこんな表現が出来るのか。
まだ製作途中の残雪(ざんせつ)のステンドグラスも、驚くべき出来。
妻は素晴らしい才能だと五位鷺(ごいさぎ)は大喜びで、蛍石(ほたるいし)はそれ以上に感動していた。
「叔母上にお会い出来て良かったね」
五位鷺(ごいさぎ)がそう言うと、残雪(ざんせつ)が頷いた。
「ええ。ここは居心地はいいけれど、新しいニュースはないから」
宮城から転居して数年たつが、すっかり世間に疎くなってしまった。
この離宮を新たに宮城としての機能にするのかと思ったらそうではなく、蛍石(ほたるいし)五位鷺(ごいさぎ)は都度都度、宮城に出かけていくのだ。
「・・・出稼ぎの皇帝陛下と総家令って言われているのよ」
春北風(はるぎた)が小声でそう言うと、残雪(ざんせつ)五位鷺(ごいさぎ)が笑った。
「・・・退屈?!退屈なの?雪」
どうしよう、と、蛍石(ほたるいし)が慌てた様子で現れた。
腕には太子を抱えて、その太子はカボチャを抱いていた。
春北風(はるぎた)が礼を尽くした。
議会で見かける女皇帝よりだいぶ健康的な印象で、春北風(はるぎた)は驚いた。
あのとんでもないスピードで議題が上がり次々可決否決と処理されて行く議会において、女皇帝(おんなこうてい)や総家令はどの優秀な議員より引けを取らない知性と冷静さを見せていた。
まだまだ勉強不足、議題について行くのがやっとの青息吐息の若手ギルド議員にとっては、憧れでもあり怖れでもある。
宮廷に与えられたギルド議員達の部屋にも出入りをしてあれこれ資料を持って来たり時間調整をする可憐な双子の女家令が「宮廷議会は知性でもってぶん殴り合うんです」「どうぞご遠慮なく」と微笑んだのに、当初、彼女達の可愛らしさに浮き足だっていた若手議員がすっかり顔色を無くしたのにはおかしかったが。
「まあ、陛下、殿下。失礼致しました。ご機嫌よう」
「お久し振りです事。・・・いいんですのよ。どうぞおかけになってくださいまし・・・」
なぜか丁重に蛍石(ほたるいし)が言うのに五位鷺(ごいさぎ)が苦笑した。
やはり蛍石は、残雪と結婚したつもりなのだ。
彼女なりに姑の妹に気を回しているという事らしい。
「蛍、退屈なもんですか。毎日やることいっぱいで、忙しいくらいよ。でも、情報がなくてつまらない」
「私達との暮らしに不満なのかと心配だわ」
「そんなわけないわ」
「本当?」
まるで少女のような女皇帝に春北風(はるぎた)はまたも驚いた。

 沢山のお菓子を渡され、銀星(ぎんせい)春北斗(はるほくと)が嬉しそうに、ほかの家令の子供と食べると言った。
「このクマの形のお菓子と、この飴も好き」
「じゃ、全部持っていこう」
カゴに山のようにお菓子を突っ込んでそのまま子供のいる庭に走り出したのに、五位鷺(ごいさぎ)蛍石(ほたるいし)が慌てて追っかけて行った。
「・・・あなた達、家族なのね・・・」
黒北風は、しみじみと言った。
信じられないほど、不安になるほど。
宮廷に関わる人間達がどれほど特殊なのかは知っている。
この美しく幸せな家庭を守るのに、あの女皇帝と総家令がどれだけの努力をしているかも。
そして、それは、努力という範囲では済まない事も。
どれだけの犠牲の上に成り立っているのか。
だからこそ心配が募る。
けれど、この姪っ子は変わらない。
呑気なのか覚悟が決まっているのか、何も考えていないのか・・・。
「・・・雪ちゃん。廃妃されてご実家にお戻りだったご継室が2人、亡くなったそうよ」
「・・・そう」
残雪(ざんせつ)は少しだけ目を伏せた。
彼等がなぜ廃妃に処されたのは詳細は誰にも話してはいないが、恐らくこの叔母も母も、きっと知っているのだろう。
特に、父はギルドのうちでも情報収集能力や分析にとても長けているから。
今はギルド議員長として宮廷の議会で手腕を発揮しているそうだ。
見た目がのんびりしているが、ああいう村長様みたいなタイプがある集団では活躍する。
「まだ、公表はしてないけれどね。おひとりは交通事故ですって。どなたか女性とだとか。もうおひとりは、急なご病気ですって」
それから、春北風(はるぎた)は自分が知りうる限りの情報を話した。
残雪(ざんせつ)は驚いた様子も無く静かに聞いていた。
「ご正室は?」
「ご正室?いえ、特には・・・」
「・・・そう」
残雪はまた頷いた。

 
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登場人物紹介

棕梠 佐保姫残雪《しゅろ さほひめ ざんせつ》

継室候補群のひとつであるギルド系の棕梠家の娘。

蛍石女皇帝の皇子の乳母として宮廷に上がる。

蛍石《ほたるいし》   女皇帝。


五位鷺《ごいさぎ》  蛍石女皇帝の総家令。

八角鷹《はちくま》  宮廷家令 

蓮角《れんかく》  宮廷家令・典医

蜂鳥《はちどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の娘。

駒鳥《こまどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の息子。

日雀《ひがら》   宮廷家令 

山雀《やまがら》の双子の姉。

山雀《やまがら》   宮廷家令  日雀《ひがら》の双子の妹。

海燕《うみつばめ》  宮廷家令

銀星 《ぎんせい》  蛍石と五位鷺の息子

春北斗《はるほくと》  残雪と五位鷺の娘。

橄欖《かんらん》  蛍石と正室の娘。

尾白鷲《おじろわし》 宮廷家令

東目播 十一 《ひがしめばる じゅういち》 

家令名 慈悲心鳥《じひしんちょう》。

花鶏《あとり》 宮廷家令


竜胆《りんどう》 

蛍石《ほたるいし》の正室。皇后。

楸《ひさぎ》 

蛍石《ほたるいし》の継室。 二妃。

柊《ひいらぎ》の兄。

柊《ひいらぎ》

蛍石《ほたるいし》の継室。 三妃。

楸《ひさぎ》の弟。

棕櫚 黒北風 《しゅろ くろぎた》

残雪の母

春北風《はるぎた》の双子の姉

残雪が総家令夫人となったことでギルド長になる。

棕櫚 春北風 《しゅろ はるぎた》

残雪の叔母

黒北風《くろぎた》の双子の妹



アダム・アプソロン

A国元首

ケイティ・アプソロン

アダムの妻

A国元首夫人



サマー・アプソロン

アダムとケイティの娘

フィン・アプソロン

アダムとケイティの息子

"高貴なる人質"として残雪と交換となり海外に渡る。

コリン・ゼイビア・ファーガソン

A国分析官・尉官

アダムの友人

フィンと残雪の人質交換の任を務めた。

須藤 紗和 《すとう さわ》

東目張《ひがしめばる》伯夫人

橄欖《かんらん》女皇帝の貴族達の友人の1人。

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