第44話 亡霊

文字数 1,557文字

 山のように土産を持たされた山雀(やまがら)が、また日雀(ひがら)として帰途についた。
公式の出向ではありませんとか言ってたのに、あちこちの夜会(パーティー)に出ては、話題をさらっていた。
美しく着飾った女性が1ダースいようが100ダースいようが、あの姉弟子が現れたなら家鴨(アヒル)と白鳥くらいの差はある。
宮廷育ちで風雅も優雅も恋やら愛の駆け引きも主食におかずに間食にしてきた彼女にとって、この国の牧歌的な程の社交会など、前菜にもなるまい。
スナック菓子をつまむ程の手軽さで、衆目を集め、ホイホイ男を転がされては、見ていて面白いという物見高い者以外には顰蹙(ひんしゅく)でしかない。
あれは道場破りに近い。
元首夫人(ファーストレディ)は、自分が主催でありホスト役のパーティーに、残雪(ざんせつ)のみならず、宮廷文化の粋を集めたような女家令を招く事で、話題にもなり格も上がると喜んでいたが。
蜂鳥(はちどり)は「あの女、クセが悪いんだよ」と舌打ちする。
元首令嬢の婚約者候補を、分かっていて引っかけたのだ。
パーティーの間中、婚約者候補は他の客同様に山雀(やまがら)に夢中になり、結果的にひとりにされたサマーは情けなく恥をかいたと泣いたらしい。
宮廷文化に憧れている若い令嬢に対する「これが宮廷流なんだよ。こんなもんじゃないよ」という挨拶代わりとも、通り魔事件とも言えるわね、と残雪(ざんせつ)が苦笑していた。
女主人が、あの夢見る乙女をなんとかうまいことフォローしてくれていればいいけれど。
全く、嵐のようだったと思いながら、八角鷲(はちくま)に「悪魔が帰った」と連絡すると「もう帰ってくるのか?!」と動揺していた。
駒鳥(こまどり)は「早く引き取って!」と言って通話を切った。

 久しぶりに残雪(ざんせつ)の日常の近くに控える事になって、家令の姉弟が驚いた事の一つには、彼女が随分な宵っ張りであると言う事。
そもそも時差があり実家の家族と電話で連絡しようとすればどうしても夜中になってしまうのだが、その後も仕事をしたりしているのだろう。
蜂鳥(はちどり)は、残雪(ざんせつ)が用意した夜食をつまみながら自分もまた書類整理の為にデスクに向かった。

 夕食後、しばらくして残雪(ざんせつ)が今晩夜勤で寝ずの番の蜂鳥(はちどり)に夜食を用意してからリビングから私室に戻った。
「遅い」
部屋の奥から不機嫌な声がした。
「あら、時間なんて関係あるんですか」
残雪(ざんせつ)が不思議そうに手を差し出した。
「・・・まあ、関係はないけど。でも、待ってた」
残雪(ざんせつ)は微笑んだ。
「お待たせしました」
「人質稼業も大変かい?」
違う声に、頷く。
「まさか、こうなるとは思ってなかったのでね。案外、橄欖(かんらん)様が不安定になっているみたい。蓮角(れんかく)が書いて寄越したの。・・・海燕も大変ね。あの子、橄欖(かんらん)様が大好きね」
笑って、五位鷺(ごいさぎ)の手を取った。
「なんと面倒な。雪で良かったとは決して思わないけど、春じゃなくて、良かった」
父親の顔をして、五位鷺(ごいさぎ)が言った。
さ、早く来てと蛍石(ほたるいし)がソファを叩いた。
「雪ったら、私たちの事なんて忘れたのかと思っちゃう」
「そんなわけないわ。私の愛しい方」
「時間も距離も関係なく、愛しているよ」
「・・・・まあ、しつこい」
3人は在りし日と同じように笑い転げた。

「・・・おはよ、おつかれ」
朝方、寝起きの駒鳥(こまどり)がリビングに現れたのに、夜勤明けの蜂鳥(なちどり)が声をかけた。
「おはようございます、おやすみなさい」
「はいはい。・・・ねぇ。(こま)
「何だよ?」
「昨夜、雪様のお部屋から楽しそうな声が聞こえたんだけど」
「ああ、通話かな?春北斗(はるほくと)じゃないの?時差があるから、夜中電話してんだろ」
二人は仲のいい母娘で、連絡は頻繁にしているし、春北斗(はるほくと)からは、たまに福袋みたいな箱が届く。
ああ、このセンスって五位鷺(ごいさぎ)お兄様の血だわ、と蜂鳥(はちどり)が絶句する程の、混沌としたチョイスであった。
「・・・いえ、女と男の声よ?」
聞いたことがある、忘れるはずの無い声。
・・・でも、まさか。
駒鳥(こまどり)が不思議そうな顔をしたのに、なんでもない、とは蜂鳥は首を振った。

 
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登場人物紹介

棕梠 佐保姫残雪《しゅろ さほひめ ざんせつ》

継室候補群のひとつであるギルド系の棕梠家の娘。

蛍石女皇帝の皇子の乳母として宮廷に上がる。

蛍石《ほたるいし》   女皇帝。


五位鷺《ごいさぎ》  蛍石女皇帝の総家令。

八角鷹《はちくま》  宮廷家令 

蓮角《れんかく》  宮廷家令・典医

蜂鳥《はちどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の娘。

駒鳥《こまどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の息子。

日雀《ひがら》   宮廷家令 

山雀《やまがら》の双子の姉。

山雀《やまがら》   宮廷家令  日雀《ひがら》の双子の妹。

海燕《うみつばめ》  宮廷家令

銀星 《ぎんせい》  蛍石と五位鷺の息子

春北斗《はるほくと》  残雪と五位鷺の娘。

橄欖《かんらん》  蛍石と正室の娘。

尾白鷲《おじろわし》 宮廷家令

東目播 十一 《ひがしめばる じゅういち》 

家令名 慈悲心鳥《じひしんちょう》。

花鶏《あとり》 宮廷家令


竜胆《りんどう》 

蛍石《ほたるいし》の正室。皇后。

楸《ひさぎ》 

蛍石《ほたるいし》の継室。 二妃。

柊《ひいらぎ》の兄。

柊《ひいらぎ》

蛍石《ほたるいし》の継室。 三妃。

楸《ひさぎ》の弟。

棕櫚 黒北風 《しゅろ くろぎた》

残雪の母

春北風《はるぎた》の双子の姉

残雪が総家令夫人となったことでギルド長になる。

棕櫚 春北風 《しゅろ はるぎた》

残雪の叔母

黒北風《くろぎた》の双子の妹



アダム・アプソロン

A国元首

ケイティ・アプソロン

アダムの妻

A国元首夫人



サマー・アプソロン

アダムとケイティの娘

フィン・アプソロン

アダムとケイティの息子

"高貴なる人質"として残雪と交換となり海外に渡る。

コリン・ゼイビア・ファーガソン

A国分析官・尉官

アダムの友人

フィンと残雪の人質交換の任を務めた。

須藤 紗和 《すとう さわ》

東目張《ひがしめばる》伯夫人

橄欖《かんらん》女皇帝の貴族達の友人の1人。

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