第38話 アザレアの手紙
文字数 3,333文字
定例のごく小規模な
居残り説教される程の過失も思い当たら無いのだが、いつも
「あなた、随分噂になってるわよ?」
「・・・はい?」
「女性に、人前で、しかも夜間の屋外で服を脱げと言うなんてどういうつもり?」
耳を疑うような鬼畜の所業。
コリンは何の言いがかりだと驚いて元首夫人を見た。
「いいか、ファーギー、そういうのはいけない。手順があるし、それじゃうまくいかない。まずもって、毎分ごとに機嫌をとれ」
アダムが先輩風を吹かせてアドバイスをした。
クリスマスパーティーの夜のことかとコリンは思い当たった。
「違う!誤解ですよ。貴方がたのせいですよ。・・・あの服!あれはどうやらものすごく苦しいものらしいんです。半日以上食事も出来ず、座ることすら難しく直立不動でいなければならないんです」
今度は夫妻が驚いて目を丸くした。
「・・・あれはそんな恐ろしいものだったのか。まるで呪いの鎧だな。それは申し訳ない事をしたな」
「だからダンスも断っていたのね。皆さん、とても残念がっていたのよ。私のところに雪とのダンスの予約票が来ていたんだから」
それは初耳だとコリンは面白くなく思った。
「コリン、
「鮭とロブスターを一匹づつ」
「なんで鮭と海老?!・・・女性のお宅よ?普通、お花やワインでしょう!?」
「そうだぞ。熊が熊の友達のところに手土産持って行ってるみたいじゃないか」
「いや、あの人達、食い物持って行くのが一番喜ぶから・・・」
特に名物とか名産品が一番受けがいい。
全くもう、とケイティが夫を見た。
「・・・アダムだって、女性のところには、お花とワインとチョコレートくらいは持って行くのでしょうに」
自分に飛び火したのに勘弁してくれとアダムがため息をついた。
夫妻が言わんとするところはわかるのではあるがとコリンはため息をついた。
「・・・白状すると。正直、さっぱり距離が縮まらないんだ・・・・」
やっぱりまだ詰めるほど距離があるのか、とアダムは呆れた。
コリンの父や兄とも親交のある程の長い付き合いだ。
コリンが
距離と言われれば、そう。
その距離はなかなか縮まらないはずだ。
その距離の間に、高く厚い壁も、深い溝もあるのだから。
一瞬黙ってから夫妻が顔を見合わせて、ケイティが口を開いた。
「・・・コリン、これは、雪がこちらに来る前に手紙で知らせて来た事なの。彼女が公表はしないほうがお互いの為にいいと言ってね。我々もそういう事にしていたの」
ケイティが、
無地ではなく、可愛らしい
「・・・雪、お嬢さんがひとりいらっしゃると話していたでしょ?」
「こちらに来る前に急いで家督を譲って、母上と叔母上が補佐をされているとか聞きました。でも提出された書類に彼女の婚姻記録は無かった。つまり未婚で子供をもうけたことになるはず」
その辺の事情はやはり聞きづらい。
そうね、とケイティが頷いた。
「・・・家令と言うのはね、戸籍とか出生証明書のようなものが無いのですって。だから、生きても死んでもいない扱いになるわね」
「我々は、前の女皇帝が暗殺された時に、死傷者の数がこちらの数とあちらの公表の数が違うのは混乱期でもあったからとそれほど気にしていなかった。・・・家令に限って言えばそれは人員の数ではなく、物損という扱いになるからしいんだ。となれば、生死もだけれど、転居とか結婚とか、そう言う書類も存在しない事になるらしいんだな」
なんて非人間的な。
では、あの姉弟もまたそう言う不安定な身の上という事では無いか。
義憤というより悲しみを覚えてコリンは押し黙った。
「・・・その中に、雪の夫にあたる人物がいたと言う事ですか。では、家令?」
「そう。残雪のご夫君はね、女皇帝陛下の総家令だった方だそうよ」
コリンは驚いて無言のまま夫妻の顔を見返した。
几帳面だが、案外可愛らしい字を書く女家令を思い、笑みこぼれた。
以前、
それから、
腹の子の父親である二妃が廃妃になった事。
それは家令の姉弟から聞いてはいたが、悲しく痛ましい事だと思った。
「・・・
家令の姉弟が色めき立った。
「本当ですか?!」
「思ったより早かったなあ。一年チョイくらいかな?」
ほら!と
「本当だ。・・・へぇ、
「いつも気取った字書いて書類を寄越すのにね。二面性を感じるわ」
姉弟はなかなか容赦がない。
「結婚してたのも知らなかったけど・・・。・・・まあ、私ったら。胡蝶蘭も贈らずに」
「は?」
「お祝いは胡蝶蘭、お見舞いはカトレア、お悔やみは菊でしょ?」
「え?そうなんですか?じゃ、この場合、残念でしたねって菊ですか?」
「え?遅れてごめんってまずカトレアじゃない?」
「・・・もう気まずくて何も贈れないわよ。私に教えちゃダメだったの?言ってくれたらちゃんとお祝い送れたのに」
「まあ、貴族同士の結婚ですからね。我々が口を挟む隙間なんかないです」
「そもそも、
「他にも、
「・・・まぁ、
しかし、決定打になったのが、数年前に共に嵐の夜を越えたあの黒毛の馬とは。
もとは
「・・・でも、知らなかったわ。あの子、軍で立派に働いていると聞いていたから」
「立派に働いてましたよ。サラブレッドなのが信じられないくらい、ばんえい競馬並みの働きをしてましたから。あの馬、古代なら
「勝手に生き物を処分するなんて、嫌がらせにしてもたちが悪いわよね。貴族の女ってだから嫌」
「・・・あなた、だからそれは・・・。・・・嫌がらせなんかじゃなく、確認したかったのよ。変な言い方だけど、勿論その後の、愛しているからの赦しも含めてね」
「なんでそんな事を?結局、分かったのは、自分が愚かなのと、夫がサッパリ妻を愛していない事だけなのに」
ああもう、若さって残酷、と
「・・・そんな事しなきゃならないくらいに、彼女は夫を愛していたと言う事よねぇ。やった事はいただけないけど、健気と言えば健気よね」
「明らかに余計嫌われるのがわかっていてもですか?」
「・・・ふうん、
「何が?」
「女皇帝と、
家令の姉弟が心からワクワクした様子なのに、これでは宮廷は大変だろうなあと