第47話 最後の牡鹿
文字数 2,348文字
では、我々は少しのんびりできるかな、と茶化しながら、アダムが
「全く。ファーギーは浮かれてる事だろう」
アダムは言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうに言った。
ぶどうというのは果実の中でも発酵が早く、いわゆる
「穀物から醸造するお酒ではこうは行きませんものね」
まだ青く若い。ざらりと舌に残り刺激する酸味と香り。
しかし、時間をかけて熟成させれば、これが独特の風味になるであろう期待が持てた。
「・・・・粗削りだけれど、野性味があって。ここの環境そのまま凝縮したみたいな仕上がり」
「先輩に及第点頂けてよかった」
アダムが笑った。
「・・・・今のこの国そのままのようだろう?」
そう言って、優しく微笑んだ。
ああ、終わりが近づいて来ているのか。
と
昨年から、かつて小国として存在していた地方や、その外側の小国群の動きが活発になって来ていた。
あちこちで小さな反乱、蜂起が起きてはその度に、軍未満の平定隊が争乱を納めに出かけていた。
コリンもその度に出動していた。
今回は久々の休暇として、
「・・・・雪、少し聞きたいことがある」
改めて言われて、
ケイティが不在の時の今だ。
きっと、彼女には知られたくないのだろうとは思っていた。
「・・・近隣の国の小競り合いが頻繁に起きているのは当然耳にしているだろう。地方都市ではまた大規模な動乱が起きて、ようやっと先月平定された。コリンには苦労をかけたよ」
恋人同士になったと聞き、喜んだもののすぐに離れる事になった二人には申し訳なく思っていた。
「・・・アダム。お大変な心労と思います。・・・・ケイティも少しお痩せになった」
そうだな、とアダムが痛みを感じるような表情で頷いた。
「雪、君は後どのくらいだと思う?」
「・・・・私の感覚だと、春まで保たないのではないかと思うの・・・。でも、この子達は、もっとシビアだと思う。
「・・・申し上げます。クリスマスはなんとか迎えられると思います。でも、年を越せるかは疑問です」
あと
アダムは少し顔色を変えたが、そうか、と短く呟いた。
「改めて。私共はそのまま宮廷に伝えるだけです。その先の判断は我々は出来ません。けれど、伝える事は出来ます」
遠回しに、亡命を希望してはどうかという提案だ。
「・・・・ありがとう、
「・・・・身勝手で困難な事を言っているのは承知の上で頼みたい。・・・フィンは・・・最悪の場合は、その生死は問わない」
絞り出すような声であった。
「いいえ。私が無事ならば、フィンだって無事よ」
「閣下。私共の
「分かっているよ。でも、この先の状況次第では、あの子の立場では持て余され憎まれる事もあるだろう。それを押して助ける事で、君たちや、我が国の負債になってはいけない」
これは母親であるケイティには聞かせられないはずだ。
かつての自分の状況と重なり、
「・・・それから。我々はひとつの思想を掲げて立ち上がった世代に賛同した知識階級だ。つまり、君の女皇帝陛下や父君を殺したメンバーの生き残りとも言える。なのに、君とコリンがこうなってから言うのは卑怯だと思う。だが、どうか、ファーギーを見捨てないでやって欲しい。あいつはね、まだ小さい頃に父と兄を殺されて。母親と姉は亡命したものの行方知れず。混乱した時代だったから、未だに彼女達の追跡が出来ないんだけれど、おそらく・・・」
おそらく、生きてはいまい。
「コリンの父と兄は、我々の精神的な支柱だった。ファーガソン家の男は、皆、
そう言って、アダムは決然と顔を上げた。
「・・・確かにまことに身勝手で、卑怯ですね。でもあなたは鈍感ではいらっしゃない。その上で分かってお話しになるのですものね。・・・閣下、奥方様とご令嬢の御身はお約束します。コリンの事も彼が望むならば手放さない。けれどどうか、フィンの事も諦めないで。私、必ずあの子をママの元に返して見せます。・・・私が初めてこちらに来て、あなたとケイティに会った時、奥様は私に、娘がいるんでしょ、私必ずあなたを無事におうちに返すからねと言ってくれたんだもの」
あの時、
高貴なる人質を返すなんて、下手すれば平和条約を反故にすると思われかねない発言だ。
アダムは驚いて目を丸くした。
「勇ましい奥様をお持ちで旦那様は幸せね」
「ええ。家令にスカウトしたいくらいですわ」