第30話 人質サロン
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そして、さらに不思議な事に、元首のアダム・アプソロンのファーストレディであるケイティ・アプソロン夫人とその秘書、
特別外交特派員と言う表向きの正式な肩書きは、つまりはある程度のスパイ要員でもある。
牽制の意味を込めて、
また
私室に用意されていた大きなベッドを、
高貴なる人質とは元首への
では寝床が無くてはどうすると言えば、
「ですので、私、週に何度かこちらに出勤致します。通いの人質です」
通いの人質なんかいるかと周囲は驚いたが、しかし
誰も文句を言う筋合いは無い。
到着した当日は、青藍の衣装で誰をも魅了した高貴なる人質が、今や青いスーツを着て日々仕事をこなす様子は、家令服姿の姉弟の姿が無ければ、
かくして、珍しい菓子や茶が振舞われる
"人質サロン"と噂され、
彼等が飢えているのは、情報であり、それは文化なのだと
「雪は、王子様の乳母だったと聞いたわ」
と、フィンの姉であるサマーが言った。
成人を迎えたばかりの輝かしい季節を迎えた年頃の娘で、外国から来た宮廷の特派員に興味津々だ。
特に宮廷と言うものに憧れがあるらしい。
弟ではなく自分が行きたかったわ、と言い、不謹慎だと母親に叱られていた。
「・・・全く。どこから聞きつけてくるのかしら。雪の
「構いませんよ。
そう言うと、サマーは幾分ほっとしたように頷いた。
「でも、まあ、自慢できる事でもないんです。私、あまり母乳出なくて。牛乳を3リットルくらい飲んでも半分も出なかったの。あの牛乳成分はどこに行ってしまったのかしら」
「そうね、そればかりはね。私も2人ともミルクよ」
「おかげでママはお父様のお仕事のお手伝いも出来たし、自分のお仕事も出来たのよね」
「そうなのよ。私ね、ワイナリーを持っているの」
「ぶどう
A国は緯度が高い場所にあり、ぶどうの栽培はあまり盛んで無いと聞いていた。
「まだ始めたばかりよ。三年目」
「すごい事よ。うちもいくつかシャトーを所有しているけど、最初から作り出したわけじゃないもの」
最近、ますます母は彫刻、叔母は宝石にしか興味を示さず、仕方なく
ケイティが、ぜひ今度いらしてと誘った。
「それで、雪はどうしたの?ミルクでいいの?それとも高貴な方は、やっぱりまた別に乳母を雇うものなの?」
ケイティが香り高い茶を口に含みながら尋ねた。
「ええ、それが。結局、陛下が太子様と私の子の分まで母乳を下さって。ウチの子は貰い
本末転倒もいいところだ。
「まあ、なんてお優しい方!」
「そうなんです、とっても優しい方でらした」
残雪は、新しいお茶を入れて勧めた。
「雪、私達、そちらの事情に明るく無いものですから、失礼を承知で伺いますけど、前の女皇帝様に、旦那様は何人いらした事になるの?」
女性達が興味津々に尋ねた。
「ええと。三人です」
言いながら、
「はい。ご正室様の他に二人のご兄弟のご継室様がいらっしゃいました」
若く端正な家令にそう言われ、女達がどぎまぎしていた。
「ねぇ、それって。・・・恋人とか愛人ということ?」
一夫一婦制の彼女達からしたら、なかなか理解し難い事らしい。
「いえ、皆様正式なお妃様です。ただ、序列があるので待遇が違います。宮廷には、他には公式寵姫という肩書きの方も存在します」
女達は異国の宮廷の有り様を様々に受け止めながら聞き入っていた。
「前女皇帝様には、どうしても継室か公式寵姫にしたい方がお一人いらっしゃいましたけれど、これはかないませんでした」
まあ!と全員がため息をついた。
「女王様に恋されて乞われてその地位が叶わなかったなんて。どんなすてきな殿方なのかしら」
サマーの夢見るような口調に
「現在の女皇帝陛下にも、ご正室様がお一人、ご継室様が二人いらっしゃいますよ。近くオリンピックに出る予定の方もいらっしゃいます。皆様、それはそれは文武両道、眉目秀麗な方と評判です」
多少は
元老院筋の皇太后一族が、皇帝の為に用意した粒揃いの后妃達。
女達が顔を見合わせた。
「まあ、なんだか、すべて野蛮な習慣だけど。・・・羨ましい」
どっと笑い声が起きた。
それから女達は、宮殿では女皇帝はじめ女性達はどのような装いをしているのか、どのような華やかな催し物があるのかを尋ね、家令の姉弟が話す内容に楽し気に頷き合っていた。