第57話 二匹の悪魔

文字数 2,138文字

 やってくれたな。
十一(じゅういち)橄欖(かんらん)発の親書を放り出した。
尾白鷲(おじろわし)がそれを拾ってテーブルに置いた。
"東目張十一(ひがしめばるじゅういち)は、家令、慈悲心鳥(じひしんちょう)として神殿(オリュンポス)において大神官に臨むべし”という旨の内容。
総家令である海燕(うみつばめ)の印も押印してあった。
こうなってはもはや撤回出来る事は不可能。
「・・・・大したもんねえ。残雪(ざんせつ)様。家令(アンタ)の裏をかいたわ。アンタが雪様を囲い込むような事するからよ。逆に閉じ込められて錠前までかけられる羽目になって」
何だかおかしくて、笑ってしまう。
「・・・笑い事じゃないですよ・・・」
「笑い事ですよ。普段、家令伯爵なんて威張ってるアンタがさぁ」
蛍石(ほたるいし)五位鷺(ごいさぎ)残雪(ざんせつ)が、将来に考えていた計画(けいかく)はいくつかあった。
残雪(ざんせつ)からしたらとても悲しい結果になってしまったけれど、蛍石(ほたるいし)五位鷺(ごいさぎ)に取ったらまだまだ最悪ではなものではない。
彼等にしたら残雪と子供達が生きるならそれはそう悪いものではないから。
ではどうする、彼女には未来があるとして。
「・・・十一(じゅういち)、・・・正直、私からしたら、アンタは今の佐保姫残雪(さほひめざんせつ)に取っていい物件だと思う」
でしょうとも、と十一(じゅういち)は頷いた。
「・・・全世界の殆どの人間がそう思うだろうよ」
「でも、他に選択肢が無いじゃない。アンタがそうしたのよ。・・・蛍石(ほたるいし)様と五位鷺(ごいさぎ)、よく分かってるわよねえ。もしそうなったら、十一(じゅういち)神殿(オリュンポス)にぶち込んでやれと言ってたらしいわよ」
当時は、残雪(ざんせつ)は、ハイハイと返事をして、さして本気にもして無かったそうだけれど。
「・・・死んでからも邪魔をする。・・・悪魔め」
二匹の悪魔もいいところだ。
あの二人は、自分が欲しいものを全部手に入れて、勝手に死んでしまった。
残された方は、手に負えない世界を押し付けられて、戸惑い、何とか奮闘するけれど、どれが正解だったのかなんていつになっても計り知れない。
更には、同じように取り残されたはずの残雪(ざんせつ)までも永遠に手に入らない。
「・・・十一(じゅういち)、アンタはね、あっと言う間に幸せになりたいのよ。雪様は、蛍石(ほたるいし)様も五位鷺(ごいさぎ)の事もすごい速度と濃度で幸せにしちゃったから。あんなの異常。普通じゃないわよ」
尾白鷲(おじろわし)が弟弟子の正面のソファに座った。
「雪様なら、確かに間違いなく幸せにしてくれるわよ。私らそれ見ていて知ってるんだから、よく分かるものね。・・・でもね、アンタが用意していたもの、それは全部退路だわ。アンタだけじゃない。私達が彼の方に提供できるのは、どう頑張ったって退路しかない。雪様に必要なのは、進路、未来。あの方、とても前向きな人だもの」
お前が残雪(ざんせつ)に提供したのは進路じゃなく退路だけ、あの人、お前とじゃ未来なんか見れないんだよ、と言われて、十一(じゅういち)はさすがにショックを覚えて姉弟子を睨みつけた。
しかし尾白鷲(おじろわし)は何も気にせずに続けた。
「どうやって前を見ればいいのかわからない、どうやって幸せになったらいいのかわからない私達はそれが眩しくって、そうだったらいいなあと嬉しくって。どうか幸せにして欲しいと縋り付いてしまいそうだけれど。・・・雪様にその未来を一緒に見れるかもしれない人が現れたなら、お前も、私達も、譲るべきよ」
それにしたってこれは酷い。
残雪(ざんせつ)にどんな決定的な事情があって、こうも激烈に反撃をしてきたものか。
彼女を取り巻く状況は、何も変わっていないはずだ。
何が彼女に火をつけたのだろう。
もう少しで、手に入ったのにと悔やまれる。
十一(じゅういち)ははっとして尾白鷲(おじろわし)を見た。
「・・・姉上ですか・・・」
「私はアンタより長く家令業やってるわけだからね。しばらく神殿(オリュンポス)仕えしてるからと言って怠けちゃいないわよ。コリン様だっけ?なんだか可愛い名前よね。生きてるの知ってたのに黙ってたお前が悪い」
十一(じゅういち)は舌打ちした。
コリン・ゼイビア・ファーガソンが虜囚となるも生存している可能性が高い事は、駒鳥(こまどり)が早い段階で突き止めていた。
だが、それを伏せていたのは自分だ。
痺れを切らした蜂鳥(はちどり)が、亡命していたアダム・エプソロンの同志達を見つけ出し、コリンを捜索させたそうだ。
まずその同志の何某(なにがし)共が、一朝一夕で見つかるわけがない。
この姉弟子が関与していたのだろう。
諜報(エスピオナージュ)に優れた女家令だ。
どこでどんなツテがあるものだかと肝が冷えた。
五位鷺(ごいさぎ)ですら偵知に関しては、尾白鷲(おじろわし)には敵わないと言っていたものだ。
だからこそ橄欖(かんらん)に言い含めて、この姉弟子を宮城から神殿(オリュンポス)に遠ざけていたのに。
「なぜ、知らせる必要があるんです?今や崩壊した国の分析官の生死など、さして影響がない」
「さして影響がないなら、知らせてもいいんじゃない?」
かくして、日雀(ひがら)、その実は山雀(やまがら)が、伯爵と婚約しているという特権で、コリン・ファーガソンとその同輩達を輸入してみせたのだ。
「嫉妬深くてずる賢いお前にバレないようにするの大変だったのよ。コリン様が生きていると知って、雪様がどれほど喜んだか」
戻って来た弟弟子が、雪様からですと言って自分をそっと抱きしめた時は、つい今までのあれこれを思い出し涙を溢しそうになった。
報われない我々の、報われない気持ちが何かとてもいいものに昇華されたような。
そんな事、それこそ家令の人生であまり無い話。
家令は宮廷の備品。
でもだからこそ、出来ることもあるだろう。
亡き女皇帝に、兄弟弟子に、そして残された彼女に報いてみせる、自分達はそう思ったのだ。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

棕梠 佐保姫残雪《しゅろ さほひめ ざんせつ》

継室候補群のひとつであるギルド系の棕梠家の娘。

蛍石女皇帝の皇子の乳母として宮廷に上がる。

蛍石《ほたるいし》   女皇帝。


五位鷺《ごいさぎ》  蛍石女皇帝の総家令。

八角鷹《はちくま》  宮廷家令 

蓮角《れんかく》  宮廷家令・典医

蜂鳥《はちどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の娘。

駒鳥《こまどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の息子。

日雀《ひがら》   宮廷家令 

山雀《やまがら》の双子の姉。

山雀《やまがら》   宮廷家令  日雀《ひがら》の双子の妹。

海燕《うみつばめ》  宮廷家令

銀星 《ぎんせい》  蛍石と五位鷺の息子

春北斗《はるほくと》  残雪と五位鷺の娘。

橄欖《かんらん》  蛍石と正室の娘。

尾白鷲《おじろわし》 宮廷家令

東目播 十一 《ひがしめばる じゅういち》 

家令名 慈悲心鳥《じひしんちょう》。

花鶏《あとり》 宮廷家令


竜胆《りんどう》 

蛍石《ほたるいし》の正室。皇后。

楸《ひさぎ》 

蛍石《ほたるいし》の継室。 二妃。

柊《ひいらぎ》の兄。

柊《ひいらぎ》

蛍石《ほたるいし》の継室。 三妃。

楸《ひさぎ》の弟。

棕櫚 黒北風 《しゅろ くろぎた》

残雪の母

春北風《はるぎた》の双子の姉

残雪が総家令夫人となったことでギルド長になる。

棕櫚 春北風 《しゅろ はるぎた》

残雪の叔母

黒北風《くろぎた》の双子の妹



アダム・アプソロン

A国元首

ケイティ・アプソロン

アダムの妻

A国元首夫人



サマー・アプソロン

アダムとケイティの娘

フィン・アプソロン

アダムとケイティの息子

"高貴なる人質"として残雪と交換となり海外に渡る。

コリン・ゼイビア・ファーガソン

A国分析官・尉官

アダムの友人

フィンと残雪の人質交換の任を務めた。

須藤 紗和 《すとう さわ》

東目張《ひがしめばる》伯夫人

橄欖《かんらん》女皇帝の貴族達の友人の1人。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み