第16話 傷ついた雛鳥

文字数 2,974文字

 女皇帝は、宮城から離宮に住まいを移し皇后と公主を捨てて、愛人と自分の好きなものだけ集めて悠々自適にお暮らしだ、と大多数がそう揶揄(やゆ)していた。
ついに宮廷で使い走りをしていた見習い家令まで離宮に連れて行ってしまったと宮廷の人々は噂しているらしい。
実際、残雪(ざんせつ)の提案で折を見て離宮で遊ばせていた子供達を正式に離宮仕えにしてしまった。
兄弟子姉弟子から「お前達、今日から離宮で皇帝陛下と銀星(ぎんせい)太子様と総家令夫人にしっかりお仕えするんですよ」と言い含められていた家令見習いは少し緊張した面持ちで、離宮の主人達に幼いながらに家令の礼をした。
(はっ)ちゃん、ちょって座って」
残雪(ざんせつ)は家令の蜂鳥(はちどり)を椅子に座らせると、女家令らしく結い上げていた髪を解いておさげに編み、ひまわりの花のついたリボンを結ぶと「可愛い!」と歓声を上げた。
テーブルで残雪の焼いたバナナのケーキを食べてお茶を飲んでいる蛍石と五位鷺がそれを嬉しそうに見ていた。
「えぇ、ずっといいわ。小生意気なチビだと思ってたけど、年相応に可愛くなったこと」
「うん、蜂鳥(はちどり)、お前今日からそうしなよ」
女皇帝と兄弟子に褒められて、蜂鳥(はちどり)は照れたように笑った。
それから残雪は子供達に家令服を脱がせてワンピースやセーラーカラーの服を着せると、上機嫌。
家令の子供達は、宮廷に上がるようになって以来、人前で家令服を脱ぐのは久々だ。
「雪様、これじゃだめですか?」
元の家令の姿では許されないのかと少し不安になった駒鳥(こまどり)がセーラーカラーの上着を着ながら尋ねた。
「これもとってもカッコいいけど。毎日卒業式みたいじゃ疲れちゃうじゃない?おチビさんのうちしか着れない服着ておかないともったいない。ねえ、見てみて」
残雪は大きな鏡を見せた。
おさげにひまわりのリボン、白地に水色の水玉模様のワンピース姿の蜂鳥(はちどり)と、セーラーカラーの上着に同じデザインのズボンの駒鳥(こまどり)の姉弟。
なんと爽やかで可愛らしいのだろうと残雪(ざんせつ)は鏡に写った姉弟に微笑んだ。
その姿を見て、実の両親であるはずの蓮角(れんかく)八角鷹(はちくま)も、娘と息子がまだ子供なのだと今更気付いた程。
「さて。あなたたちもおやつにしましょう。うちには焼けたそばからケーキを食べてしまう大きなネズミさんが2匹もいるから、別にプリンを作っておいたのよ」
デカい鼠とは自分達の事だと蛍石(ほたるいし)五位鷺(ごいさぎ)が吹き出した。

 それからしばらくして、五位鷺(ごいさぎ)が家令服姿の小柄な男児を連れて来た。
「雪、弟弟子を紹介するよ」
小さな家令は、緊張した様子で、残雪(ざんせつ)に家令の礼をした。
宮廷から神殿(オリュンポス)に身柄を移されて、家令としての基本を教わって来たばかり。
彼なりの精一杯の挨拶に「カラクリ人形みたい。なんて可愛いの!」と残雪は大喜び。
五位鷺(ごいさぎ)、そこさっきおチビちゃん達が水遊びしてて、床が濡れてて危ないの。抱っこしてあげて」
残雪(ざんせつ)は心配そうに言うと、五位鷺は弟弟子を抱き上げた。
残雪の目の高さと同じになり、男児はますます戸惑った。
「おチビさん。初めまして。私は、雪というの。お名前は?」
彼は何か言いたげに五位鷺(ごいさぎ)を見上げた。
母が死んで以来、罪を賜った今までの名を口にしてはならないときつく言われていた。
「・・・ああ、まだ家令の名前がないんだ。雪が考えてよ」
「責任重大ね。すてきな名前にしなくちゃね」
言いながら残雪(ざんせつ)は、家令になったばかりの雛の頬を優しく突付いた。
「とりあえず、着替えちゃう?チビッコ達がアナタが来るのわくわくして待ってるから、すぐに水あそびに巻きこまれちゃいますよ」
「水着になるかい?」
雛鳥は首を振った。
「なら、動きやすい服にお着替えしよっか」
五位鷺(ごいさぎ)が微笑んだのに、雛鳥は自分で脱ぎ始めた。
「おりこうさんね。うちのチビッコ達なんて走り回って逃げるか、走りながら脱皮だわ」
次の瞬間、残雪が眉を寄せた。
男児の小さな胸元に赤いケロイド状の傷跡があった。
「・・・まあ、大変。痛かったわね・・・」
雛鳥が一度首を振ってから、小さく頷いた。
「・・・寒いとまだ痛むでしょう?あとで皆で温泉に入るといいわ。五位鷺(ごいさぎ)もあっち痛いこっち痛いって医者にも行かず温泉ばかり。でも何かには効いてるみたいだから」
そんなわけあるか病院に行け、と典医の蓮角(れんかく)は怒っているが。
慢性的な腰痛やら関節痛やら頭痛やらに悩まされている五位鷺(ごいさぎ)は苦笑した。
「猿も熊も鹿も、怪我したら温泉で治すんだよ」
「猿も熊も鹿も、病院あったら行くわよねえ」
残雪が笑って言うのに、つられて雛鳥も笑った。
「まあ、かわいいさんねえ。ちょっと待ってね。おやつがあるから」
手早く服を着せられて、子供用の椅子に座らせられた。
チョコレートのアイスクリームと、赤いサクランボの入ったソーダがテーブルに並んだ。
「パイナップルのソーダなの。飲める?」
雛鳥がまた頷き、炭酸に少し驚いた顔をしたが、嬉しくなったようで微笑んだ。
「・・・花鶏(あとり)ちゃん」
残雪(ざんせつ)がどう?と微笑んだ。
ほぉ、いいな、と五位鷺(ごいさぎ)も頷いた。
「とっても可愛い鳥なのよ」
残雪(ざんせつ)が鳥の図鑑を見せた。
胸がふんわりと赤褐色に染まった小鳥。
「群でいてね。皆で木に止まっていると、お花が満開みたいに綺麗なのよ」
嬉しそうに言う。
「どう?嫌なら、そうねぇ、もっと強そうな・・・。うーん、大きな鳥?ダチョウとかエミューとか?」
「普通、猛禽類じゃないか?」
「・・・奥様、いいです。花鶏(あとり)がいいです」
慌てた様子で雛鳥が小さな声でそう言った。
ダチョウやエミューになっては大変と思ったのと、この胸が花の色をした小さな鳥が気に入ったのだ。
醜い、不吉、不潔、そう言われたこの傷を、花のようと言われた事に、子供ながらに救われた思いだった。
「まあ、奥様だなんてここで言われたの初めて。雪と呼んでね。花鶏(あとり)ちゃん。・・・ねえ、あなた、これから良い事いっぱいよ」
そう言って残雪(ざんせつ)は雛鳥の頬を突っついた。
花鶏(あとり)と名付けられたばかりの彼は、驚いたように目を丸くしてからほんの少し微笑んだ。
すぐに庭先から騒がしい声がした。
突然、子供が4人、窓の向こうから顔を出した。
全員がずぶ濡れ。
「ママ!川に落ちた!」
可愛らしい少女が、そう言った。
「あそこまで水遊びしてて今更川になんか落ちたって同じよ」
残雪はそう言い、アイスクリームをひと匙ずつ(すく)って子供達の口の中に突っ込んだ。
「雪、川に落ちたらどうしたらいいの?」
銀星(ぎんせい)が尋ねた。
「ななめに泳げばいいのよ。良い塩梅(あんばい)になったら上がってこれば良いの」
そっか、とうまそうにアイスクリームを舐める。
五位鷺(ごいさぎ)が、濡れて水吸った子供はなんて重たいんだと笑いながら、窓から子供達を引き上げた。
「はい!チビッコの皆さん、新しいメンバーです」
五位鷺が言うと、全員が雛鳥を見た。
花鶏(あとり)だ。蜂鳥(はちどり)駒鳥(こまどり)には弟弟子になるな」
「・・・(こま)、お兄さん?!」
今までは一番下だったが、後輩が出来たと駒鳥(こまどり)が喜んだ。
「雪、大変、雨が降りそうよ」
水浸しで現れた女が言った。
「蛍もずぶ濡れね。今更雨なんか降ったって変わらない・・・」
残雪が吹き出した。
「そりゃそうね」
蛍も笑い、アイスを受け取った。
「蛍!新しいおチビちゃんよ。花鶏(あとり)ちゃん」
雪が抱き上げて、蛍石に見せた。
「雪が名付け親ですよ」
五位鷺(ごいさぎ)に言われて、ふうん、と蛍石(ほたるいし)は雛鳥を見た。
花鶏(あとり)は、この人が女皇帝かと緊張して礼をした。
「・・・お前、ラッキーね。私と同じくらい」
蛍石(ほたるいし)は笑うと、花鶏(あとり)の口にアイスをつっこんだ。
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登場人物紹介

棕梠 佐保姫残雪《しゅろ さほひめ ざんせつ》

継室候補群のひとつであるギルド系の棕梠家の娘。

蛍石女皇帝の皇子の乳母として宮廷に上がる。

蛍石《ほたるいし》   女皇帝。


五位鷺《ごいさぎ》  蛍石女皇帝の総家令。

八角鷹《はちくま》  宮廷家令 

蓮角《れんかく》  宮廷家令・典医

蜂鳥《はちどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の娘。

駒鳥《こまどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の息子。

日雀《ひがら》   宮廷家令 

山雀《やまがら》の双子の姉。

山雀《やまがら》   宮廷家令  日雀《ひがら》の双子の妹。

海燕《うみつばめ》  宮廷家令

銀星 《ぎんせい》  蛍石と五位鷺の息子

春北斗《はるほくと》  残雪と五位鷺の娘。

橄欖《かんらん》  蛍石と正室の娘。

尾白鷲《おじろわし》 宮廷家令

東目播 十一 《ひがしめばる じゅういち》 

家令名 慈悲心鳥《じひしんちょう》。

花鶏《あとり》 宮廷家令


竜胆《りんどう》 

蛍石《ほたるいし》の正室。皇后。

楸《ひさぎ》 

蛍石《ほたるいし》の継室。 二妃。

柊《ひいらぎ》の兄。

柊《ひいらぎ》

蛍石《ほたるいし》の継室。 三妃。

楸《ひさぎ》の弟。

棕櫚 黒北風 《しゅろ くろぎた》

残雪の母

春北風《はるぎた》の双子の姉

残雪が総家令夫人となったことでギルド長になる。

棕櫚 春北風 《しゅろ はるぎた》

残雪の叔母

黒北風《くろぎた》の双子の妹



アダム・アプソロン

A国元首

ケイティ・アプソロン

アダムの妻

A国元首夫人



サマー・アプソロン

アダムとケイティの娘

フィン・アプソロン

アダムとケイティの息子

"高貴なる人質"として残雪と交換となり海外に渡る。

コリン・ゼイビア・ファーガソン

A国分析官・尉官

アダムの友人

フィンと残雪の人質交換の任を務めた。

須藤 紗和 《すとう さわ》

東目張《ひがしめばる》伯夫人

橄欖《かんらん》女皇帝の貴族達の友人の1人。

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