文字数 984文字

「あの後で御用があったのでしょう?申し訳が無いです」
私は言った。
「いいんです。今日は、授業は休みで、ちょっと自習室で勉強をしようかなって思っていただけなので」
「学生さんですか?」
私は尋ねた。
「浪人生です。予備校の授業ですよ」
青年は返した。

 私達は公園の出口に向かいながら話を続けた。私は濡れたデニムの裾を捲り上げ裸足でスニーカーを履いた。濡れたスニーカーは歩く度に水が染み出て来た。

 私は尋ねた。
「あの・・お名前は・・?」
「冬木と言います」
「私は・・」
「知っています」
青年がそう言ったので私はどきりとした。
「ナコさんですよね。さっき鳥居の前で言っていました。『圭太がナコって呼んでいる』って」
青年は言った。

 私はほっとした。昔の私を知っている訳ではない。
・・・いや、どうだろう・・・。知っているのだろうか?あの醜聞(スキャンダル)にまみれた私を。
散々映像が流れたから。
私は顔をそむけた。

「圭太って人、彼氏ですか?」
青年が微笑んで言った。
私は言葉に詰まった。
「済みません。余計なお世話でしたね」
青年が言ったので、私は笑って答えた。
「昔の恋人だったの。もう随分前に別れたのだけれど・・・」
「そうですか」
青年はそう言って黙った。

駅で電車に乗って、途中まで一緒に行った。
彼は今から予備校に行くと言った。
私はさっきから言おうか、言うまいか迷っていた事を思い切って言ってみた。このまま別れてしまったら、今度こそ二度と彼と会えないだろうと思ったからだ。

「冬木さん。あの、ご迷惑を掛けて置きながら、何とも図々しいお願いなのですが・・・出来ましたら、今度私と一緒に『池神社』に行って頂けませんか?冬木さんのご都合の良い日で結構ですので・・・。でも、もし、それはちょっと無理、と思われるなら、それはそれで断って頂いても結構です」
青年は「ああ、いいですよ」とあっさり答えた。
私はすごくほっとした。
「でも、何で?」
彼は言った。
「冬木さんの目で見て頂いたら橋が見付かるかも知れないって思って・・・」
私は言った。
「橋?」
「そう。橋があるはずなんです。あの池を渡る。伯父がそう言っていたのです」
私は答えた。
「橋なんか無いですよ。僕じゃなくても誰が見たって」
彼は何の躊躇いも無くそう言った。
「・・・・」
「でも、まあいいですよ。行っても。丁度、『夏越祓』の頃ですしね」
彼がそう言って、私は「有難う御座います」と返した。
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