第34話 不幸を呼ぶ未亡人

文字数 2,755文字

 夕食の際、家令の素行に対して、つまり不純交際はいけないのよと残雪(ざんせつ)が言い出したのに、蜂鳥(はちどり)駒鳥(こまどり)が、不服を唱えた。
両親が家令であり宮廷育ち、素質充分で順調に家令として育っている彼等からしたら、何を今更と言うところ。
更には基本的に宮廷においてそういった恋愛沙汰は嗜みのひとつともされ、切った張ったは御法度だが、惚れた腫れたはむしろ経験値であり一つの娯楽。
(ゆき)様は、そういうお話無かったんですか?」
蜂鳥(はちどり)に問われて残雪(ざんせつ)が変な顔をした。
「・・・ありましたよ。お見合いなら」
元総家令夫人の縁談話に、駒鳥(こまどり)が興味を引かれて尋ねた。
「差し支えなければ、どなたですか?」
百目木(どうめき)さんとこの次男坊。私、あのお宅のお姉ちゃんと同級生なのよ」
今や彼女はギルド議員として頭角を表し、いずれ議員長になるだろうと言われている。
あの速度と情報量の宮廷議会について行くどころか引っ張って行けるのだから、傑物だと言えた。
「あそこの家、宮廷との縁を欲しがってますからね。金融業は継室候補群になれないから」
だから、棕櫚(しゅろ)家に婿入りしたいと言うことか。
事実上離婚して死別した総家令夫人と縁談をと言うのだからなかなか腹が黒い。
「ところがね。周りからやいのやいの言われてお付き合いしてみたら。まあ、次から次に彼に不運が続いてね。まずは、グレーチング踏み抜いたとか、標識落っこちて来たとかのよくわからない交通事故。次に椎間板ヘルニア、次がご実家の階段の上から下まで転がり落ちて更に植木鉢まで落ちてきて骨折。で、年末に百目木(どうめき)銀行の不祥事がバレて、株価がどーんと下がったあたりで、頼むから別れてくれと言われて、関係解消よ」
残雪(ざんせつ)が気の毒そうに、でもおかしそうに言った。
「その次は、(とも)さんとこのご当主」
(とも)氏は、確か2回離婚されてますね」
聖堂(ヴァルハラ)と繋がりの深く、身内から必ず司祭格を出している。
「訳あり同士いいんじゃないかっていうまわりの都合が理由ね。訳ありと訳あり掛けたら、余計訳わかんないことになるに決まってるわよね」
「・・・今度は何が起きたんですか?」
「うん。じゃあまともに会ってみるかってなった途端に、ご自宅に雷が落ちて分電盤から火事。で、あの人、結構有名なタレントさんと不倫してたの雑誌3社に撮られたの覚えてる?その後、頭下げられて無かった事にって。と言うわけで、私は、不幸を呼ぶ未亡人って事で噂になってるのよ。それでも物好きがいるもんだけど、人質にまでなってしまえばもう縁談なんて来るもんですか」
残雪(ざんせつ)は愉快そうに笑った。
さて、残業しなきゃ、と残雪(ざんせつ)はぼやいた。
「定期的に報告書を出さないと十一(じゅういち)に怒られるから。めんどくさいわね。なんで三人で日報まで出さなきゃなんないのよ?日給払いじゃあるまいし。私なんか無給よ?」
"高貴なる人質"は名誉職とされている。
廷臣が賜る名誉職なのだから、国から給金なんか出さないという事。
棕櫚(しゅろ)家からしたら、正に骨折り損のくたびれ儲けだ。
彼女は、遠隔地から家業にも指示を出し、さらには特使としてこの地で手をつけなければ行けない事業はいくつもある。
文句も言いたいところだろう。
「毎日書く事なんかもう無いって言ったら、夕食のメニューでもなんでもいいから解答用紙を埋めろって言うのよ?無茶な担任教諭じゃあるまいし!」
残雪(ざんせつ)は文句を言いながら私室に引き上げて行った。

 家令の姉弟は、軽食を用意したからお夜食に食べなさいね、と女主人に用意されたものをつまみにビールを飲んでいた。
本日は、サンドイッチやスープやテリーヌやケーキやフルーツがテーブルに乗っていた。
昨日は軽食にと寄せ鍋が、土鍋で用意されていた。
昔からだが、残雪(ざんせつ)の「軽食用意した」は、軽食を超えている。
子供の時は離宮でも水遊びや雪遊びの後に彼女の言うおやつを腹一杯に食べて昼寝をしたと懐かしく思い出す。
蛍石(ほたるいし)五位鷺(ごいさぎ)も宮城から戻ると、着替えもそこそこにテーブルにある焼き菓子やフルーツをあれこれ摘んでいた。
女主人の華やかな交際履歴や愉快な恋バナというより、世知辛いまとまらなかった縁談の話をネタに話が盛り上がる。
百目木(どうめき)氏も(とも)氏も災難だったなあ」
しかし、残雪(ざんせつ)がやすやすと手に落ちなかったのは嬉しい限り。
蛍石(ほたるいし)の恋人でもあり、五位鷺(ごいさぎ)の妻でもあった彼女だ。
幼少期を彼女達と過ごした自分達にはやはり思い入れはあり、簡単におかしな相手と再婚されては面白くない。
まあ確かに、正式な書類は無いものの"元総家令夫人"では、そこそこ以上か、よほどの変わり種でもないとお互いを維持出来ないだろう。
それを考えると、百目木(どうめき)家と(とも)家は、妥当なところとも、あからさまで身も蓋もないとも言える縁談。
「ふん、あいつらチャラチャラしてるからよ。・・・にしても、雪様が不幸を呼ぶというより、むしろ、蛍石(ほたるいし)様と五位鷺(ごいさぎ)お兄様の呪いじゃない?」
あの二人の残雪(ざんせつ)への依存度ったらまあ酷いものだと子供心に思っていたのだ。
度々、実家の棚卸しだ、商工会の会合や夜会だと出かけて行く彼女に、蛍石(ほたるいし)は「私も行く」と言いだし、五位鷺(ごいさぎ)が「いや、まさか貴女じゃ棚卸しは無理だろう、だから自分が行く」と言い争っていた。
結局、残雪(ざんせつ)は、蓮角(れんかく)か、双子家令の山雀(やまがら)日雀(ひがら)を伴う事が多かった。
蛍石(ほたるいし)五位鷺(ごいさぎ)は、残雪(ざんせつ)の帰宅を待ちかね、帰って来ると残雪(ざんせつ)は一日何をしたのか教えて欲しい、自分は何をして過ごしたけれど残雪(ざんせつ)が居なかったので、いかにつまらなかったかというような事を訴えて甘え始める。
留守番の子供と言うより、取り憑いてでもいるのかと言う有り様。
あの二人だ。
その愛しい人が見合いとなったら、まさしく呪ったり祟るに違いないと笑いあった。
「・・・災難と言えば。そう言えばさぁ、十一(じゅういち)お兄様も、何年か前、一月(ひとつき)の内に、ギックリ腰と肺気腫と、台風でひっくり返って新車が廃車になった事故と、財布ごと免許証2回失くして大騒ぎだった事あったじゃない?・・・ただ普通に座って陛下と話してて、立ち上がったらギックリ腰。橄欖(かんらん)様が驚いてらして」
あのいかにも姫、いかにも女王という彼女が、一体何が起きたのかと慌てていたのが面白かった。
「あったあった!あの時、ギックリ腰と同時に肺気腫でもはや何科なんだかって言って、連角(れんかく)姉上が入院させちゃったんだよな。しかも新車も新車!納車した次の夜に台風来てすぐ廃車・・・!」
姉弟は思い出して腹を抱えて大笑い。
しかし、なんだかどうにも引っかかる。
これこそ、まさに降って湧いた不幸というエピソードではないか。
「・・・まさかぁ・・・」
「そうよ、だってあの頃、雪様はI国にいらしたんだものね・・・」
否定しながら、いや、否定するように姉妹はうすら笑いを浮かべた。
「・・・私、寝るわ。明日、雪様とど田舎のぶとう畑に行かなきゃなのよ。夜勤よろしく」
蜂鳥(はちどり)はそう言うと寝室に向かった。 

 
 







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登場人物紹介

棕梠 佐保姫残雪《しゅろ さほひめ ざんせつ》

継室候補群のひとつであるギルド系の棕梠家の娘。

蛍石女皇帝の皇子の乳母として宮廷に上がる。

蛍石《ほたるいし》   女皇帝。


五位鷺《ごいさぎ》  蛍石女皇帝の総家令。

八角鷹《はちくま》  宮廷家令 

蓮角《れんかく》  宮廷家令・典医

蜂鳥《はちどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の娘。

駒鳥《こまどり》  宮廷家令 八角鷹《はちくま》と蓮角《れんかく》の息子。

日雀《ひがら》   宮廷家令 

山雀《やまがら》の双子の姉。

山雀《やまがら》   宮廷家令  日雀《ひがら》の双子の妹。

海燕《うみつばめ》  宮廷家令

銀星 《ぎんせい》  蛍石と五位鷺の息子

春北斗《はるほくと》  残雪と五位鷺の娘。

橄欖《かんらん》  蛍石と正室の娘。

尾白鷲《おじろわし》 宮廷家令

東目播 十一 《ひがしめばる じゅういち》 

家令名 慈悲心鳥《じひしんちょう》。

花鶏《あとり》 宮廷家令


竜胆《りんどう》 

蛍石《ほたるいし》の正室。皇后。

楸《ひさぎ》 

蛍石《ほたるいし》の継室。 二妃。

柊《ひいらぎ》の兄。

柊《ひいらぎ》

蛍石《ほたるいし》の継室。 三妃。

楸《ひさぎ》の弟。

棕櫚 黒北風 《しゅろ くろぎた》

残雪の母

春北風《はるぎた》の双子の姉

残雪が総家令夫人となったことでギルド長になる。

棕櫚 春北風 《しゅろ はるぎた》

残雪の叔母

黒北風《くろぎた》の双子の妹



アダム・アプソロン

A国元首

ケイティ・アプソロン

アダムの妻

A国元首夫人



サマー・アプソロン

アダムとケイティの娘

フィン・アプソロン

アダムとケイティの息子

"高貴なる人質"として残雪と交換となり海外に渡る。

コリン・ゼイビア・ファーガソン

A国分析官・尉官

アダムの友人

フィンと残雪の人質交換の任を務めた。

須藤 紗和 《すとう さわ》

東目張《ひがしめばる》伯夫人

橄欖《かんらん》女皇帝の貴族達の友人の1人。

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