第61話 瑠璃《るり》と玻璃《はり》

文字数 2,754文字

 宮廷もまた年末の忙しさに追われていた。
「もう、花鶏(あとり)お兄様、遅い!」
妹弟子の紅鶸(べにひわ)花鶏(あとり)を出迎えた。
「女官共が浮ついていて困るわ。・・・催事であの歳末大型ドラマの俳優をお城に招いたからよ」
「・・・紅、頼むからモメ事起こさないでくれ。あの俳優、最近女優と結婚したばっかだろ」
美貌で知られた母親に似た彼女は、これまた性格も似ている。
面白半分、残り半分当て付けで、俳優なんぞひっかけかねない。
紅鶸(べにひわ)がニヤリと笑った。
「女官が何人か連絡先渡そうとして女官長様に叱られてたわ。・・・いい気味」
初の外国人女官長は、今や宮廷でも一目も二目も置かれた存在だ。
兄弟子には、自分はしっかりと連絡先を交換したのは黙っておく。
神殿(オリュンポス)からの帰りがあんまり遅いから、陛下が怒ってたのよ」
やれやれと花鶏(あとり)がため息をついた。
最近、双子皇帝の后妃入宮問題が持ち上がり、一部で揉めている。
何でも同じものを欲しがる双子の女皇帝は、双子の后妃(きさき)が用意出来ないなら、総家令を王夫人にすると言い出したのだ。
今や総家令の花鶏(あとり)が頼むから勘弁して欲しいと言うと、同じ物が用意出来ないお前が悪いんだから責任取れとまで言う。
これが、取り立てて外政も内政も特段に問題のない現在に置いて目下の悩みだ。
「・・・双子の后妃(きさき)候補なんて、そうぽこぽこ居るわけないじゃないか・・・」
女皇帝達は、自分達のように正室も双子、継室も双子ならばいいと言う。
弱り切った兄弟子をおかしそうに紅鶸(べにひわ)が笑った。
御寵愛(ごちょうあい)な事だわ。・・・でも、ねえ、私、子供の頃、山雀(やまがら)お姉様と、継室候補群の棕梠(しゅろ)家の別荘に何度かお伺いした事あったんだけど、あちら双子の男の子だった気がするんだけど・・・?だったら丁度いいのにね」
確かに昔、山雀(やまがら)は、たまに幼い娘である彼女を連れて棕櫚(しゅろ)家へ遣いと言う名の遊びに行っていた。
花鶏(あとり)が首を振った。
「・・・棕梠(しゅろ)家の名簿にちゃんと男児って載ってるだろ。海燕(うみつばめ)兄上が間違えるわけないじゃないか」
そりゃ、あの優秀な兄弟子がそんなポンコツな間違いする訳ないけれど、と紅鶸(べにひわ)も頷いた。
どっちにしても、さっぱり宮廷になど寄り付かないあのお菓子屋の子弟では入宮等、お話にならないだろう。
「それに。あそこはご当主が亡くなったばかりだ。そんな話、早々に持っていけないさ」
棕梠佐保姫残雪(しゅろさほひめざんせつ)がこの世を去ったと言う知らせが届いたのは、先週の事。
廷臣は生死の動向を届け出る義務があるからと言わんばかりの、それだけを簡略に(まと)めた雛形(ひながた)通りの書類が上がって来たのだ。
現在、棕梠(しゅろ)家は、海外を拠点としており、葬儀も身内だけで執り行ったと書いてあった。
残雪には、確かに青菫(あおすみれ)色の瞳をした息子が二人いる。
女皇帝の実験台と言われた家族。そしてその双子。
橄欖(かんらん)女皇帝の産んだ子がやはり双子で、女児だったとわかった時点で、当時総家令であった海燕(うみつばめ)が、棕梠(しゅろ)家の名簿の性別を変えてしまったのだ。
万が一でも継室の候補にでも上らぬようにと。
自分が雪様に出来る最後の事、と言って。
これ以上宮廷に巻き込まれた生活を望まぬ残雪(ざんせつ)は、ほっとしたそうだ。
ふと紅鶸(べにひわ)が不思議そうに兄弟子の肩に手を伸ばした。
「・・・桜の花びらみたい。今頃変ね。似た種類の花かしら。小さな薔薇(バラ)とかは似てるから」
年末年始の準備で、宮廷はあちこち花が飾られているから、その一片(ひとひら)であろうか。
花鶏(あとり)がその花びらを何気無い様子で受け取った。
不思議なものだが。
残雪(ざんせつ)十一(じゅういち)の、神殿(オリュンポス)での邂逅(かいこう)を手伝ったのも本当。
すでに老年に達し、海外で亡くなったはずの残雪(ざんせつ)がある日やって来たのだ。
幽霊なのか、違うのか。
よくわからないけれど。
十一(じゅういち)の所に連れて行って。
と彼女は言った。
自分も彼女も、十一(じゅういち)と別れた時のまま、あの突如出現した桜の園で過ごした時間を思い出す。
神祇官である自分は潔斎をこなし神殿(オリュンポス)に行けば兄弟子に会えるけれど、実際は大神官と成り奥の院に封ぜられた兄弟子の生死等、もはや誰にもわからないのだ。
やはり神官である尾白鷲(おじろわし)は、ああやって、我々の神は生贄を食って行くんだよね、と言っていた。
恐ろしい表現だが、そう恐怖も感じなかった。
彼もまた、高貴なる人質。
実は、兄弟子は死んでしまっているのかと思っていたけれど。
残雪(ざんせつ)が別れの挨拶に来たと言う事は、彼と彼女はまた違う場所に居ると言う事なのか。
神官ではあるがサッパリわからない。
正直、現世、現在に手一杯な自分にははっきり言ってどうでもいい。
花鶏(あとり)はしばらくソファに寝転がっていた。
・・・名簿、書き直しちまおうかな・・・。
海燕(うみつばめ)兄上だって、手書きでちょちょっと書き直したんだから、自分だってやって何が悪い。
大体、不正ではなく、これは訂正じゃないか。
何度も考えた事。
橄欖(かんらん)の皇女の双子は、なぜか自分を気に入り総家令にまでしてしまった。
それだけでも恐れ多い事、身に余る事であるのに、今度は王夫人にするとまで言う。
結局、棕梠家(あそこんち)の双子が居れば解決する話。
でも、残雪(ざんせつ)がいかに宮廷に振り回された人生であったかを思い出すと、そうは出来ない自分がいる。
ああ、しかし、しかし、悩ましい。
それさえクリアできれば。
ほら陛下、御所望のお二人とも同じものご用意しました。と言えるではないか。
確かに、瑠璃(るり)玻璃(はり)と名付けられた橄欖(かんらん)の産んだ皇女達は、幼い頃から同じものを欲しがり、食べたがり、身に付けたがった。
まさか后妃(きさき)までか、とげんなりするが。
廊下が騒がしくなり、花鶏(あとり)が身を起こした。
紅鶸(べにひわ)がドアを開けて、女家令の礼をした。
「・・・総家令、陛下方がお成りでございます」
言うか言わないかのうちに、同じ顔をした双子が飛び込んできた。
花鶏(あとり)、帰って来たなら知らせてよ!」
「居るんじゃないの。ねえ、晩餐は一緒にと約束したのに!」
疲れ倍増だが、子供の時から近くで見ている双子が今日も元気で良かったと安堵もする。
「・・・陛下方、これはお待たせしまして」
二人は花鶏(あとり)が居ない間に起きた事をあれこれと賑やかに話し始めた。
紅鶸(べにひわ)が、女皇帝2人を追いかけて来た女官と廊下で何事か言い争っているのが聞こえる。
あっちもこっちも全く・・・・。
花鶏(あとり)が立ち上がった。
「・・・わかりました。順番にお話を聞きましょう」
「順位を決めないで。一緒に聞いて!」
「同時に聞いて。同時に返事して!」
そんな無茶な、と思いながら窓を開け放った。
暖炉の火で常に暖かい部屋であるが、女皇帝2人は子供の頃から呼吸器が弱く、部屋の換気は必須。
花鶏(あとり)は、2人に外気が直接が触れないように気をつけながら窓を開けて外の様子を伺った。
夜の冷たい風の中に、雪の匂いがした。
「・・・ああ、雪の匂いがしますよ。・・・明日起きたら積もっているかもしれない」
本当?と若き女皇帝二人が窓辺に駆け寄って来た。
今宵は新月。
冷たく冴えた星の瞬きの間から、遠く東へ向かう白鳥の群れの鳴く声が聞こえて来た。
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登場人物紹介

棕梠 佐保姫残雪《しゅろ さほひめ ざんせつ》

継室候補群のひとつであるギルド系の棕梠家の娘。

蛍石女皇帝の皇子の乳母として宮廷に上がる。

蛍石《ほたるいし》   女皇帝。


五位鷺《ごいさぎ》  蛍石女皇帝の総家令。

八角鷹《はちくま》  宮廷家令 

蓮角《れんかく》  宮廷家令・典医

蜂鳥《はちどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の娘。

駒鳥《こまどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の息子。

日雀《ひがら》   宮廷家令 

山雀《やまがら》の双子の姉。

山雀《やまがら》   宮廷家令  日雀《ひがら》の双子の妹。

海燕《うみつばめ》  宮廷家令

銀星 《ぎんせい》  蛍石と五位鷺の息子

春北斗《はるほくと》  残雪と五位鷺の娘。

橄欖《かんらん》  蛍石と正室の娘。

尾白鷲《おじろわし》 宮廷家令

東目播 十一 《ひがしめばる じゅういち》 

家令名 慈悲心鳥《じひしんちょう》。

花鶏《あとり》 宮廷家令


竜胆《りんどう》 

蛍石《ほたるいし》の正室。皇后。

楸《ひさぎ》 

蛍石《ほたるいし》の継室。 二妃。

柊《ひいらぎ》の兄。

柊《ひいらぎ》

蛍石《ほたるいし》の継室。 三妃。

楸《ひさぎ》の弟。

棕櫚 黒北風 《しゅろ くろぎた》

残雪の母

春北風《はるぎた》の双子の姉

残雪が総家令夫人となったことでギルド長になる。

棕櫚 春北風 《しゅろ はるぎた》

残雪の叔母

黒北風《くろぎた》の双子の妹



アダム・アプソロン

A国元首

ケイティ・アプソロン

アダムの妻

A国元首夫人



サマー・アプソロン

アダムとケイティの娘

フィン・アプソロン

アダムとケイティの息子

"高貴なる人質"として残雪と交換となり海外に渡る。

コリン・ゼイビア・ファーガソン

A国分析官・尉官

アダムの友人

フィンと残雪の人質交換の任を務めた。

須藤 紗和 《すとう さわ》

東目張《ひがしめばる》伯夫人

橄欖《かんらん》女皇帝の貴族達の友人の1人。

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