第24話 白銀に沈む
文字数 2,077文字
列車に乗り込み、ラウンジで過ごしているうちに車両は動き出した。
案内された一両分の貴賓室の豪華さに残雪は驚いた。
「お召し列車に比べたら見劣りするだろう」
特に、五位鷺が蛍石の為に新設させた列車は、金にあかせたもので小さな城のようだった。
蛍石はその当てつけがましいほどの豪華さを「また総家令が女皇帝のご機嫌取りだと言われるわよ」と喜んだらしい。
竣工が迫る大聖堂も、五位鷺が私財で蛍石に寄贈したものであり、それはそれはご立派な箱物だと十一は半分呆れていた。
その女皇帝も総家令ももはやこの世には居らず、残された者がいるだけだ。
十一は荷物を置くと上着を脱いだ。
室内は暖かく、外が吹雪なのを忘れてしまう程。
十一の、お召し列車に比べたら、という言葉に、「女皇帝が、太子である銀星を連れての遠方への行楽でもあれば、夫の総家令と乳母である自分は共にそのお召し列車に乗るような機会もあったかもしれないけれど、どこか行く事もなく死んでしまったから、私はわからない」とは言わずに、残雪が少しだけ振り向いた。
察して、十一もそれ以上は話さなかった。
残雪は、やっとほっとため息をついた。
乗務員にも準王族とその恋人の旅行だと思われている事だろう。
十一が急いで用意した服は、まさにそんな印象のもので、残雪は感心してしまったくらいだ。
それにしても、王族に連なる人間のなんと自由な事だろう。
旅券も滞在許可証も要らず、随行員として認められる数名もほぼ同様であり、更に手荷物検査も通らずに、出発時間のだいぶ前からラウンジに案内され丁重にもてなされるのだ。
ギルドの自分達が、商用滞在許可証を取得するまでに幾つもの書類や煩雑な手続きが必要であり、更に輸入輸出の品物も厳しく検査され、ひどいと何ヶ月も足止めをくらう。
毎回、温度管理が大切なワインがダメになるのではと、実家の人間はヒヤヒヤしていると言うのに。
更に、この貴賓室を数日前に取れるというのが驚きだ。
この待遇の良さでは、十一はこの特権を手放さないわけだと合点が行った。
結露せずに景色が良く見えるのは厳重な三重サッシと窓ガラスのおかげだろう。
車窓からは、美しい銀世界の平原とその奥に森がどこまでも続いて見えた。
たまに車窓からはトナカイやヘラジカの群れや、大鷲や白頭鷲が飛んでいる姿が見えるのだと執事に聞いた残雪が、その姿を探していた。
十一は熱い紅茶を入れて残雪に勧めた。
残雪がカップを受け取り、蒸気を吸い込んでから口をつけて微笑んだ。
「五位鷺が、家令のうちでちゃんとお茶をいれられるのは一人だけと言ってたの。・・・あなただったのね。おいしい」
優雅で力強い茶葉の風味に、残雪は励まされるような気持ちを覚えた。
「・・・こんなとこをよく単騎で来たもんだ」
車窓に広がる雪原を眺めながらそう言った十一に、残雪が小さく笑った。
「本当。トナカイでもないのに、あの馬には気の毒だったわね。・・・こんなに広くて、雪が積もってたなんて。・・・気がつかなかった」
それだけ夢中だったのだろう。
「あの馬、大丈夫?そちらで面倒見て頂いてしまってるけど」
「大丈夫。軍には騎兵隊もいるし、競馬の騎手こそ居ないけど乗馬競技で国際大会に出てる者も多いから扱いには慣れてるし、何より大切にする」
その慣れた者すら、女が一人で夜間の吹雪の中、単騎で120km走って来た事、それが国境破りである事には驚愕していた。
更に、残雪から離れた途端に、人が、いや馬が変わったかのような暴れっぷりにも驚いていたが。
どのような背景の馬なのかと問われて、私もよく知らないけど、発情期にオスを二頭蹴り殺して、レースに出れなかったレディなの、と説明した残雪に部下達は苦笑いをしていた。
この女は一体何者であるのか、誰もが何も聞かないが、噂になっているだろう。
千里を走る思いで愛しい恋人である十一のもとに駆けつけたのか、いやいや、捨てられた恨みを晴らすために殴り込みだとか。
前皇帝の恋人で前総家令の妻だと知ったら部下達は驚いてぶっ倒れる事だろう。
十一に馬の安全は保証すると言われ、残雪は安心して微笑んだ。
「良かった。寒さに強くて一番元気な子を選んで貰ったんだけど、無理はさせたから、飲みたいだけの水と、食べたいだけの草と果物あげて、蹄鉄も替えてあげなきゃだし、ブラッシングもして、お風呂も入れてあげたかったから」
「だいぶ過保護だな。まあ、風呂は無理だけど、あとは大丈夫」
「ギルドでやってる乗馬クラブがあってね、人間用もあるけど、馬用の温泉があるの。怪我をした馬がリハビリしたりも出来て重宝してるのよ」
「へぇ。そりゃいいなあ。騎兵隊でもあるといいな」
予算はつかないだろうから無理だな、と十一は言いながら、自分も紅茶を飲み干した。
小国を2つと、それよりは大きい国を1つ抜けると、A国に入る。
かつての蛍石と五位鷺もこうして同じ道を辿ったのだ。
改めて思う。美しい光景だ。
どこまでも、森の影すら白く白く銀に沈む静謐な世界。
十一は、窓際の残雪越しに風景を眺めていた。
明日の朝には到着するはずだ。
それまで、この雪は止むだろうか。
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