第27話 いわくつきの出戻り娘

文字数 3,231文字

 来たか。と、残雪はため息をついた。
宮廷からすっかり離れ、数年音沙汰なかったと言うのに、突然封書が届いた。
大体の予想はついていた。
ギルド議員の友人から小耳に挟んだところによると、近くA国から人質を迎えるそうだ。
蛍石(ほたるいし)がテロ行為によって客死し、場合によっては戦争になりかねない事態であったが、そうこうしているうちにA国がクーデターに陥ったのだ。
軍事政権から知識階級の支配が始まり、次に起きたのは粛清の嵐。
何人もの人間が投獄されて裁判に送り込まれ殺され、やっと落ち着いたのは一昨年だ。
A国は、主権を認める担保、そして自らの国で客死した皇帝の詫びと今後の友好の証明として元首が自らの息子を送り込んで来るらしい。
その彼はまだ未成年であるらしい。
大人達の都合で、気の毒な事だ。
そのお返しとして、こちらも担保を用意したい。
つまり、それに目を付けられたと言うことだ。
15になる春北斗(はるほくと)を思い、残雪(ざんせつ)はまたため息をついた。
さて、どうやって断るか。
ようやく帰国が許されて、このまま娘を家令にせず、継室にも公式寵姫にせずに済みそうだと安心していたのに。
かつて恋人であった蛍石(ほたるいし)と夫であった五位鷺(ごいさぎ)が、ならば宮城から遠ざけて生きさせるようにと願っていたのに。
2人が命を落としてもう7年が経つ。
2人の息子である銀星は海外留学と言う名の亡命中。
棕梠(しゅろ)家の別荘と出先があるので、度々会うことが出来るのが喜びである。
そして、自分は帰国禁止命令が解かれて後は、すっかり宮廷の議会とも遠ざけられた両親と共に家業に精を出しているわけだが。
しかも今は棚卸しの時期であり誠に忙しい。
「ああもう!ゆっくりご飯食べて、好きなだけ寝たいわ!来世は絶対羊になる!」
歩きながらパウンドケーキを頬張って、(デスク)の上に乗っている美しい装飾の綸子(りんず)やレース貼りのアルバムを端に退けて帳簿を積み上げた。
アルバムはいわゆる見合い写真だ。
自分がいかに訳ありの出戻り娘であろうとも、廷臣でもギルドの一員でもある以上、自由気儘に後家(ごけ)生活をさせてくれるはずもなく。
母と叔母のように、二人で当主業ならば、ある程度片方は自由なのだが。
おかげで、叔母の春北風(はるぎた)は海外あちこちで生活し、恋多きご機嫌な()かず後家(ごけ)としてギルド内では有名だ。
見合い相手と言っても、相手は訳知る同じギルド筋の子弟であり、子供の時からの顔見知り。
お互い手の内を見せないまま足元を見て腹の中を探り合って結婚しましょうなんて、揉め事が増えるだけだろう。
「ママみたいにせかせかした羊いないわ。ママはどっちかと言ったら山羊よ」
ダンボールにあれこれ詰めていた春北斗(はるほくと)が顔を上げた。
「・・・山羊ぃ?・・・春ちゃん、何してるの?」
「銀ちゃんに送るの!ママにも飴あげる!」
「・・・あら」
ひとり海外で暮らす銀星に救援物資か。
なかなか優しく気が利くではないのと、残雪はちょっと感動したが、箱の中身に首を傾げた。
「お菓子やお漬物はわかるにしても・・・。提灯やらこけしはいらないんじゃない?別に銀ちゃん、外国人じゃないからねえ」
残雪(ざんせつ)は飴を口に入れた。
「懐かしいかなと思って」
「もともと、それほど親しんでなくない?」
「そっか。ならマンガでも入れとこ」
「それアンタがもう読んだやつじゃないの。いらないもの差し上げるのってどうなの?」
ちゃっかりしていると言うか。
春北斗(はるほくと)は構わず自分が良いと思ったものを放り込み続けている。
箱の中は今や混沌(カオス)を極め、プレゼントと言うよりびっくり箱だ。
「すごいセンスねぇ」
この娘が政治の道具になって人質?
冗談じゃないわねぇ。
覚悟を決めて、厳重な封書を開けた。
この度、A国特別大使として、と言う一文に、ああ、やっぱりと目の前が暗くなる。
しかし。
「・・・ん?んん?!」
「やだ!ママ、飴が喉に詰まったの?」
棕梠春北斗(しゅろはるほくと)、ではなく棕梠佐保姫残雪(しゅろさほひめざんせつ)と書いてあった。

 特使の衣装は青。
青藍と言われる深い海の青である。
宮廷から届けられた見事な刺繍と織りの衣装。
正室は紫、継室は銀、公式寵姫は(あか)
ああ、あなたには銀か緋を着せたかった。でも、白もいいわね。
花嫁衣装(ウェディングドレス)の自分にそう言ったのは蛍石(ほたるいし)
彼女の願いを叶えてやれなかったのは残念と夫はよく嘆いた。
そして。この度は、この(ざま)よ。
青藍の衣装を身につけてから、残雪(ざんせつ)は温室でため息をついた。
残雪(ざんせつ)は、同じようにため息をつきながら嫌々迎えにやって来た十一(じゅういち)に苦笑いを向けた。
再会は7年振りになる。
彼は正式な家令として宮城に戻り、前線、神殿(オリュンポス)と飛び回り、昨年やっと完成した大聖堂の竣工成功に努めた。
女皇帝も、彼に格別の信頼を置いているらしい。
「よく同じようにしてお会いしますこと」
冗談じゃないと十一(じゅういち)が呟いた。
「今度は人質で人身御供か。御祓(おはらい)にでも行った方がいい」
「いやね。あなた、神官じゃないの。あとでチャチャッとやっといて。・・・私、前厄なのよ。前厄でこれなら本厄どうなっちゃうのかしら」
心配そうに言いながら、どうぞ、と残雪(ざんせつ)は紅茶を差し出した。
遠慮する素振りも見せずに十一(じゅういち)がカップを煽った。
今回も、嫌々来て、嫌々仕事をさせられるという気持ちがダダ漏れだ。
「・・・私で良かったのよ。春北斗(はるほくと)なら、家令にでもしなければこの件は逃げられなかったもの」
五位鷺(ごいさぎ)の娘だ。
家令になるに十分な理由になろう。
けれど、それはまた橄欖(かんらん)帝の不信を招き、廃太子である銀星(ぎんせい)の身の安全の不安にも繋がる。
それはそうだと十一(じゅういち)は頷いた。
「でもこれはもはや嫌がらせだ。皇帝陛下がなさる事としては、い(いささか)か幼稚じゃないか」
そして、残雪(ざんせつ)だけが報復され続けるのか。
身に余る愛された対価だからと綺麗にまとめて言うには少し、行き過ぎている。
「幼稚と言ってしまえば。蛍もそうでしょ。たまたま台風の日に出会った女の子の人生を変えてしまったわ」
人事(ひとごと)のようにそう言う。
胸元に、雪の結晶のデザインの大粒のオパールが輝いていた。
五位鷺(ごいさぎ)から貰った結婚指輪だったものをブローチに変えたのだと言った。
蛍石(ほたるいし)が与えた見事な真珠の長い首飾りは返還させられたが、これは免れたらしい。
「大聖堂のステンドグラスの件、心遣いしてくれたと聞いたわ。ありがとう」
残雪(ざんせつ)が離宮で作業と保管をしていたものを蓮角(れんかく)が隠していてくれたそうだ。
五位鷺(ごいさぎ)が作らせていたものと知ったら、きっと竜胆(りんどう)によって破壊されていただろう。
十一(じゅういち)がどこからか持ってきて、竣工直前に設置させたのだと聖堂(ヴァルハラ)と縁の深い(はなぶさ)家の人間から聞いたのだ。
「・・・見事なものだったよ。北極星に鳥のデザイン。確かになかなか神経を逆撫でするデザインだ」
天のひとつ星は皇帝、鳥は家令の寓意である。
輝く北極星の周りを囲むように鳥が羽ばたくモチーフは、確かに独善的だと言えた。
「そうなの。五位鷺(ごいさぎ)が指定したんだもの。でもこれだけじゃあまりにあからさまだなあと思って、母に大理石で周りにお花のレリーフを作って貰ったの。・・・あの人達、もうちょっとそのへんうまくやればいいのにね。五位鷺(ごいさぎ)って、OLさんなら会社中の高嶺の花の御曹司を捕まえたらわざと匂わせて自慢するタイプよね」
御曹司とは蛍石の事だろう。
「全くだ。そして周りの顰蹙(ひんしゅく)を買って、それ見て大喜び」
「御曹司は、もっとやれってけしかけるタイプよ。嫌ねえ。迷惑しちゃう」
二人はそう言って笑い合った。
こうやって、あの二人をダシに笑い話に出来る程には、お互い傷は癒えたとも言えた。
「・・・もしかして、貴方が一緒に来てくれるの?」
高貴なる人質には、家令が随伴すると伝えられていた。
「いや。さすがにそれでは角が立つ。・・・ご挨拶をしなさい」
兄弟子に呼ばれて、二人の男女の家令が現れて優雅に礼をした。
残雪(ざんせつ)様、お久しぶりでございます」
別れて以来の、蜂鳥(はちどり)駒鳥(こまどり)の姉弟であった。
家令服を着こなし、美しく立派な姿になったと残雪は喜んだ。
「まあ、大きくなったのね!・・・春ちゃん!来て!」
大きな声でそう叫ぶと、隣国に旅立つ母に代わり、急遽当主を継いだばかりの春北斗(はるほくと)が駆けつけ、幼馴染の三人は再会を喜び合った。






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登場人物紹介

棕梠 佐保姫残雪《しゅろ さほひめ ざんせつ》

継室候補群のひとつであるギルド系の棕梠家の娘。

蛍石女皇帝の皇子の乳母として宮廷に上がる。

蛍石《ほたるいし》   女皇帝。


五位鷺《ごいさぎ》  蛍石女皇帝の総家令。

八角鷹《はちくま》  宮廷家令 

蓮角《れんかく》  宮廷家令・典医

蜂鳥《はちどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の娘。

駒鳥《こまどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の息子。

日雀《ひがら》   宮廷家令 

山雀《やまがら》の双子の姉。

山雀《やまがら》   宮廷家令  日雀《ひがら》の双子の妹。

海燕《うみつばめ》  宮廷家令

銀星 《ぎんせい》  蛍石と五位鷺の息子

春北斗《はるほくと》  残雪と五位鷺の娘。

橄欖《かんらん》  蛍石と正室の娘。

尾白鷲《おじろわし》 宮廷家令

東目播 十一 《ひがしめばる じゅういち》 

家令名 慈悲心鳥《じひしんちょう》。

花鶏《あとり》 宮廷家令


竜胆《りんどう》 

蛍石《ほたるいし》の正室。皇后。

楸《ひさぎ》 

蛍石《ほたるいし》の継室。 二妃。

柊《ひいらぎ》の兄。

柊《ひいらぎ》

蛍石《ほたるいし》の継室。 三妃。

楸《ひさぎ》の弟。

棕櫚 黒北風 《しゅろ くろぎた》

残雪の母

春北風《はるぎた》の双子の姉

残雪が総家令夫人となったことでギルド長になる。

棕櫚 春北風 《しゅろ はるぎた》

残雪の叔母

黒北風《くろぎた》の双子の妹



アダム・アプソロン

A国元首

ケイティ・アプソロン

アダムの妻

A国元首夫人



サマー・アプソロン

アダムとケイティの娘

フィン・アプソロン

アダムとケイティの息子

"高貴なる人質"として残雪と交換となり海外に渡る。

コリン・ゼイビア・ファーガソン

A国分析官・尉官

アダムの友人

フィンと残雪の人質交換の任を務めた。

須藤 紗和 《すとう さわ》

東目張《ひがしめばる》伯夫人

橄欖《かんらん》女皇帝の貴族達の友人の1人。

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